第54話 静かなる大国
―静かなる大国―
ミサイルのニュースから1時間程経った11時過ぎ、華東NSAから連絡が入った。
華東NSAは、ベースサーバーの設置場所を江都と結論付けた。
ベースサーバーのアドレスグループが江都の他のサーバーに近いこともあったが、軍が公衆回線網の出入口にしているだけに、サイバーセキュリティのレベルも同じくらい高いことがわかったからである。
華東ヒメノが、華東NSA本部からの情報を姫乃達と華東メンバーに共有していると、腕を組んで聞いていた姫乃が手を挙げた。
「ネットワークを遮断するのはいいんだけど、駆逐艦とか揚陸艦の陸戦隊がスタンドアロンで動き続ける可能性があるのよね? 確か、パープルロイド社のウェットロイドは、ベースサーバーとの接続が切れても、目的が達成されていない限りは、自律的に目的達成に動くんじゃなかったの?」
「はい。その通りです。ウェットロイドに接触してみないと、その辺りどう動くかがわからないので、華東本部に残ったヒメノ2人と日本から楊さん2人を応援に呼んで駆逐艦と揚陸艦に潜入する作戦が提案されています。今は楊さん達を華東に呼ぶ手配をしているところです。私達がネットワークを遮断したら潜入する予定です。報道のヘリを手配しています」
「軍のヘリじゃないのね」
「はい。彼らの生存欲求を刺激しないための配慮です」
「なるほど」
華東ヒメノは、今後の行動計画の説明に移った。
「これから、高速鉄道で江都に行き、現地で手配した車でデータセンターに向かいます。6時間程掛かりますので、江都のデータセンターには18時頃の到着になる見込みです。残念ながら軍に使用されている区画は特定出来ていないので、全16区画を総当たりで確認する必要があります。ネットワークケーブルは、1階から3階までの分が地下の集合ラックに集約されてセンターの外と繋がっているので、1区画ずつ集合ラックのケーブルを抜いてはハードロイドの動きを確認するという手順になります」
「――気が遠くなるわね」
姫乃が天を仰ぐ。
「私達、そういうの得意ですから」
華東ヒメノは微笑んだ。
* * *
サポロイド日本支社のリビングで、奈美は姫乃と沖ノ鳥島の状況を話していた。
時刻はじきに15時というところ。
筑紫野、絹代、イザナミ、キヌヨ、妊婦のヒメノもコクーンから出てきて同席している。
ディスプレイに映る姫乃は、高速鉄道内のスマホ映像である。
『水中スピーカーでお母さんが呼び掛けるなんて、あたしも聞いてみたかったかも』
「笑い事じゃないんだから。すっごく恥ずかしかったのよ。ヒコロイドが私の声を切り取って勝手に使うから」
『ふふっ。でも、みんな無事で良かった』
「――で、そっちはどうなの?」
『パープルロイド社のベースサーバーは掌握したのだけど、作戦情報が欠片も無くて、軍のアンドロイドが1人も繋がっていなかった。丸ごと軍のデータセンターにコピーして新しく立ち上げたらしいの。華東NSAの話だと、ベースサーバーは江都のデータセンターにあるらしくて。それで今、高速鉄道で江都に移動中』
「そう。それじゃあ、未だベースサーバーには入れてないのね」
『いつになるかわからないけど、ネットワークを遮断しないことには始まらないから』
「それで華東海峡の部隊が沈黙してくれればいいけど」
『ウェットロイドはスタンドアロンで動く可能性が高いから、ネットワークを遮断したとしても、駆逐艦や揚陸艦の部隊は、スタンドアロンになると思うわ。ドローンについてはウェットロイドが操作していると華東NSAは見ているから、これも同様ね。楊さんとヒメノちゃん達が、管理者の情報を拾ってくれるといいのだけど。――そう言えば、沖ノ鳥島の潜水艦が1隻逃げたって言ってたわよね。どうするの?』
「ヒコロイドによれば、その1隻は、ほぼ華東目当てということだから、ヒメノが伊崎研究室に掛け合って、与那国島のタナバタとスマフミンを強化しようとしているわ。通信距離を500メートルから900メートルに伸ばして、待機していた2機も投入して警戒範囲をおよそ倍にする予定」
『ヒメノちゃん、身重なのに大丈夫なの?』
「現地に行かずに研究室で対応可能だし、私と絹代も付いて行くから大丈夫よ。あなたも他人のこと言えないでしょう? 無理しちゃダメよ」
『はいはい。それじゃ、終わったらまた連絡するわ』
奈美は、ふっと溜息を漏らすと、周りを見回した。
「さて、と。やることやったら、神に祈って待つのみって感じね」
「あのまま華東に残っていたら、今頃大変だったわね」
絹代が筑紫野に漏らす。
「――全くだ。殺人ドローンが飛び回る世界なんて御免だよ」
筑紫野は肩を竦めて同意した。
* * *
そのデータセンターはとにかく巨大だった。
華東NSAの情報では、写真に比較の対象物が殆ど無かったため、大きさがわからなかったが、いざ目の前にしてみると、途方もない大きさだ。200メートル四方くらいの正方形型で、3階建てと言っても、1階が普通の建物の2階層分の作りだ。1階と2階、2階と3階の間にサーバー機器を冷却するための設備があるらしい。
「そう言えば、この国は、何でも中央で管理する文化だったのよね」
姫乃は、車で待機しながら、紅鈴が送ってくる映像をスマホで見ていた。
個人の行動を監視し、DNAという個性すらも否定する文化。
――いつかまた、
この文化と戦う日々が、
あたしに来るのだろうか?
守衛のハードロイドを無効化して建物に入った紅鈴達は、警備室で16区画のコントロールルームに入るためのICカードを手に入れた。
須佐ロイドは警備室に残り、ハードロイドと有線接続を行い、ベースサーバーとの通信を監視している。レディ・パープルのマスクを着けた紅鈴とヒメノと華東ヒメノの3人は、それぞれ別区画の地下に入って行った。
地下には、電源やネットワークの状況を監視するコントロールルームが区画毎にあり、紅鈴達は、コントロールルームのハードロイドを掌握しつつ、光ケーブルの集合ラックへ向かう。
集合ラックは、1階層分が2百回線ずつ、合計6百回線。1回線ずつ切り離しては、須佐ロイドの反応を待つ。紅鈴達3人のウェットロイドは、3区画で同じ作業を同時に始めた。反応が無ければ直ぐに戻すが、瞬断が発生するため、コントロールルームではアラートが鳴りっ放しになっている。
ウェットロイド達の意思疎通が速いため、ただ単に抜いて差してを繰り返しているようにしか見えない。それでも、各6百回線、3区画で千8百回線を確認し終わるのに15分掛かった。紅鈴達は、次の区画に移動して、同じ作業を行っていく。
1時間程、地味な時間が経過した。5周目、13区画から15区画を確認していた時、15区画担当の華東ヒメノの手が止まる。
『姫様、見付かりました』
紅鈴の呟きが姫乃のスマホから流れる。
19時23分。ベースサーバーのメイン回線が遮断された。
およそ1分。バックアップ回線に切り替わるのを待って、紅鈴達の作業が再開される。
それから、30分程で、全ての光ケーブルの接続が確認された。結果、正副共に15区画にベースサーバーのネットワークが接続していた。19時58分。正副の光ケーブルが抜かれた。
姫乃の車の後ろに停まった華東メンバーの車でも本部に連絡する様子が見られた。
「次は、駆逐艦と揚陸艦ね」
姫乃達は、動かないハードロイド達を放置して、データセンターを後にした。
※1 本作では、一部、国名を変えています。周辺国の地図はこちら↓
https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212437545534
※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。
また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術
は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは
ありません。
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