第32話 与那国島の攻防

 ―与那国島の攻防―


 英彦達は、与那国島でフカミン改を含めた潜水艦侵入への対応実験を行っていた。


 フカミン改は、深海探査艇フカミンにタナバタの自律型AIを移植し、人が乗っていたコクピット部分を改造して2連のソノブイ射出ポッドを付けたものだ。

 人が乗らなくなった分、もっと小型化が可能なのだが、急ぎ実用化したかったために、既存のフレームを改造する形になった。

 フカミン改は海底ポッド、サキモリのドッキングポートから充電する。

 もともとは、タナバタがドッキングする接続口だが、フカミン改にも同じ接続インターフェースを持たせ、非接触充電を可能としたのだ。



 ツアーのメンバーは、沖ノ鳥島同様、伊崎、三崎造船の九条、二階堂、石立重工の七瀬、英彦、ヒメノである。伊崎研究室では、九条女史、七瀬女史、四方ちゃん、五十音ちゃんがサポートをする他、オリヒメネット経由でNSAヒコボシも接続していた。



 3日間のスケジュールのうち、最初の1日が、サキモリ設置とフカミン改のサキモリ接続試験に充てられた。

 サキモリ設置は、沖ノ鳥島の時と同様、光ケーブルを持ち上げ、船上のサキモリに接続し、サキモリごと沈めるやり方だ。その後、タナバタに加えフカミン改を沈めて、初期動作のテストが行われた。



 2日目からは、シミュレーション訓練となった。

 予め作っておいたダミーの潜水艦のAIを使い、フカミンのコンソールに映像を重ねて、実際のタナバタやフカミン改とのやりとりをシミュレーションする。


 ランダムに出現位置を変えて侵入してくる潜水艦に対し、ヒメノがシミュレーションを行い、タナバタとフカミン改に超音波通信で指示を出す。

 海底の地形を考慮に入れて先方の進路を予測し、超音波通信のタイムラグを踏まえて指示を出し、最適な会敵ポイントを導き出す必要があった。


 2日目に用意されたケースは、比較的タナバタから近い場所で会敵するケースが多かったが、3日目には、遠いケースが用意されている。

 1ケースの消化には30分から1時間程掛かったため、2日目に10ケース消化した頃には、日が暮れてしまっていた。


 索敵モードでは、10機のタナバタは一列に並ぶIフォーメーションで、ゆっくりとたなびくように索敵するのだが、いったん敵と思われる音を検知すると、司令塔であるサキモリに指示を仰ぎ、最適なポイントに移動する。今回のテストでは、司令塔の役割をフカミンのヒメノが負っていた。


 こうしてヒメノが鍛えたAIの経験知は、ヒメノからフカミンを通じて、超音波通信でサキモリにプールされた。



 最終日の3日目、伊崎達は、やや遠いケースに取り組んでいた。午前中に2ケースを消化し、昼休憩を挟んで、再び沖へ出る。


 英彦とヒメノが乗ったフカミンが海中に降ろされた。


 ゆっくりと下降していくフカミン。

「サキモリ見えました」

 ヒメノが静かな声を上げる。

 フカミンのライトの輪の中に、サキモリの1本の足にフカミン改が掴まり、マニピュレータで接続インターフェースを押し当てている姿が映し出される。


 タナバタはIフォーメーションで500メートル程の距離を保って、長くゆらめいて索敵モードで活動中だ。


「了解。テストモードに移行しよう」

 伊崎の声がスピーカーから飛ぶ。

「ナンバー13のケースに移ります。コンソールをテストモードに設定」


 ヒメノがコンソールにコマンドを入れると、画面に10機のタナバタが現れる。ゆっくりとゆらゆら揺れながら、中心で白く輝くサキモリの周りを回っている。


 コンソールの画面には、等高線が示された海図が映されており、緑の輝点のタナバタが10機、サキモリを中心に左上に向かって連なっているところだ。

 左上にはTESTの文字が点滅していた。


 一番端のタナバタが左端に寄ったところで、伊崎が指示を出す。

「九条君、ダミー入れて」


 研究室の九条女史がダミーを投入する。

 画面の右下に、潜水艦を示す赤い輝点が現れた。実際に音を拾ったわけでは無いが、コンソール上のタナバタ達からアラートが出る。


「フカミン改起動します」

 ヒメノがコンソールからコマンドを投入すると、フカミン改のマニピュレーターが動き出し、サキモリとの接続が解除された。フカミン改は青い輝点で示され、ゆっくりとあるべき場所へ動き始める。


 赤い輝点は、右下から左上に向かって緩やかに直線的に動いている。海図を読みながら、ヒメノは、赤い輝点の動きをシミュレートし、会敵地点を想定した。

「目標は、水深およそ150メートルを航行中。タナバタを会敵予想地点へ移動。フカミン改は会敵予想地点より100メートル先に移動」


 会敵予想地点は、サキモリよりやや右上になる。コマンドを打ち込み、緑の輝点と青の輝点の動きを待つ。


 その時、右上に、もう1つの赤い輝点が出現した。

「あれ? 何それ」

 英彦が驚きの声を上げる。

「新たな敵潜水艦と思われる輝点が現れました」

 ヒメノが伊崎に報告する。

『こっちにも見える。何だこりゃ? 予定に無いぞ』

 伊崎が研究室に確認を投げる。

『テストデータは1隻だけです』

 九条女史の声だろう。

 そこへヒコボシのアラートが割り込んだ。

『アンノウンをキャッチしました』

 潜水艦のものと思われる異音である。

「まさか、本物?」

 英彦は眉を寄せてヒメノを見る。


「テストモードを解除します」

 ヒメノがコンソールにコマンドを打ち込む。右下から左上に向かっていた赤い輝点が消滅した。


 右上の赤い輝点は、そのまま左に向かっている。速度と方向を読み、海図を見ながら、ヒメノがシミュレーションをやり直す。

「タナバタとフカミン改の位置を修正します」


 ヒメノは続けてコンソールにコマンドを打ち込み始める。下の3機が超音波通信の中継機として、想定される中継ポイントに動く。

 左側にいた3機は、敵潜水艦の進行方向を囲むように動き、中段上にいた4機は左舷を囲むように動き始める。

 距離があるため、包囲網は上側が開いた形に落着きそうだ。


 赤い輝点が最も近いタナバタから800メートル程の距離に迫ったところで、威嚇を開始する。


「左舷の4機から、敵艦のスクリュー音を流します」

 赤い輝点の動きに変化は無い。

「聞こえていないのかな?」

 英彦が呟く。


「知らないスクリュー音じゃないからかもしれませんね。ちょっと合成して違うスクリュー音を作ってみましょうか」

 ヒメノは頭の中で音源データを切り貼りし始める。


「教授、ちょっと音源をいじったものを4種類作りました。左舷の4機と、正面の3機に音位を調整して流してみます」


 そう言うと、ヒメノはフカミンを通じて超音波通信で音源データを各タナバタに送信し、計7機のタナバタに、それぞれが4種の音源の音量を調節してコマンドを投入する。


「なるほど、4隻の潜水艦が、別々の方向から来ているように聞かせるわけか」

 英彦が関心した声を上げる。

「警戒してくれるといいんですけどね」

 と言いつつ、ヒメノはコマンド投入の手を休めずに英彦に微笑む。


 音位とは、音源の位置を示すものである。

ステレオで言えば、右と左のスピーカーがあって初めて音位が定まる。

 個々に音を出すだけではタナバタの数以上の音源は生み出せないが、それぞれのタナバタから音量の異なる4種の音が出されることで、例えタナバタが2機であっても、4隻の潜水艦が動いているかのように思わせることが出来るのである。



 赤い輝点に反応があった。


 やや進行方向を右に転針させて、正面の3機の方へ向かっている。速度もやや落としているように見える。


 敵潜水艦からすると、4隻の潜水艦が左舷から正面に展開しているように聞こえている筈だ。実際のタナバタの位置とは異なるとしても、音位の調整で幻影を見せたのである。

 敵潜水艦の赤い輝点が速度を落とし、止まったように見えた。


『よし、効いたか?』

 伊崎の声がスピーカーから響いた。

「先方は止まったままですけど、こちらはこのまま音を出し続ければいいのですか?」

 英彦が伊崎にお伺いを立てる。

『こういう脅かしは時間が経てば経つほど効果が薄れるだけだからな。ソノブイのテストも一気にやってしまおうか』

 と、伊崎。

「そうですね。フカミン改を近付けさせます」

 ヒメノは、そう言うとコマンドを打ち込む。


 青い輝点がゆっくりと赤い輝点に近付き、500メートル程離れた所で止まる。

「ソノブイ発射します」

 ヒメノがコマンドを投入。

「続いて、タナバタの音源を停止」

 続けてコマンドが投入される。

「教授、上からソノブイの電波確認出来ますか?」

 英彦が伊崎に確認を求める。

『この船では無理だ。ヒコボシ待ちだな』



 15分程経った頃、フカミンにヒコボシから連絡が入る。

『5分程前になりますが、パトロール中の海自の対潜哨戒機がソノブイの電波をキャッチした模様です』

「ヒコくん」

 ヒメノが英彦を見て肘で突っついた。


 画面の赤い輝点は、ゆっくりと動き始めた。小さな弧を描くように旋回していく。そして、出現した所と同じ右上に向かって、ゆっくりと戻っていった。

「やったのかな」

 英彦が呟く。

「たぶん、ね」

 ヒメノは頷く。


「――教授、残りのテスト続けますか?」

 英彦が伊崎にお伺いを立てる。


『いや、今日は終わりにしよう。相手のスクリュー音だけじゃ何ともならんというのがわかったからな。音位を使って、実数以上の音源を聞かせたり、タナバタの動きとは異なる方向への動きも聞かせられそうだから、その制御問題も含めて大幅に見直したい……』


 いやぁ、これは音響の専門家が欲しい世界だな、と伊崎の弱音が小さく聞こえてくる。

『ヒメノちゃんの機転には感謝しかないよ。すべてコマンドで流し続けるのも非効率だし、音源と音位の調整は、モジュール化出来るかもしれないしな。フカミン改のソノブイを補充したら、課題を確認して終了にしよう。――ふたりともお疲れ様』

「お疲れ様でした」

 英彦とヒメノは声を揃えた。


 一連の潜水艦の動きを示すデータは、NSA経由で防衛省に報告された。

 日本政府は、潜水艦侵入を検知したとして華連政府に抗議した。

 検知した場所については詳細は明かされず、南西諸島としか公表されなかった。





※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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