第48話 束の間の団らん

ー束の間の団らん―


 『ふかみ丸』に燃料を積み込み、ハードロイド達に船の操作、クレーンの操作をひと通り教え終わった伊崎が家に帰った時には、時刻は18時を回っていた。


 ただいま、とリビングに行くと、台所が騒がしい。覗いてみると、姫乃が鯖を煮ているところだった。


「あ、お父さんお帰りなさい」


「――あ、ああ」


 まさか、こんな平和な日常の風景が見られるなんて、と目頭が潤むのを誤魔化すように、伊崎は姫乃に意地悪な質問をする。


「姫乃。料理出来たのか?」

「今、教えてもらっている最中よ! お父さんはビールでも飲んで待ってて」


 奮闘している姫乃を見る、奈美の目も優しい。冷蔵庫から缶ビールを取り出し、リビングに座って開けていると、紅鈴が小皿を持って現れた。


「姫様は鯖の味噌煮に挑戦中です。これは博士がお家から持ってきたホウレンソウの胡麻和えと鯵の南蛮漬け、きんぴらごぼう、それとタコさんウインナーです。おつまみに、とのことです」

 懐かしい我が家の味に目尻を潤ませる伊崎。


「タコさんウインナーなんて、教授も可愛らしいですね」

 そう言って、意地悪な微笑みを見せると、紅鈴は台所に消えていった。


 ――そうか、家族は4人になったんだ。


 姫乃と紅鈴は双子の姉妹のように仲がいい。紅鈴は姫乃から切り離せない存在になっていた。

 ――それにしても、

   姫乃は明るくなった。

   これも紅鈴のお蔭だろうか。


 などと伊崎が物思いに耽っているところへ、じゃじゃーんと姫乃がトレイを抱えて現れた。

 登場の仕方にも驚いたが、姫乃が持ってきた料理も驚きだった。


「鯖の味噌煮、煮込みハンバーグ、オムライス、唐揚げ、麻婆豆腐」

 姫乃は皿を出しながら、得意げに料理名を宣言していく。


「せっかくだから、あれこれ男子の好きそうな料理を教えてもらっちゃった」

 エプロンを外して腰掛けながら姫乃が微笑む。

「全く統一感が無いけど、味はどれもまあまあよ」

 と、奈美も座りながら頷く。

「もちろん、私が教えたからだけど」


 紅鈴が、奈美に缶ビールを渡し、姫乃と自分のグラスには冷たいお茶を注いでいく。

「紅鈴は車だろうけど、姫乃、アルコール飲めないのか?」

「そんなことないんだけど、ちょっとね……」

「さ、いただきましょう。――かんぱーい」

 奈美の発声に、他の3人が声を合わせる。


 どれどれ、と料理を小皿に取っては少しずつ食べる伊崎。

「お、確かにどれもまあまあだ。姫乃は勘がいいんだな」

「あたしも勘がいい方かもしれないけど、お母さんの勘の良さには負けるわよ」

「確かに奈美ちゃんは鋭い。俺はいつも尻に敷かれる」

「尻になんか敷いてませんよ、先生」


「お父さんもお母さんに隠し事出来ないの?」

「も、って言われてもな。やましいはしてないしな」

「あたしなんか、すぐにバレちゃうの……。昔からだけど」

 ふんふん、と伊崎が聞いていると。


「お父さん。あたしね。好きな人が出来たの」

 と、姫乃は世間話でもするように、唐突に核心的な話に切り込んでくる。

「お? そうか。俺の知っている男か?」

「うん」

 自分を見る伊崎の目を見て、姫乃は頷く。

「香春英彦」

「!!」


 間違って舌を噛み、ビールを流し込む伊崎。噛んだ痕にビールが浸みて、伊崎はさらに顔をしかめる。


「あたしは、自分が命を奪った男に、心を奪われちゃった。――叶わぬ恋なの。でも、叶わぬ恋にしてしまったのは、あたし自身の過ち」


 唖然とする伊崎に、姫乃は笑顔を向ける。

「でも、心配しないで。大丈夫だから」

 伊崎が奈美を見ると、何事も無かったかのように、平然と食べている。

「奈美ちゃん。知ってたのか?」

「母親ですから」


 おいおい、どうすんだこれから、と伊崎が思った矢先。その場にいた全員のスマホが鳴った。


 ――なんだ?


 ヒコボシからのアラートメールだ。


華連※1海軍の空母、青龍と白虎の2隻が、海上保安庁の警告にも関わらず、沖縄沖を通過し、南東に向かっています』


「潜水艦だけじゃなく、空母まで。――しかし、普通、空母ってのはイージス艦とか色々引き連れて行動するもんじゃなかったか? 空母2隻だけってどういうことだ?」

 伊崎の顔が引き締まる。

「先生、どうするの……?」

 奈美は、行くなとは言わないものの瞳が訴えている。


「ハードロイドに船の操縦やらクレーンの操作は教えたが、教えたこと以外は出来ん。俺がいないことには沖ノ鳥島に辿り着けんかもしれん。それに、こっちは民間船だ。威嚇射撃くらいはあるかもしれんが、沈められるようなことは無いだろう。大丈夫だよ。奈美ちゃん」


「――さ、こうしちゃいられないわね。ごちそうさま」

 姫乃が皿を持ってキッチンに向かったのを機に、食事会は終了した。



 伊崎と奈美は、蒔田の隠れ家に帰る姫乃と紅鈴の車の見送りに立った。

「明日見送りに行くね」

「ああ」

「あ、そうだ。お父さん。あたしね。前から弟がいたらいいなって思ってたんだ」

「何言ってんだ、お前」

 ふふふ、と笑ってパワーウインドウを上げながら姫乃の車は走り去った。


 手を振る奈美に振り返り、伊崎は気になってしょうがなかったことを口にする。

「そう言えば、今日姫乃が酒を飲まなかったのって、――もしかして」

「私達、本当のお爺さんとお婆さんになるのよ」


「――やっぱり、話の流れからすると相手はヒコロイドだよな。ヒメノちゃんは知ってるのか?」

「あの子も了解済みよ。ヒコロイドもヒメノも、ほんとにいい子達だわ」

 奈美はそう言いながら、伊崎の腕に腕を絡めてくる。


「先生、今日は、泊ってっていいのかしら?」

「さっき、姫乃が弟がいたらとか言ってたけど……本気か?」


「――さあ、それは神様に聞いてみないとね」

 奈美は、二度と会えなくなるかもしれない不安から目を背けるかのように微笑んだ。




※1 本作では、一部、国名を変えています。周辺国の地図はこちら↓

https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212437545534



※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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