第51話 パープルロイド攻略

―パープルロイド攻略—


 15時55分きっかりに、須佐ロイドはパープルロイド社の受付を訪ねた。


「太国さんとお約束している須佐と申します」

「承っております。係りの者がご案内します」


 案内役になったのは、レディ・パープルのウェットロイドのようだ。4階の応接室に通された。


 コの字型のソファの真ん中にはローテーブルが置かれている。

 須佐ロイドは、そこで暫く待つように言われ、促された席に座って太国を待つ。


 紅鈴と2人のヒメノの3人は、レディ・パープルのマスクを使って、無事に入れたようだ。


 コンコン、とノックの音がして、太国、続いて張紫水が部屋に入って来た。須佐ロイドは立ち上がって頭を下げる。


「どうもご無沙汰しております。太国さん」


 太国は、座ってくれとジェスチャーで示し、須佐ロイドの対面に座る。張紫水は太国の隣に座った。

「改めて紹介の必要は無かったかな? パープルロイド社長の張さんだ」

「存じております。――お会いするのは3年振りですね、張社長」


 張紫水は軽く頷いただけだった。須佐ロイドは念のため赤外線モード使う。ふたりともウェットロイドに間違いない。須佐と会った記憶など、欠片も引き継がれていない様子だ。


「早速ですが、今回こちらにお邪魔したのは、華東政府から任意聴取したいと言われている件についてです。何でも、安全保障に関わる重大な技術情報流出があるとの疑いらしいのですが……」


「須佐さん。サポロイド社の製造しているアンドロイドは、完全に民生用で軍事利用可能なものでは無い。安全保障に関わるなど濡れ衣もいいところだ。そう回答しておいてくれないか?」

「それでは、任意聴取には応じないと」

「当たり前だ。聞かれるまでもない」


「――困りましたね。華東※1政府は明らかな証拠を握っているようで、応じない場合、サポロイド社を強制捜査すると言っています」

「証拠? 何のことだ」

「パープルロイド社で製造したアンドロイドが日本で見付かったんです。サポロイド社の技術を使ったものだそうです」


「パープルロイド社が日本にアンドロイドを送ったなど、聞いたことが無いが?」

「てっきりご存じかと思っていましたが……。太国さんは安白姫、あるいはホワイトプリンセスと言う名前に心当たりはありませんか?」


「ん?」

 太国は心当たりが無いという顔で須佐ロイドを見る。

「日本で、ハニーロイドカフェと言うアンドロイドを使ったカフェを流行らせた人物です。5年前に私と太国さん、それに張さんも一緒に会ったことがある筈ですが?」

「覚えとらんな」


「ホワイトプリンセスが使っていた特殊なアンドロイドが、日本で事件を起こしたことから、日本政府の知るところとなりました。調べてみると、どうやら我が社の技術を使ったパープルロイド社製だと思われる。そこで日本から華東政府に照会があり、華東政府が技術の漏洩を確信したわけです」


 張紫水がこの言葉に反応する。

「そのアンドロイドがうちの製品だという根拠は何?」

「昨年、真信網がパープルロイド社の工場で製造されたアンドロイドが軍施設に送られる映像をスクープしましたよね。そのアンドロイドと日本で事件を起こしたアンドロイドがそっくりだったんですよ」


「仮にそうだとしても、それが華東の国家安全保障と何の関係があると言うの?」

「一昨日、華連海軍の空母2隻が日本の領海に侵入し東方に向かっているというニュースがありましたが、華東政府はこれが華連による華東侵攻の準備だと捉えています。それを可能にしたのが、特殊なアンドロイドの存在です。上陸する陸戦隊は、その特殊なアンドロイドで構成されると考えられています。日本で見つかったのも、その特殊なアンドロイドだったのです」


「特殊なアンドロイド?」

「ええ、我が社ではウェットロイドと呼んでいます。人間のボディを持ったアンドロイドです。その性能は太国さんもご存じですよね? 他ならぬあなた自身がウェットロイドなんですから――」


 太国と張紫水は同時にソファから立ち上がり、太国が正面からローテーブルを蹴って須佐ロイドにタックルにかかる。張紫水はコの字のソファの開いた方に飛んで、須佐ロイドの逃げ道を塞ぐ。


 須佐ロイドは大きく体を開いてタックルを躱すと、すぐさま向き直り、宙を泳いだ太国の腰に腕を回してバックドロップを決めた。


 すかさず、部屋の外で待機していた、紅鈴、ヒメノ、華東ヒメノの3人が部屋に飛び込んで来た。3人ともレディ・パープルのマスクを被っている。


 ヒメノが滑り込むように張紫水の足を払う。華東ヒメノは倒れる張を抑え込み、無効化ギアを差し込む。

 バックドロップで押さえ込まれていた太国は紅鈴に無効化された。



 有線接続で張紫水からベースサーバーの情報を得たヒメノは、須佐ロイド達に応接室を任せ、向かいの部屋に向かう。応接室の向かいが社長室だった。

 ヒメノは、社長室の奥のデスクのノートパソコンを立ち上げ、ベースサーバーのコンソールを呼び出すと姫乃と華東メンバーの入館許可を受付に指示した。


「――みんなご苦労様」


 姫乃は、華東メンバーを引き連れて応接室に入ると、須佐ロイド達に声を掛け、向かいの社長室に向かった。太国と張紫水は華東メンバーに後ろ手に拘束され、ソファに横たえられた。


 須佐ロイド達も社長室に向かう。

 華東メンバー達が、社長室を隈なく調べ始める中、姫乃達はベースサーバーのコンソールを囲んだ。


「ベースサーバーの管理は、もともと張紫水自身が行っていました。ウェットロイド化した後も、このコンソールを使っています」

 カタカタとキーボードにコマンドを打ち込みながらヒメノが説明する。


「――出ました。アカウントの数は1億2千万弱、うちハードロイドが約1千万。それ以外はウェットロイドです。ウェットロイドは共産党員、軍人とその家族、および工場や特殊病院関係者ですね。連携しているベースサーバーが無いので、分散せずにこれだけで集中して管理していると思われます」

「華連軍の作戦計画に関する情報は?」

 姫乃が身を乗り出す。


「それが、見当たらないんです」

「どういうこと?」

「張紫水と太国のAIを詳しく調べてみたらどうでしょう?」

 須佐ロイドが提案する。

 紅鈴と華東ヒメノがこの言に反応して応接室に向かう。ソファに眠る2人に有線接続するためだ。


 暫くすると、紅鈴から通信が飛んだ。


『ベースサーバーは3日前に丸ごとコピーされ、軍施設に移されています』

    

 ヒメノは、カタカタとコンソールを操作し、アカウントの状況を確認する。

「軍関係者と思われる1千万人強のウェットロイドは、こちらのサーバーには接続していません。どれも非活性状態です」

「分散管理じゃない、って言ってたけど、どういうこと?」

 姫乃がヒメノを見る。


「もともと1つだったベースサーバーを丸ごとコピーして、別のアドレスを与えて使っているんです。アンドロイド側が接続先情報を書き換えるだけで同じように使えます」

「そうすると、コピーした方に作戦計画に関する情報があって、軍はそれに従って動いているということね」

「そうなりますね」


「転送先の情報がわかれば新しいベースサーバーのアドレスがわかるんじゃない?」

「それは難しいでしょう。転送に際して間にゲートウェイを挟んで転送するでしょうから」

 須佐ロイドが割り込む。


「それじゃあ、軍施設に潜入して新しいベースサーバーのアドレスを入手するしかないということ? でも、それでアドレスが特定出来ても、管理者を見付けられないと、手も足も出ないんじゃないの?」

「そうですね。通信を遮断するだけなら、サーバーの設置場所が特定出来れば可能ですが、スタンドアロンで動かれたら止められません。作戦行動を中止するには、管理者権限が必要です」

 須佐ロイドは姫乃に頷いた。


 姫乃達は、パープルロイドの現場を整えて、いったんホテルに戻ることになった。

 日本と華東のNSAに事の経緯を報告するとともに今後の方針を相談するためだ。

 太国と張紫水のAIは取り外され、華東NSAで分析される。2人のボディは、社長室の隣にあった2台のコクーンに保管された。





※1 本作では、一部、国名を変えています。周辺国の地図はこちら↓

https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212437545534



※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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