第50話 虹港へ

―虹港へ―


 沖ノ鳥島に向かう伊崎達を見送った姫乃と紅鈴は、サポロイド社に立ち寄り、須佐ロイドを拾ってNSA本部に向かった。拘留されている須佐に会って、太国と張紫水の話を須佐ロイドに聞かせるためだ。


 姫乃達を出迎えた鷹羽には、疲労の色が滲み出ていた。


「伊崎さん達は、無事出航したのですか?」

「はい」

「空母が出て来たことで、華東※1政府も本格的にパープルロイド社を押さえに行く意向を固めたようです。ネットワークの設定と特殊部隊を含めた体制の調整を進めていますが、もう少し時間が掛かります。虹港に発てるのは、早くて明日の昼頃でしょう」


「わかりました。それより、沖ノ鳥島組は大丈夫でしょうか? 空母まで出て来たのに、丸腰の民間の船では何も出来ないのではないですか?」

「あちらさんも、民間船をいきなり沈めるようなことはしないでしょう。それに、タンカーの影に潜水艦がいるかどうかを確認してもらうだけですし。戦艦を派遣して調査するとなると、空母を刺激して戦争を誘発する恐れがあるので、伊崎さんの深海探査艇は打って付けなんですよ」


「ニュースでも、日本政府は華連政府に強く抗議した、としか言わないですよね。いざ、こういうことが起こると、日本には、これを止めることが出来ないものなんですね」

「残念ながら……。ですが、これで改憲論議も再燃することでしょう。皮肉な話です。――さあ、着きました。須佐を連れてきますので中で待っていて下さい」


 鷹羽は、小さな取調室風の部屋に、姫乃達を通した。6人掛けのテーブルがある。

 暫くすると、鷹羽と橿原が須佐を連れて入って来た。


「須佐さん。お久し振りですね。現在の状況は聞いてますか?」

 姫乃は早速本題を切り出した。

「鷹羽さんから聞いたよ。沖ノ鳥島にタンカーと空母が向かっているんだってね」

「そう。それは陽動と言うか、米軍を近寄らせないための策で、本命は華東侵攻だと鷹羽さんは睨んでいるわ。サポロイド社も他人事じゃないでしょう?」


「華東が占領されるとなると、サポロイドはパープルロイドに飲み込まれてもおかしくないね」

「そうよ。だから、あたし達はそれを阻止するために、パープルロイドに乗り込むの」

「目的はパープルロイドのベースサーバーだね」

「その通り。あなたのウェットロイド、須佐ロイドさんに手伝ってもらいたいの。須佐さんは、太国さんとお姉様、張紫水の2人に面識があるけど、その当時の話は須佐ロイドさんは知らないでしょう? だから、今日は、その時の話を聞かせたいと思って」


「そういうことか。僕のウェットロイドが偽物だとバレないように話を合わせるってことだね」

「と言うより、向こうが偽物だってことを証明するためなんだけどね」

「え、それはどういう……?」

「おそらく、ふたりとも須佐さんのことは覚えていないと思うの。1年ちょっと前にウェット化しているみたいだから」

「ふたりともウェットロイドになってるってこと? じゃあ、本人達は?」

「もう、この世には居ないと思う……」


「――太国さんが」

 うなだれる須佐。


「太国さんは、僕よりも7つ年上だったけど、少年のような感性を持った人だった。8年前、ソフトロイドの企画を持ち込んだ時、僕の作った人形達を見てもらったんだけど、須佐ちゃん、これすげーよ、まじすげーって中学生みたいにはしゃいでくれたんだよ。それからソフトロイドの開発が始まって、2年掛かって完成した時は、太国さんは、俺が第一号だなんて言って遊んでくれてさ。おもしろくてエロいから、オモエロだ。って喜んでた」


「あたしとお姉様が、太国さんと須佐さんに会ったのは、大体その頃かしら?」

「そう、それで日本進出の話が盛り上がって、僕と君とはそこからの縁なんだけど、太国さんと張紫水は、半年に1回会うかどうかだったんだよ。それが3年前、太国さんが伊勢山さんに振られて、ヤケになってた時に張紫水に優しくされて、舞い上がっちゃったんだと思うんだ」


「太国さん、そんなに伊勢山さんのことが好きだったの?」

「伊勢山さんがサポロイドに入る前からの知り合いだったらしいんだけど、伊勢山さんって、面倒見がいいって言うか、何でも許してくれるような優しさと言うか、そういうほんわかしたところがあったから、たぶんそこに惹かれてたんだと思う。太国さんは、小さいころに母親を事故で亡くしてたそうだから、母の愛に飢えてたんじゃないかな。短絡的な推測だけど」

「お姉様は、あんまり母親って感じじゃないわよ。キャリアウーマンタイプだもの」

「たぶん、だからこそ半年に1回程度しか会って無かったんだろうけど。張紫水は、太国さんを煽てまくったんだと思う。あと、パープルロイドが急激に業績を伸ばしたから、それも太国さんの虚栄心を満たしたんだろうね」


 しばしの沈黙が流れる。

 姫乃は先を促す鷹羽の視線を受けて、須佐に向き直ると、要件を伝えた。


「須佐さんに折り入ってお願いがあるの。明日の16時か17時で太国さんに面談のアポを取ってもらいたいの。華東のNSAからは、アンドロイド製造技術がサポロイド社から虹港のパープルロイド社に漏れた疑いがあるので、任意で話を聞きたいというメールを太国さんに送ってもらっているんだけど、須佐さんの元にもNSAから話を聞きたいと連絡が来たので善後策を相談したいということにして欲しいの」

 須佐は、鷹羽に伺いを立てる眼差しを送る。


「一時的に外部と連絡が取れるように手配しましょう」

 須佐は姫乃に頷いて言った。

「わかりました。やりましょう」


 そして、須佐は、鷹羽に向き直り、膝に手を付いて深く頭を下げた。

「あの……、太国さんを止められなかったのは僕の罪です。もし、華東が占領されるような事になれば、僕を終身刑にでも死刑にでもしていただいて構いません。ただどうか、何とかそんなことにならないよう、よろしくお願いします」

「残念ながら、須佐さん。我々はあなたを裁く立場にはありません。それに、華東占領なんてさせる気はさらさらありませんから、安心して下さい」



   *   *   *   *



 翌日、10時過ぎの便で姫乃達は虹港に飛んだ。


 虹港では、華東NSAに貸与しているヒメノの1人が出迎えた。

 華東NSAからは、華東ヒメノの他、連絡係として呉氏と蔡氏が同行しており、総勢7名でパープルロイドを攻略することになる。


 活動拠点となるビジネスホテルの一室で、到着早々、段取りの確認会が始まった。


「太国さんとのアポの時間は16時です」

 進行するのは短めの髪を後ろで纏めた華東NSAのヒメノだ。


「須佐ロイドさんには、5分前にパープルロイド社に入ってもらいます。先方は太国さんと張紫水です。須佐ロイドさんのやりとりは、私達も共有します。須佐ロイドさんは、予定通り太国さんに華東NSAからの任意聴取に応じるかどうかを確認して下さい。そして、隙あらば無効化する、という段取りです。私達ヒメノ2人と紅鈴さんは、レディ・パープルマスクで潜入し、須佐ロイドさんをフォローします」

 姫乃が頷く。


 そもそも、ウェットロイド同士で口頭でこのような確認は不要なのだが、姫乃と華東NSAの2人は人間なので、敢えて口頭での確認会が行われているのだ。


「その後、太国さんか張紫水からベースサーバーの管理情報を得て、ベースサーバーを乗っ取ります。ベースサーバーから作戦内容を読み取り、可能であれば作戦行動を中止させて、ミッションは終了です。ベースサーバーが分散されていて、別の場所にある可能性もありますが、張紫水から情報が得られればそれを使い、得られないとしても、軍施設に侵入し、情報を得て、ベースサーバーを乗っ取り、作戦を終了させるという目的は変わりません」


「私も立ち会いたいのだけど、どのタイミングで可能になるの?」

 姫乃が華東ヒメノを見て尋ねる。

「パープルロイド社のベースサーバーを乗っ取った段階で、セキュリティに姫乃さんと華東NSAの2人の入館許可を出しますので、そこから立ち会えますよ」

「そう。わかったわ」


「――それでは、みなさん、よろしくお願いします」

 華東ヒメノも、ペコリと切れ味の良いお辞儀をした。




※1 本作では、一部、国名を変えています。周辺国の地図はこちら↓

https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212437545534



※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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