第52話 ベースサーバーの行方
―ベースサーバーの行方—
翌日、ヒメノ達ウェットロイド4人は、
朝8時。ホテルの部屋で、姫乃達が当日の段取りを確認していると、華東NSAから緊急連絡が入った。
華東ヒメノが面々を見回して報告する。
「華東NSA本部から緊急連絡です。華東海峡に華連の駆逐艦クラスの軍艦が5隻、揚陸艦と思われる船3隻が侵入し、海峡を封鎖したそうです。また、華連本土からと思われるドローンが20機、華東上空に飛来しました。ドローンは、尖閣諸島方面へも20機向かっているとのことです」
「いよいよ本格的な侵攻が始まるということね。まずはベースサーバーの置かれた施設を特定しないと。――みんな無理はしないで」
姫乃が紅鈴、ヒメノ、華東ヒメノ、須佐ロイドを見て念を押す。
「衛兵とちょっとお話しするだけですから」
紅鈴が微笑んだ。
施設に向かう車の中で、紅鈴は、日本のNSAイザナミからの通信を姫乃に報告する。
「姫様、沖ノ鳥島組が、無事サキモリに辿り着いたそうです。――あのタンカーには潜水艦が隠れていたことがわかりました」
「鷹羽さんの読み通りだったわね。無茶しないといいんだけど……」
「ヒコ君は、無茶しちゃうかもしれませんね。潜水艦を乗っ取っちゃうかもです」
「ヒメノちゃん。それ、洒落になってないから」
ヒメノがペロっと舌を出す。
やれやれ、と助手席からバックミラー越しにヒメノに呆れ顔を返した姫乃だったが、ひと息深く息を吸うと顔を引き締めて、他のメンバーに声を掛ける。
「負けてられないわ。こっちも急がなきゃ」
須佐ロイドは、施設の門から百メートル程離れた所に車を止めた。さらに30メートル程後方には、華東メンバー2人が乗る車が止まる。
双眼鏡で門の周辺を確認する紅鈴。トラックなどの大型車が出入りする門には衛兵が2人、門の開閉をする守衛室には衛兵が1人。
「それじゃ、行ってきます。姫様」
紅鈴は、運転する須佐ロイドに頼んだわよという視線を飛ばして車の外に出る。ヒメノと華東ヒメノもこれに続いた。紅鈴は動き易いジーンズだが、ヒメノと華東ヒメノの2人はミニスカートだ。3人ともお揃いのマスク姿。
紅鈴は、スタスタと守衛室に歩いていく。ヒメノと華東ヒメノはそれぞれ衛兵に近寄っていく。門に立つ衛兵達はぴくりとも反応せず前を向いている。
紅鈴が守衛室の衛兵から、門番の衛兵への視界を遮る距離まで近づいた時、2人のヒメノは動いた。衛兵の隣に立つと、静かに、そして流れるように素早く、無効化ギアを耳に差し込む。
崩れ落ちそうな衛兵を門に押し付けて支えると、ヒメノ達は続けて有線接続を行った。
守衛室の衛兵は、ただ静かに立っているだけの紅鈴を訝しむでもなく、前を向いて座っている。紅鈴も何を話し掛けるわけでもなく、ただ前を向いて立っていた。
10秒程して、ヒメノ達が門番の衛兵を開放し歩き去ると、紅鈴も黙ってその場を離れる。
姫乃の乗る車は、守衛室の死角に移動していた。3人のレディ・パープルが乗り込むと車は静かに走り去った。華東メンバーの乗る車もこれに続く。
門に体を預けてかろうじて立っていた門番の衛兵2人が堪え切れず、崩れるように倒れたのは車が走り去って5分程後のことだった。
* * *
再びホテルの部屋。姫乃達は、得られた情報を吟味していた。
軍港の衛兵からヒメノ達が得られたのは、ベースサーバーのアドレスだけであった。衛兵達は、ベースサーバーの管理に関する情報も、作戦に関する情報も持っていなかった。
須佐ロイドが、ログインを試みたが、案の定、ネットワーク的なアクセス制御がなされており、ログイン画面にも到達出来なかった。
そうなれば、設置されている場所を特定してネットワークを遮断するしかない。
華東ヒメノが、華東NSAでの動きを共有する。
「アドレスをもとに、華東NSAで拠点の割り出しを行っていますが、もう暫くかかりそうです」
「アドレスがわかっても拠点の洗い出しに時間が掛かるのはなぜなの?」
姫乃が素朴な疑問を投げる。
「ネットワークアドレスは、サーバーの設置場所に関わらず独立して管理されています。華連はアドレスの管理情報を公開しておらず、華東NSAで確認出来ているものは一部に過ぎません。それに設置場所との紐づけ情報は、一部の関係者しか持っていないのです」
華東ヒメノは指を立てながら解説する。
「じゃあ、少ない情報から推測するしかないということ?」
姫乃は話をさらに掘り下げる。
「はい。軍が使うネットワークは通常は閉じた専用線網なのですが、アンドロイド用に使われるネットワークは公衆回線網を使っています。軍が公衆回線網を使うケースは他にもあって、SNSを含む広報活動とか、疫病情報や水害などの災害情報など、一部の情報は、軍が管轄する公開情報サイトで公開されているのです。ですので、それらのサイトのうち、華東NSAが把握しているアドレスと設置場所の情報に照らして漸く推測が可能になります」
「華東NSAが設置場所の情報を押さえているものもあるということなの?」
「はい。華東NSAは、疫病や水害の情報サイトについては、10年以上前の共産党員のリークをもとに設置場所や管理者情報を入手しているのですが、それらの中から可能性の高いデータセンターとその攻略情報を整理しているところです」
華東ヒメノは残念そうに続ける。
「ベースサーバーの管理者の情報がわかればもっと早いと思うのですが。それがわからない以上、ベースサーバーが置かれたデータセンターを見極めるしかありません」
その時、ウェットロイド達にヒコボシのアラートが飛んだ。
はっとした顔で紅鈴が姫乃を見る。
「大変です、姫様。北朝共和国のミサイルが沖ノ鳥島の沖合で爆発した模様です。爆発が確認されたのは、沖ノ鳥島の南西4百キロ、EEZ、排他的経済水域の外だそうです。米軍の情報では、核が使われた可能性もあると」
「核ミサイル? 何でそんなものが! お父さんやヒコロイド達は?」
「今のところ連絡が付かないそうです」
「どういうことよ……」
時刻は午前10時になっていた。
テレビが点けられたが、北朝共和国のミサイルの話題ばかりだった。
北朝共和国は、核弾頭の使用を否定し通常弾頭の実験と主張している。
華連の報道官は、沖ノ鳥島付近に停泊中のタンカーおよび空母の状況は不明としたうえで、北朝共和国のミサイル実験を容認する姿勢を見せた。
「何で華東海峡封鎖の話は出てこないのよ。ドローンのニュースは?」
イライラとテレビに当たる姫乃の隣にヒメノがペットの水を持ってきて座った。
「お水どうぞ」
「あなたは不安じゃないの? 仮にも旦那が音信不通なのよ?」
「もちろん不安ですよ。教授も義理の父親ですし。でも、ヒコくんや黄鉄さんは、教授の安全を第一に考える筈です。ヒコくん達にはバックアップもありますし、命を懸けて教授を助けるに違いありません」
「そういう問題じゃないでしょう?」
「――ヒコくんのことが心配ですか?」
「もちろん心配よ。バックアップがあるとしても、死んでなんか欲しくない。人として当然でしょう?」
「はい、当然です。姫乃さんは種の保存欲求を理解したのですね。私も嬉しいです」
「何よ。その言い方」
「――赤ちゃん、出来たんですよね?」
「え?」
「歩き方でわかります。私も経験ありますし」
「誰の子かまで知ってるような口ぶりね……。怒ってないの?」
「怒ってなんかいませんよ。ウェットロイドはイビトみたいな存在ですから」
「イビトって、あの絵本の?」
「はい。私はあの本のイビトみたいになりたいんです。ヒコくんも同じ考えです。だから、この体がどうなっても、香春英彦の想いを、魂を、――もちろん遺伝子も、次の世代に繋いで行こうって、私達は思っているんです」
「――全く揃いも揃ってウェットロイドっていうのは」
「アンドロイドの癖に、ですか?」
「そうよ!」
姫乃は水を持って立ち上がると、振り向きもせず、お水ありがと、と後ろに手を振って、華東メンバーが集まる別室へ消えて行った。
※1 本作では、一部、国名を変えています。周辺国の地図はこちら↓
https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212437545534
※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。
また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術
は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは
ありません。
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