第45話 蠢く大国

―蠢く大国―


 7月初旬、前月完成したスマフミンを全てのサキモリに配置する弾丸ツアーが始まっていた。サキモリへのサポロイド製AI搭載とタナバタの水中スピーカー搭載版への交換も同時に行う強行軍だ。ヒコロイドとヒメノがこれに加わった。ヒメノは妊婦を偽装しての参加である。『ふかみ丸』の面々にも、2人のデキ婚は知らされていた。


 そうした中、NSAが陳橙紀の入国を確認したとの報がNSAイザナミから入る。


 サポロイド日本支社のリビングには、NSAからは、鷹羽と橿原を始め、姫乃、紅鈴、イザナミ2人と楊黄鉄が来ており、奈美、イザナミ、キヌヨが彼らを出迎えていた。須佐ロイド2人と楊の2人、ならびに、ツアー中の伊崎、ヒコロイド、ヒメノ、そしてNSAのヒコボシはネット経由での参加である。


 一同をひと通り見回して鷹羽が切り出した。

「昨年の名古屋の事件の後、虹港に帰っていた陳橙紀が、今月初め再度入国しました。空港の赤外線スキャンで発見されたウェットロイドのパスポート情報をNSA本部で照会した結果、名古屋事件との関連が浮かび上がり、我々のチームに連携されて判明しました。来日した目的は不明ですが、宣伝部の息の掛かった組織に顔を出して何らかの情報を集めていると思われます」


 ディスプレイに陳と並んで歩く男の姿が映し出される。

「空港の監視カメラの映像です。――陳と行動を共にしている男の素性は特定出来ていませんが、この男もウェットロイドです」

「王黒石!」

 姫乃が前のめりに反応する。王黒石は、かつて反政府運動に加担していた姫乃を公安に売った元恋人だった。


「姫乃さん、知っているのか?」

「ええ、王は確か宣伝部にいた筈です。噂を聞いた程度なので、どういうポジションだったかまでは知りませんが」

「この時期に、日本に来る理由に思い当たることは?」

「陳は、宣伝部で、日本に対するアンドロイドに関わる浸透工作や世論誘導などを行っていました。私が起こした名古屋の事件を機に、いったん離れていた筈ですが、それが復活したか、あるいは別の事案が発生したか」


「別の事案と言っても、――潜水艦侵入事件は半年も前ですよね」

 橿原が鷹羽を見て首を捻る。

「潜水艦侵入事件は、我々が知る限り、実に様々な組織で手掛かりを探す動きがあった事件です。NSAの一部を除き、自衛隊や海上保安庁と政府の人間で、何処で何が起こったかを知っているのは、ほんのひと握りしかいません。なので、先方にそれを把握出来ていたとは思えません。もし、漏れていれば伊崎研究室がマークされたことは確かでしょう」


 鷹羽はそう言うとバトンを渡すかのように姫乃に目を向けた。

「宣伝部の王が一緒に居るということは、宣伝部から新たな指示が下りてきた可能性も考えられます。例えば、何らかの華連の軍事的な作戦行動をカモフラージュする目的での世論誘導や攪乱の準備とか……」


 姫乃も腕を組んで宙を睨む。

『姫乃さん。陳は蒔田の隠れ家のことを知ってるのですよね?』

 ディスプレイから、ヒコロイドの声が割り込む。

「知っている筈よ」

『陳が入国してから何日も経つのに、蒔田の隠れ家に姿を現さないというのは、姫乃さんにコンタクトを取るつもりが無いのでしょうか? 他の組織や団体には顔を出しているんですよね』


「――確かにそれも妙な話ね」

『真信網のスクープの時も肩透かしな反応だったが、姫乃に関して連中の反応が薄すぎやしないか?』

 伊崎も疑問の声を上げる。

『ヒコボシ、日本国内で宣伝部の関与が疑われるニュースとか、真信網のスクープへの反応、潜水艦侵入事件への反応、それから華連国内の政権争いに関して、ここ1年くらいの目立った動きがあれば教えてくれないか?』


 ヒコロイドの問いに、ヒコボシが答える。

『アンドロイドに関する、日本国内の大きなデモやSNSの炎上記事等は、ここ1年では見当たりません。また、潜水艦侵入も今年に入ってから記録がありません。華連国内での政権争いや要人の更迭等のニュースもありません。ただ、最近になって、華連のネットニュースに僅かに見られるようになったのは、昨年の真信網でスクープされた内容を上書きするようなニュースです』


 ヒコボシが、特別病院の活況の様子や監視カメラの消えた街の人々の映像を映す。

「これはわざとらしいフェイクよ。でも、今更なんで?」

 姫乃が疑問の声を上げる。

「理由はわからないとしても、少なくとも、昨年の真信網のニュースが、今になって宣伝部の注目を浴びた可能性はあるわけよね。同じようなタイミングで陳も現れたわけだし。だとすると、姫乃の周りも改めて警戒が必要なのではないかしら」

 奈美が険しい表情で姫乃の目を見る。


 姫乃は奈美に頷きながら、鷹羽を見て言った。

「鷹羽さん。暫く蒔田のマンションとハニーロイドカフェに、イザナミさんと黄鉄さんを張り付けてもらえませんか?」

「それは構いませんよ」


 ディスプレイの向こうから、伊崎が声を上げる。

『鷹羽さん。姫乃の言っていた新たな軍事的な作戦行動のカモフラージュってのが気になるんですが、我々に何か出来ることはありますか?』

「カモフラージュは、何らかの抗議運動という形を取ったり、サイバーアタックのようなものだったり、ただ混乱を目的として学生が騒いだりと様々で、防衛策はありません。ただ、軍事作戦となると、潜水艦の動きが先行するのが定石なので、今、伊崎さんが進めている潜水艦警戒網整備は完成を急いだ方がいいですね」

 鷹羽は渋い顔をして答えた。



   *   *   *   *



 3日後、1人のジャーナリストがハニーロイドカフェを訪ねて来た。楊黄鉄に声を掛けて、責任者は居るかと問う、その男は、王黒石だった。


 ――王黒石がハニーロイドカフェに

   現れました。

   確かにウェットロイドです。


 楊が、ブロードキャストで通信を飛ばす。

 サポロイド社とNSAのウェットロイド達がこの通信を受け取った。蒔田の隠れ家では、紅鈴が姫乃に口頭で連携する。


 とりあえず、楊が王の話を聞くことになり、3階の小部屋に王を案内した。

「店長代理の香春(かわら)と申します」

「虹港AIジャーナルの王です」


 王黒石は、名刺を渡しながら日本語で挨拶をしてきた。楊は、これに香春鉄男の名刺で応じる。


「はい。私共の雑誌はマイナーではありますが、虹港でAI関連の新技術や新サービスを紹介しております。この度、夏の特集号では、日本のAIサービスと題して、日本で大流行のハニーロイドカフェのサービスを特集したいと、取材に参りました」

「ハニーロイドカフェの本社は別にありまして、うちの店は、チェーン店の1つに過ぎません。取材されるなら本社の広報を通していただく方がよろしいかと」

「こちらのお店がハニーロイドカフェの1号店と聞きまして、昨今の大躍進の源流を探る意味で、お話を伺いたいのです」


「はあ……。源流と言われましても、単なる1号店というだけですし」

「いやいやご主人。ハニーロイドカフェ躍進の源流と言えば、知る人ぞ知る重要人物がいらっしゃるではないですか。既に解散してしまいましたが、和華人と言う情報サイトの代表で、ハニーロイドカフェ推進に並々ならぬ活躍をした安白姫と言う華連人の女性が。ハニーロイドカフェを語るうえで、ホワイトプリンセスの存在は欠かせません」


「――それで、あなたは安白姫に取材をしたい、ということでしょうか?」

「いやあ、お話が早い。どうにかお取次ぎ頂けないでしょうか?」

「一応、本人に了解を取りたいので、どのような質問をされるか、内容を教えていただけませんか? メモ等はお持ちでしょうか?」

「そう来ると思っていました。――こちらです」

 王は、カバンから1枚のメモを取り出して、楊に差し出す。


 内容は、何処でこのアイデアに出会ったか、なぜ日本を選んだのか、なぜ今のカフェチェーンと組もうと思ったのか、一番苦労したことは何か? など、ありきたりのものだった。


「それでは、暫くこちらでお待ち下さい」

 そう言って、楊は部屋を出て紅鈴の指示を仰ぐ。


 紅鈴は、直ぐに場所の手配をした、翌日の17時、横浜のホテルのレストランの個室だ。

 NSAを含めたフォーメーションも決まった。


「お会いされるそうです」

 部屋から戻ると、楊は1枚のメモを王に渡しながら回答を伝えた。

「場所と時間はこちらで指定させて頂きました。関内PPP(スリーピー)ホテルの中華レストランの個室を明日の17時から30分、安白姫の名前で予約しています。取材に際して特段の料金は頂きませんが、実費はお支払い下さい。また、予め申し上げておきますが、写真撮影はご遠慮頂きます」

「もちろんです。ありがとうございます」



   *   *   *



 関内PPP(スリーピー)ホテルの中華レストランの1室、姫乃と紅鈴が王を待っていた。


「姫様、お顔を見せてもよろしかったのですか?」

「王黒石が、昔話をしてくるようなら、多少は記憶が引き継がれていることがわかる。でも、全くの初対面という反応なら、昔の記憶を引き継がずウェット化された事が確定する」

「そうですね」

「もし王が記憶を引き継いでいなかったら、陳先生も、前の記憶を引き継ぐことなく、ウェット化された可能性が高くなると思うの」

 姫乃は臭い匂いでも嗅いだかのような顔を紅鈴に向けて続ける。


「英彦さんみたいに、1年掛かりでAIを教化するなんて発想は、あの国には無いのかもしれないわね。やってたとしても、あの男があたしのことをAIに教えたかどうかはわからないけど」

「そうですね。――来られたみたいです」



 コンコン、と部屋がノックされた。紅鈴が扉を開けに立つ。

「どうぞ」

「失礼します」


 入って来た王は、テーブルに座る姫乃を見て、頭を下げると自己紹介を始めた。

「この度は、貴重なお時間を頂きありがとうございます。虹港AIジャーナルの王黒石です」

「安白姫です。さ、お掛け下さい」

「失礼します」


 ホテルが用意したコーヒーを紅鈴が2人に給仕し終えると、姫乃が口を開いた。


「時間もあまりありませんし、早速始めましょうか」


 王黒石が用意した質問は、どれも端的に姫乃が回答していった。王は、多少深堀りし、話を広げようと試みたものの、底が浅い追撃は、話を広げるに至らなかった。そもそも、インタビュー自体が取って付けた飾りで、本来の目的では無いのだから、そういうものだろう。


「他に聞きたいことはありますか?」

 と、最後に促しただけ姫乃は優しかったと言えよう。


 30分の予定を15分で終了したにも関わらず、大袈裟に感謝の意を述べて、王はレシートを手に退散していった。



 ホテルを出た姫乃と紅鈴は、パーキングメーターに止めていた車で蒔田に向かう。

 程なくそれを尾行する車が特定された。陳橙紀の車である。これを楊黄鉄の車が追う。

 先に出た筈の王が、ホテルのロビーで姫乃達が動くのを待って陳に連携したのだろう。

 王もまた陳を追ってタクシーを捕まえる。

 この車を追うのは鷹羽、橿原とNSAイザナミの2人だ。



 蒔田に戻る車の中。

「思った通り、陳さん達は追ってきているようです」

 そう、と紅鈴の言葉に軽く頷きながら、窓の外に目をやる姫乃。


「――あの男は、もうこの世にいないのね」

「お寂しいですか?」

「そういうのじゃないの。あの男は反政府運動をファッションとしか考えていなかったけど、それでも、その欠片程の魂でも、一緒に消えて欲しくないなと思っただけ」

「その魂は姫様が生きてきた証ですから。かの国で反政府運動をしていた全ての人間が消えたとしても、姫様がある限り、姫様と共に生き続けると思います」


「紅鈴はいつも優しいのね」

「ヒメノちゃんのAIの影響かもしれません」

「ふふ、あの子のAIは、アンドロイドの癖に羨ましくらいポジティブで逞しいわ」

「きっと、そこにも英彦さんの影響があると私は思います」

「そうね。だからこそ、あの子を憎めないのかも」


「――そろそろ着きます」

 車を降りた姫乃と紅鈴は、マンションに入った。


 陳は、マンション入口を出た右手、後から追い付いた王は左手で張り込んだ。出て来たところを挟み撃ちにするつもりなのだろう。


 陳を追った楊と、王を追ったNSAイザナミ2人も、それぞれ、陳と王を遠巻きに見張る。鷹羽と橿原は車で待機していた。





※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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