第53話 サキモリ

―サキモリー


 『ふかみ丸』では楊がミサイルの着弾に備え、西の海を見守っていた。NSAからの情報には、ミサイルは島の西南に向かっているとあった。


 伊崎の指示に従いハードロイド達をロープで固定し、エンジンは掛けたままである。


 やがて楊は、海面がゆっくりと盛り上がり、じわじわと押し寄せてくるのを確認する。


 ――船の向きが悪い。

   少しでも波に正対しなくては。


 楊は、急いで操縦室に駆け込み、大波に向けて舵を切り、ロープを回して固定すると、自分の腰にも巻き付けて、時を待つ。


 やがて、船の高さよりも高いのではないかという、大きな波が、うねりが『ふかみ丸』を襲う。高低差は10メートルに及ぶだろうか。2波、3波とうねりを超えていく船の中は、大きく揺れた。


 揺れは5分程続いたが、次第に小さくなり、やがて無くなった。

 楊が外を見ると、西の海にはきのこ雲が立ち上っているのが見えた。


 ――現在位置は何処だ? 

   何処にどれだけ流された?


 航法装置のGPSは、沖ノ鳥島から北東に7キロ程の座標を示していた。サキモリの通信圏外だ。


 楊は、いったん、掛かったままだったエンジンを止め、操舵室内を見て回る。

 ハードロイド達は無事だったが、固定されていなかった携帯型ベースサーバーは部屋の中に転がっていた。電源を入れ直して再度立ち上げると問題無く起動した。

 隣の船長室は、固定されていたテーブルや椅子は無事だったが、テーブルの上に置かれていたノートパソコンや備品は、あちこちに散らかっていた。NSAから借りていた衛星通信用の機器も部屋の端に転がっている。


 楊は、続いて1階の甲板、機関室の状況を見て回ったが、幸いなことに、目立った被害は無かった。


 時刻は10時を過ぎていた。

 タナバタが活きていれば、サキモリから5キロ圏内に近づけば超音波通信が可能になると考えられるが、海中と言えど、流されていてもおかしくない。そもそも海底に張り付いているサキモリが本当に無事かどうかもわからない。


 ――だが、サキモリを目指すしかない。


 楊はエンジンを掛けると、しばらく船を動かし、操船に問題が無いことを確認すると、操船をハードロイドに任せ、2階の屋根の上から、南西の海を見る。水平線まで約4キロ。

 きのこ雲以外、何も見えなかった。



   *   *   *



 ヒコロイドは、ハッチを閉めて、梯子を下りている時に揺れに会った。いったん、ハードロイド達は眠らせていたが、この揺れに耐えらえたかはわからない。椅子に座っていればまだましだが、固定されていないハードロイドは、船壁にしこたまぶつけられているだろう。


 漸く揺れが収まってから、船内を確認したところ30人いたハードロイドのうち、5人はボディを損傷していた。


 ――何が起こったんだ? 

   教授はミサイルと言っていた。


 艦の位置も何もわからないので、ヒコロイドは、ベースサーバーに入り、ハードロイド達を再起動する。


 ベースサーバーの情報から、タンカーは潜水艦から制御していることがわかった。ヒコロイドはベースサーバー経由でハードロイドを使って、潜水艦を固定していたアームを開放し、タンカーから少し離れたところで海上に出た。


 潜望鏡で見る限りは、目が届く範囲に空母が1隻、タンカーは3隻が目に留まる。いずれも、もともと数十メートルしか離れていなかったのに、2~3キロ離れてしまっている。残りの空母の1隻とタンカー1隻は、もっと離れてしまったということだ。

 そして、南西の方角に特徴的なきのこ雲を見付けた。


 ――教授の言っていたミサイルは、

   核ミサイルだったということか。

   教授と楊は無事なのか? 

   無事だとしたら彼らはどう動く?

   彼らはきっと、サキモリを目指す

   筈。サキモリを探さねば。

   タナバタとサキモリが無事なら、

   この潜水艦に反応する筈だ。


 ヒコロイドは、ハードロイド達に指示を出し、現在の航法装置のGPS情報を確認する。沖ノ鳥島の南東10キロくらいの座標だ。


 このエリアのタナバタは、7月の弾丸ツアーで水中スピーカー搭載版に交換したばかり。サキモリから半径5キロ圏内に辿り着けば、タナバタからスピーカーの威嚇を受ける筈だ。


 問題は、爆発の影響である。

 タナバタがサキモリに戻れないほど流されてしまっていたら、流された数だけ、警戒範囲は狭くなる。最悪サキモリが機能不全に陥っていた場合は、捕捉されることもない。

 ならば、捕捉されるのを待つだけでなく、『ふかみ丸』も併せて探す必要がある。


 ――タナバタは約1時間で1周する

   から、沖ノ鳥島付近でウロウロ

   しながら、時々海上に出て、

   『ふかみ丸』を探そう。

   警告があれば良し。

   無なければ浮上したまま

   『ふかみ丸』と教授に見つかるのを

   待つしか無さそうだ。

  

 ヒコロイドは、潜水艦を百メートル程潜航させて、タナバタの網を求めて動き出した。



   *   *   *



 フカミンは暗い海の中を漂っていた。朦朧とした意識の中で、伊崎は奈美の声を聴いた。


『先生、聞こえる? 何処に居るの? お願い、帰ってきて。お願い……』


 ――夢でも見てるのか? 

   それともここは

   あの世ってところか?

    

 酷い揺れだった。シートにしがみついていても、引き剥がされ、体中を艇内のあちこちに打ち付けた。

 先日誤って噛んだ舌の傷口が再びズキズキと疼き出す。


「痛!」


 痛みを自覚した辺りから、少しずつ混濁した意識が覚めて、現実が戻ってくる。

 艇内は、ほぼ真っ暗だった。省電力モードになったのだろう。機器の一部のゲージがちらちらと動いている。


『先生、聞こえる? 何処に居るの? お願い、帰ってきて。お願い……』

 再び、奈美の声が聞こえた。


「あれ? 夢じゃ無かったのか」

 通信が入っているわけではない。超音波通信が届く距離でも無いようだ。

「それじゃ、いったい、どこから……?」


 ちらちらと動くゲージに目が留まる。ゲージの目盛りが奈美の声に合わせて上下する。

「これは、ソナーが拾った海中の音だ。――そうか。タナバタの水中スピーカー!」


 気が付けば、伊崎は、シートの背と壁の間に挟み込まれている状態だった。手探りでシートに座り直し、フカミンの計器類を確認する。


「あれから3時間経っている。酸素の残量はあと2時間、バッテリーは1時間くらいか」


 とりあえず音源を探そうと、フカミンをゆっくり360度回転させた。

 一番強く聞こえる方向へ向けて前進させる。


 超音波通信が可能な距離まで近付きたい。


 ――奈美ちゃん。待ってろ。



   *   *   *



「――いやあ、それにしてもタナバタもサキモリも無事で良かった。おかげで、こうしてみんな集まれた」


 ぐちゃぐちゃになった『ふかみ丸』の船長室。

 ダイニングテーブルでは、伊崎とヒコロイドと楊がノートパソコンの小さなディスプレイを囲んでいた。ディスプレイは2分割され、サポロイド3階リビングの奈美とスマホ経由の鷹羽が映されている。


 爆発から4時間半が経過し、すっかり日が傾き始めていた。

「鷹羽さん。衛星通信はお釈迦になってしまった。こんな形ですいません」

「いや、それは構いませんよ」


「ひと通り調べたんだが、幸い、被爆は僅かで、『ふかみ丸』もフカミンも、我々3人も、問題はない。海中の放射線量が、通常の約5倍とやや高めだから、あまり長居出来ないのは確かだけどな」

『良かった。一時はどうなることかと思ったわ』

 気丈な声で答えるモニターの奈美は、遠めに見ても目を腫らしている。


「――心配掛けて済まなかった。奈美ちゃん」

 伊崎は、モニターの鷹羽に向き直る。

「これまでわかったことを纏めると、タンカーは鷹羽さんの読み通り、潜水艦のカモフラージュでした。タンカー自体が生簀みたいになっていて、アームで固定されていました。ヒコロイドが、潜水艦に潜り込んで、中のハードロイドを手懐けてくれたんで、いっそのこと5隻全部手懐けようとしたんですが、4隻まで制圧したところでミサイルが飛んできたというわけです」


 ヒコロイドが詳細を引き取る。

「潜水艦には30人のハードロイドが乗り組んでいました。華連※1本土のベースサーバーとは接続出来ないため、艦内にベースサーバーを置いた実質スタンドアロンでの行動です。トリガーは、空母からの通信です。その後の行動は、5隻中4隻がわかっています。1隻は東京、2隻は空母の護衛、残り1隻は華東に向かう予定でした。現在1隻は自分がコントロールしていますが、他の3隻はハードロイドの機能を停止しています。1隻は行方不明。これは制圧出来なかった1隻です」


『なるほど、およそ想定通りですね』

 画面の鷹羽は、伏目がちに感想を漏らす。


 ヒコロイドの報告が続く。

「空母は、1隻は沖ノ鳥島の南方約5キロに停泊中ですが、もう1隻は行方不明です。それから、おそらく5隻とも同じ型だと思いますが、入手した潜水艦の情報を送ります。確保した4隻は、魚雷を4門、対艦ミサイル4基、対空ミサイル4基を搭載していました」


 鷹羽からは、米軍の軍事衛星からの情報がシェアされる。

『ふむ。弾道ミサイル搭載艦はゼロ、ですか。NSAでも、米軍と連携して軍事衛星を使って探してもらったのですが、空母の1隻は、沖ノ鳥島の東、約20キロに確認されました。また、行方不明の潜水艦のものと思われますが、1隻のタンカーが沖ノ鳥島の西5キロに確認されています』


「他の潜水艦や空母が東に流されているのに、1隻だけ西に流されるというのは考え難くくないか?」

 伊崎はヒコロイドを見る。

「空母のハードロイドあるいはウェットロイドもスタンドアロンの筈なので、何らかの命令を待っていた筈ですが、潜水艦のハードロイドは空母のトリガーが何かは知りませんでした。もし、既に何らかの指示が出ているとすると、西に移動した潜水艦は空母の指示を受けて動き出したということかもしれません。タンカーは潜水艦からコントロールされる仕組みでタンカー自体には乗組員は居ませんでした……」


 腕組みをしてじっと考えていた伊崎が顔を上げる。

「ヒコロイドは、入手した潜水艦に空母から通信があったかどうか確認してくれ。因果関係は不明だが、タイミング的にミサイルの着弾と関係があるかもしれん」

「ミサイルって、北朝共和国からのミサイルですよね。華連の空母がいる近くに打ち込んだりして、何で? って思えるくらいなのに、因果関係があり得ますか?」


「俺達がここに来た時、2隻の空母のうち1隻が何処に居るかわからんかっただろう? そいつが、レーダーでミサイルを検知出来る所に停まっていた可能性がある」

「ということは、着弾地点を華連が指示してトリガーとして使ったということですか……」


「かもしれん、ということだ。張りぼてが空っぽだったらほぼ確定だと俺は思う」


 ヒコロイドは、モニターの鷹羽に目を向ける。

「鷹羽さん。今回、空母は船団ではなく単体で2隻来ていますが、どういう目的が考えられますか?」

『目的ははっきりしていますよ。米軍に華東侵攻の邪魔をされたくないという目的からすると、米海軍を叩けないまでも、時間稼ぎをするくらいは考えられます』


「空母の艦載機は、燃料も弾薬もあまり積めないと聞きましたが、例えば、ウェットロイドが操縦する艦載機が、米海軍に自爆攻撃を仕掛ける、なんてことをすれば、時間稼ぎになったりしますかね?」

『充分考えられますね。華東に向かう米海軍を検知したら攻撃する。潜水艦の対艦ミサイルや対空ミサイルも足止めに使うつもりだったのでしょう。――そう何時間も足止め出来る戦力では無いと思いますが……』


「ということは、既に空母2隻は米海軍の動きを待つという作戦行動中の可能性があるわけですね?」

『そう考えた方が良さそうですね』


 なるほど、と言いながら顎に指を当てて頷いたヒコロイドは、再び鷹羽に目を向ける。

「鷹羽さん。潜水艦の魚雷と対艦ミサイルであの空母は沈められますか?」

『魚雷と対艦ミサイルの性能が不明なので、沈めるところまでいくかはわかりませんが、機能不全に持ち込むくらいは出来るかもしれません。ですが、また何故?』

「ちょうど、魚雷と対艦ミサイルを持った潜水艦が手元にあるので、使ってみてもいいかな? と思っただけなんですけど……」


 目を丸くした伊崎に、何か、おかしなこと言いましたか? という顔でヒコロイドは微笑んだ。


 それから4時間後、戻って来たヒコロイドからの報告で、空母からのトリガーと思われる通信記録が確認された。また、西のタンカーは空っぽだったということも判明した。


 NSA鷹羽からは、空母青龍と白虎の2隻が、それぞれ黒煙を上げているのを、米軍の軍事衛星が確認したとの報告があった。




※1 本作では、一部、国名を変えています。周辺国の地図はこちら↓

https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212437545534


※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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