第44話 新しい個性
―新しい個性—
――奈美さん、どうします?
『なんとなく、こうなる気が
してたのよ。厳密には不倫
にはならないのだけど。
もう、ホントややこしい!
それで、君自身はどうなの?』
――僕に出来ることは
してあげたいです。
『ヒメノからも何とかしてあげたい
って言われてるし……。
私からもお願いするわ。
例え、赤ちゃんがデキちゃったと
しても、みんなで支えて行く
から。だから、君は、全力で姫乃
を愛してあげて』
――わかりました。
『それと、終わるまではチャネル
切っといてね。――じゃ』
姫乃がヒコロイドの腰を揺すりながら訴える。
「何よ! やっぱり汚れてるから、あたしなんか抱けないって言うの? あたしには、英彦さんの想いや魂を引き継いでいく責任があるの。奪った分の命を、世の中に生み出す責任があるの。せめて半分でも奪ったDNAを残す責任があるの。だから、あなたじゃなきゃダメなのよ。――だからお願い。助けてよ」
「姫乃さん……」
ヒコロイドは腰に回った手を優しく解くと、立膝を付いて姫乃にキスをした。
「汚いなんて思っていませんよ」
へ? という顔でヒコロイドを見る姫乃。
「出来れば、ここじゃなくて、ベッドに行きたいんですけど……」
そう言うと、お姫様抱っこで抱き上げた。
「あっ」
予想外の振る舞いに姫乃が声を上げる。
ベッドに姫乃を横たえながら、ヒコロイドは優しく囁く。
「実は、僕はこういうことは初めてなんで、ゆっくりやりますね……。姫乃さんも楽にして下さい」
姫乃の横に座って、軽く肩から腕を撫でながらヒコロイドは言う。
「綺麗ですよ。姫乃さん」
「そんなことない。あたしは汚れてるのよ?」
「心が汚されちゃったんですね。脳には可塑性があるから、汚された記憶は消せないと思いますが、新しい記憶でバランスを取っていくというのはどうですか? これまでの自分の人生を否定しないで下さい。これまでの時間より、これからの時間の方が何倍も長い。それ全部で姫乃さんの個性なんですから。お墓に入る時、汚れた時間よりも楽しくて嬉しい時間が、強く、沢山輝いていれば、それでいいとは思えませんか?」
「それは、どっち? 英彦さん?」
姫乃は潤んだ涙目をヒコロイドに向ける。
「過去に英彦さんが言ったセリフではありませんが、僕は英彦さんなら姫乃さんにそう言うと思います。だから僕のエミュレーションです」
「自分の人生を否定するなって言われても、よくわからないわよ」
「――そうですね。とりあえず、まずは、今、肌で感じている感覚を受け入れるところから始めませんか? インプットを遮っていてはアウトプットに結び付きませんから」
ヒコロイドは、姫乃の全身を軽いタッチで撫でていく。
「無理に無視しようとせずに、触れられているところに意識を向けて下さい。僕はウェットロイドだから、細かな皮膚感覚はわかりませんが、姫乃さんは人間ですからわかると思います。――後はきっと本能が思い出してくれますよ」
ヒコロイドは、さらに両手を使い、姫乃の全身を、時間を掛けて、ゆっくり、ゆっくりと撫でていった。
30分程、そうやってゆっくりと撫でていたヒコロイドだが、少しずつ姫乃に反応が生まれつつあることに気付く。
「こうして触られるのは、気持ち悪くないですか?」
「そうでも、ない。……ぁ」
姫乃の口から小さな声が漏れ始める。
「じゃぁ、もっと敏感なところも触ってみましょうか」
そう言って、姫乃の下半身に指を這わせる。
「どんな感じですか?」
「少しムズムズしてきたかも。むず痒い感じ……」
「ちょっと強めにしますね」
姫乃の腰に力が入っている。
「――力が入ってます。緩められますか?」
「ダメ、緩めると声が……。はぁっ」
「ちょっと舐めてみますね……」
ヒコロイドは姫乃の足を持ち上げると体を入れていく。
「くぅ……」
姫乃の呼吸が少し速くなっている。心なしか顔は赤みを帯び、唇を噛んでいる。
「そろそろ頃合いかもしれないんですけど、どうですか?」
「よくわからない。あなたの方は?」
「僕は自在に準備出来るんです」
そう言って、ヒコロイドは、姫乃の手を取り自分の股間に導く。
「――あ、ホントだ」
「でしょ」
ヒコロイドは完全に体を入れて、姫乃を抱き締めて囁く。
「姫乃さん。繋がりますよ」
「――うん」
ゆっくりと、ゆっくりと、痺れが取れて感覚が戻ってくるように、これまでスルーしていた信号が改めて認識されるように、ただの文字列だったものが、意味を持ち始めるように、姫乃の体が、本能を思い出していく。
むず痒い感覚が満たされ、新たな欲求が生まれては満たされ、また生まれる。
――これが、あたしの新しい記憶、
新しい個性になるのだろうか。
姫乃は漠とした雲のような感覚の中で、何かが高まるのを感じる。何かが迫るのを感じる。気が付けば、やばいっ! と声に出していた。
膝がかくっと折れるようなストンとした感覚に、へっ、と呆けたような短い声が出た。
ふと我に返ると、ヒコロイドの腕を強く掴んでいることに気付く。
「――大丈夫ですか?」
息を荒げる姫乃をヒコロイドが気遣う。
「うん、待って、まだちょっとぼーっとしてる」
ヒコロイドは、ゆっくりと姫乃の息が落ち着くのを待つ。
――まさか、アンドロイドに女の喜びを
教えられるとはね。
口悔しさはあるが、こんな余韻も悪くない、という顔の姫乃。
「あなたは?」
「はい。僕もイキました」
ヒコロイドが微笑む。
「も、って何よ!」
小さく打つマネをする姫乃。
「全く、アンドロイドの癖に」
そう言って自然な笑顔を見せる姫乃。
「素敵な笑顔ですよ。姫乃さん」
そう言って微笑むヒコロイドの顔を見て、ますます恥ずかしくなったのか、姫乃は、赤くなった顔を隠すように、ヒコロイドの胸に顔を埋めた。
心に開いた大きな空洞はカサカサに乾いた肉の壁に覆われていた。その肉の壁がじわりと潤み始めるような、そんな感覚が姫乃を包み込む。
これが、香春英彦の言う種の保存欲求なのか、姫乃にはわからない。ただ、この感覚に身を任せることが、人間として自然な事なのだという確信のようなものは感じることが出来た。
多階層フィードバックが、姫乃の中の因果関係や経験を再評価していく。
暫くして、ヒコロイドは奈美とウェットロイド達に感謝のメッセージを飛ばした。
少し恥ずかし気に笑う姫乃の画像を添えて。
――お蔭様で素敵な笑顔を見せて
もらうことが出来ました。
※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。
また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術
は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは
ありません。
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