第29話 無機的な数合わせ
翌日、早々にホテルをチェックアウトした3人は、パープルロイド工場の駐車場前に陣取って、バスに乗り込む人を見ていた。
ぞろぞろと1台のバスに乗り込んでいるのは、普段着の男女のウェットロイドだった。男はみな同じ顔、女もみな同じ顔で、背格好も同じ。
寝不足の顔の黄が眉を寄せて呟く。
「服は違うけど、顔はみんな同じね。薄気味悪いわ」
「とりあえず追い掛けましょうか?」
バスは、監視カメラの削減された街、政府広報にあった近くの町に向かっていた。工場から車で30分程の街だ。まだ午前中だが、街を歩く人が殆どいない。バスは、所々で人を降ろしながら街を回っていく。
「どうやら、わざわざ来る手間が省けたようね」
姫乃が黄を見やる。
「この辺りは軍の家族の居住区なんだけど、子供もお年寄りもいないわね」
黄はハンドルを握りながらポツリと呟く。
商店街でも人影がまばらだが、同じような服を着た男か、同じような服を着た女のどちらかだ。
紅鈴がふと漏らす。
「お年寄りも子供も関係なくウェット化したのかもしれませんね」
「もともとがどういう人達だったかはわからないけど、老若男女が工場に入ったにも関わらず、ただの男女になって出て来たということなら、それしか考えられれないわね」
紅鈴の呟きに姫乃がそう返すと、黄が憤りを露にする。
「お年寄りも子供も、年齢を消されてただの男女になるってこと? 数さえ合えばいいとでも言うのかしら」
「たぶん、その通りよ。数さえ合えばいいのよ」
姫乃がさらりと断定する。
「これだったら監視カメラは不要ですね」
と、紅鈴。
「それ、どういうこと?」
黄が振り返って紅鈴を見る。
「そもそも彼ら彼女らのAIが管理されているので、この人達をカメラで監視する必要は無いということです」
「それに、この人達自身が生きた監視カメラとも言えるしね」
姫乃が皮肉たっぷりに言葉を重ねる。
「監視カメラによって人権が蔑ろにされているという批判に対して、政府は監視カメラの削減を徐々に行っていると言ってたけど、その裏にはAIを管理されたアンドロイドと入れ替えていたという背景があったということね」
溜息交じりに納得顔の黄。
「人権という意味では、この人達の人権は既に奪われてしまっているけどね。おそらく、戸籍は維持されているのではないかしら。本当に数だけ合わせた感じね」
姫乃はそう言って黄を見る。
「ここはいい? そろそろ戻らないと昼のバスの時間に間に合わないわ」
再び、姫乃達はパープルロイド工場の駐車場に来ていた。空っぽのバスが入ってくる。
工場から、ぞろぞろと家族連れが出て来た。
どうやら、彼らは年齢も姿形も奪われず、もとの姿のままらしい。
「今回は、みなバラバラですね。子供や年寄りもいます。共産党員の家族でしょうか?」
双眼鏡を持つ紅鈴の言葉に、何か思い当たる節があったのか、黄がおぞましそうな顔を姫乃に向けた。
「政府系のテレビでニュースキャスターをやってる協力者がいたんだけど、ある時から連絡が取れなくなったの。テレビには変わらず出てたんだけどね。思えば、その人も入れ替わっていたのかも……」
紅鈴は、バックミラー越しに黄を見ながら補足する。
「あのアンドロイドは画一的な背格好や顔形に作ることも出来ますが、本人そっくりに作ることも出来ます。指紋も再現出来るんです。ましてやテレビ越しとなると、判別出来なくても当然でしょう」
「こういう時、望遠カメラがあればなぁ。と思うけど」
黄が双眼鏡を片手にぼやく。
「それなら大丈夫よ、後で紅鈴の映像を送るから。――紅鈴もカメラを持っていて通信も出来るのよ」
姫乃は、そう言って黄にウインクを投げた。
3人は、工場を後にすると、パープルロイド本社に向かった。会社が見える所に車を止めると、姫乃は早速マスクを被り始める。
「この辺りでマスク被っておかないと、怪しまれるからね」
パープルロイド本社は4階建ての建物だった。
3人のレディ・パープルが特に怪しまれもせず正面玄関を通り、受付に辿り着く。
社内に人の動きはなく、人と呼べるのは受付のレディ・パープルだけだ。受付の脇の天井には監視カメラがあり、訪問客の方を向いている。
ちょっと聞いていいかしら、と姫乃は、受付に近付いていく。
「太国さんはいらっしゃる?」
「サポロイド社の太国社長ですか? いつも通り張社長のお部屋にいらっしゃいます」
紅鈴は、すすっと受付のカウンターの中に入って行き、監視カメラの陰になるように体を入れると、姫乃に注意が向いている受付嬢の耳にケーブルを差し込んだ。
姫乃は、紅鈴がケーブルを抜いて戻ってくるのを認めると、受付嬢との会話を切り上げた。
「そう。いらっしゃるかどうか知りたかったの。ありがとう」
3人のレディ・パープルは受付嬢に背を向けてパープルロイド本社を出た。
マスクを剥がした黄は、運転席で驚きの声を上げる。
「あれで終わり? たったあれだけ?」
姫乃は、そんな黄に口元を緩める。
「言ったでしょ。ちょっと受付に寄るだけだって」
「――姫様、気になる情報がありました」
「どうしたの?」
「パープルロイド工場で、臓器培養が行われています」
すかさず黄が食い付く。
「臓器培養って、研究室が解散したって噂があった筈だけど」
「ボディが人間のアンドロイドが作れるくらいだから、臓器培養もお手の物でしょうよ。それに、こうして人を集めているのは、DNA収集の目的もあるのよ」
黄は響くところがあったのか、繰り返し頷く。
「ここ数年、臓器ビジネスが伸びているって話があって、臓器の出所が不思議でしょうがなかったんだけど、なるほど、そういうことね」
姫乃は毒づく。
「DNAを集めると同時に本人はアンドロイド化してしまう。ほんと、おぞましいったらありゃしない」
3人は、そのまま車を返すと華南へ戻った。
* * *
黄指定のレストランの個室。紅鈴にモニター機器を繋ぎ、映像ファイルをダウンロードする姫乃。
「まさか、こんな技術が世の中にあるとは、本当に驚きだわ」
黄の声色は、感心を通り越して、呆けたようになっている。
「イエローパンサー。これ以上深入りしないことをお奨めするわ。相手は高性能のアンドロイド。人間だけじゃとても太刀打ち出来ないから。あたしは、たまたま縁あって紅鈴がいたから、ここまで出来たけどね」
「だけどさあ。こんな大変なことが起こっているのに、ここで手を引くのは、ジャーナリストとしての良心が痛むわ」
「――考え方次第かな。今、入れ替わっているのは共産党員と軍部、一般庶民の生活は変わらないわ。共産党内部の問題にしか過ぎないとも言える」
「たとえ共産党内部の問題でも、人道的な問題があるじゃない」
「だけど、これ以上調べるのは危険よ。これ以上調べて、何かがわかったとして、世界にそれを伝えたところで、この動きは変えられないと思う。ここまでわかったことでも充分でしょう? 工場の話、病院の話、監視カメラの街、臓器培養の話、事実を淡々と伝えればいいんじゃないの? これ以上踏み込めば、消されてしまうかもよ?」
「——いや、それは勘弁」
「そうよね。もし、あなたが、命を狙われたり脅迫されて、情報ソースを話さなければならなくなったら、安白姫の名を出すといいわ。あたしのこと売ってくれていいから」
「あんたが、あの安白姫だったの? 日本でハニーロイドカフェを仕掛けたと言う……」
「そう、白姫。名前通りホワイトプリンセスでしょ?」
※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。
また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術
は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは
ありません。
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