第28話 真夏の悪夢

―真夏の悪夢―


 南都でベースサーバーにあるウェットロイドの設計情報、医療用データセットの他、一般生活の教化プログラムなど、さらに2日掛けてたっぷりと研究した姫乃と紅鈴は、3日目の朝、華南に飛んだ。


 黄雪児との待ち合わせは、黄指定のレストラン。受付で予め黄から聞いていた偽名を告げると窓の無い個室に通された。


 姫乃と紅鈴が部屋に入ると、黄は既に部屋で待っていた。

 カーキ色の半袖のシャツにオレンジのキュロットスカートという軽装で、髪は後ろで軽く纏めている。黄は、姫乃よりも幾つか年上だった筈だ。


「遠路遥々ご苦労様。ホワイトプリンセス」

「こうして会うのは初めてよね。初めましてイエローパンサー」

「あら、そちらがもう1人のスタッフ?」

 黄は紅鈴を見て尋ねる。


「そう。日本で雇ったの。紅鈴よ」

「紅鈴です。よろしくお願いします」


 こちらこそよろしく、と言いながら席を促す黄。

「よくもまあ感じの似た人がいたものね。姉妹かと思ったわ」

「まあね。幸運かしら」

「それじゃ、予定の確認から」


 黄は、タイムチャートを書いた紙を2人に渡しながら説明を始める。

「お昼の便で虹港に飛んで、ホテルにチェックインした後、車を借りて、パープルロイド工場。夕方のバスが入るところが確認出来る筈よ。それから高級病院の1つに行く。翌朝、パープルロイド工場でバスが出るところを確認、場合によっては追跡。その後、監視カメラの削減された街を見に行く。もう一度工場に戻って昼のバスが出るところを確認。と、こんな感じね」

 行程を読み終える黄。


「最後に、パープルロイド本社も付け加えてもらえない?」

「行ってどうするの?」

「中に入ってみる」

「入れてもらえないんじゃ?」

「そうね。ちょっと受付に寄るだけよ」

「——まあ、いいけど」

 眉をしかめる黄に、姫乃は笑顔を返す。



   *   *   *   



 姫乃達がパープルロイド工場に着いたのは、午後5時過ぎだった。姫乃達は、工場の駐車場近くに車を止めて、双眼鏡で駐車場を眺めていた。

 工場の駐車場に、続々とバスが入ってくる。


 1台のバスには50人程ぎっしり人が乗っていて、いずれも普通の恰好をした男女だ。中には子供もいた。


「普通の恰好ね、家族連れも居るようだわ。何しに行くのかしら」

 姫乃に双眼鏡を渡しながら黄が呟く。

「工場で働くというわけでは無いと思うけど」

 姫乃は黄から受け取った双眼鏡を紅鈴に渡しながら答える。


「1回あたりバス10台で500人というところね。何処の工場も大体同じなの?」

 姫乃が黄に尋ねる。

「協力者の話だと、全国にパープルロイドの工場が1万箇所くらいあって、何処も同じように、毎月50人乗りのバスが10台、出たり入ったりしているそうなの。工場毎に毎月何日かというのは違うみたいだけど」

「明日が楽しみね。どういう恰好で出て来るのか。さて、病院に行きましょうか?」

「え、もういいの?」

「ええ」



 パープルロイド工場から車で15分程の所に、高級病院の1つがあった。

「ここよ。一般人は入れないってことだけど」

 病院の入口を見ながら呟く黄に、姫乃はマスクを渡した。

「これを被って」

「何これ?」

「顔認証をパスするためのマスクよ」

 と、自らもマスクを被って、ドアを開けて外に出る。マスクをした紅鈴もこれに続く。


「え、ちょっと待って」

 慌ててマスクを被り追い掛ける黄。


 病院の入口には警備が居たが、3人を見ても特に反応が無い。そのまま自動扉を通って中に入る3人。

 病院のロビーには人気が無かった。受付に女性が1人居るだけだ。普通の病院にあるような待合室や椅子も無かった。3人は受付をスルーして奥に入っていく。

 廊下の左右に扉が並んでいるだけの殺風景な建物。


「ここ、本当に病院なの?」

 黄があまりにも病院のイメージとかけ離れた空間に疑問の声を上げる。


 姫乃は扉の1つを開けて言った。

「病院よ。特別なね」


 そこには、人が1人入れるような細長いカプセルがずらりと並んでいた。中に誰かが入っているものもあれば、入っていないものもある。看護師らしき女性が1人、カプセルに向かって何か操作しては、次のカプセルに移ってまた何か操作するという行動を繰り返している。姫乃達にはひとつも関心を払っていない。


 姫乃達は、その部屋を出ると隣の部屋に入った。隣の部屋も同様だった。この部屋の看護師は、入口に立ったままじっとしている。


 紅鈴は看護師に近付くと、おもむろに取り出したケーブルを相手の耳に差し、自分の耳にも差し込んだ。

 10秒程して、紅鈴はケーブルを抜いて戻って来た。


「どうだった?」

 姫乃が尋ねる。

「はい。およそわかりました」

「そう」

「ちょっと、今、何したの?」

 目を丸くして紅鈴を見つめる黄に姫乃は短く言う。

「説明は後で、出ましょう」



 病院を出て、車に戻りながら、黄は首を捻る。

 受付の女性も、部屋にいた看護師達も、みな同じ顔のように見えた。


「何でみんな同じ顔なの?」

「あら、あたし達も同じ顔よ?」

 姫乃はマスクのまま黄を見る。

「言われてみれば」

 と、黄はマスクを剥がしてまじまじと見詰める。

「この人、誰?」

「張紫水。パープルロイドの社長よ」

 姫乃もマスクを剥がしながら答えた。


   *   *   *


 その日、ホテルに戻った3人は、盗聴や監視カメラが無いか、部屋の安全を確認して、ソファで向き合った。


「ホワイトプリンセス。さっきのあれは何なの?」

「あの病院の警備も看護師もみなアンドロイドよ。看護師や受付の女性は張紫水の顔を持つアンドロイドね。だから、あのマスクで私達も顔認証をパス出来たのよ」


 姫乃はそう言って、紅鈴の肩に手を置く。

「そして、紅鈴もアンドロイド。――特別な、ね」

「まさか、そんな」

「パープルロイドは、工場で大量にアンドロイドを作っているのよ。普通のアンドロイドだけじゃなく、この子のような特別なアンドロイドをね。そのアンドロイド向けの病院が、あの高級病院ってわけ」


「何でアンドロイドに病院が必要なの?」

「頭はAIなんだけど、ボディが人間と同じだから、いろいろとケアが必要なの」

「そんなの聞いたことないわ」

「それは秘密だもの」

「じゃ、なんであんたが知っているのよ!」

「ちょっとした縁があってね」



 姫乃はひと息深く息を吸うと、話し始めた。

「周政権は、とんでもないことをしている。――人間とアンドロイドを入れ替える計画。工場に人が入るけど、出て来るのはアンドロイド。どういう意味かわかるわよね?」


 黄は、開いた口が塞がらないのか、言いたいことも聞きたいことも口に出来ないでいる。

「わからないのは、入れ替えられるのが共産党員と軍部だけなのかどうか、庶民は含まれないのかという点、それから、軍部の中でも、普通のアンドロイドと特別なアンドロイドをどう使い分けているのか、その辺りが良くわからないの」


 姫乃は青ざめた顔をしている黄の肩を抱くと、優しく言った。

「巻き込んでしまってごめんなさい。でもね、これは現実に存在する技術なの。あたし達はこれをウェットロイドと呼んでいるわ。この技術が生まれてしまった以上、あたし達は共存するか抗っていくかしかないのよ。――あたしは共存したいと思ってるけど、ね」

「――悪夢だわ」

 黄は両手で顔を覆って呟いた。





※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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