第27話 厨二病の夢
―厨二病の夢―
8月、姫乃と紅鈴は南都に渡った。須佐の下で、ウェットロイドの予備知識を得るためだ。ちなみに姫乃のパスポートは安白姫、紅鈴は白石姫乃のパスポートだが、指紋はどちらも同じである。
南都に着いた翌日の午前、ホテルの一室。
揃いのTシャツにジーンズ姿で、双子の姉妹のように窓際のソファに2人で座る姿は、何とも絵になる。
「姫様、楊達からの連絡です。――サポロイド社では、毎日のように迎えの車が来て、3人のスタッフが乗り込んで、都内と行き来しているようです。何度か追跡してみたらしいのですが、目的地は把握出来なかったとのこと。須佐も行先は知らないようです」
紅鈴は、レンタルwifiを手に、姫乃のスマホに楊達からの映像を送りながら続ける。
「それから、伊崎研究室ですが、『ふかみ丸』と言う船に資材を積んで出掛けたことが確認されました。1週間程で戻って来ているようなのですが、目的は不明です。昼食で外に出た研究室メンバーの会話を盗み聞きしたのですが、世間話ばかりで、今のところこれといった情報は拾えていません。個々人の情報も、互いに呼び合う名前程度はわかりましたが、仕事の内容は不明です」
「大したことが出来るわけじゃないからね。少しずつでも、拾っていくしかないわ。引き続きよろしく、とみんなに伝えて。ありがとう」
姫乃が知る父の仕事は、海洋資源の探査というぼやっとした輪郭だけだった。船が必要なのは当然だろう。さらなる情報を得るには、停泊中の船に忍び込んだりと、リスクの高い行動が必要になる。彼らの予定をある程度掴んでおかないと成功する確率が低い。あまり欲張らず少しずつ積み上げていくしかない。
「――それじゃ、須佐さんのところに行くとしますか」
* * *
サポロイド社の南都工場は4階建ての建物で、ハードロイド、ソフトロイドの工場と、ウェットロイドのラボ、スタッフの居住区が入っていた。
須佐は満面の笑みで姫乃達を迎えた。
「遠い所、わざわざお疲れ様。久し振りだね。ホワイトプリンセス、紅鈴ちゃん。さ、どうぞどうぞ」
4階のリビングに通されると、キッチンから、メイド服のソフトロイドが現れて、3人にお茶を出して戻っていく。
「大したもてなしも出来ないけど、ゆっくりしてってね」
「お願いしたことをやってもらえるだけで充分よ。それにしても、日本では見ない顔じゃない? 今の子」
「新作なんだよね。ちょっと華東のアイドルのテイストを加えてみたんだよ。全体的にシルエットが細身で、アニメのコスプレ向き。日本で受けないかな?」
「さあ、そこは好きにしていいわ。日本のあなたのコピーとよろしくやって」
「あそ、良かった。じゃさっそく今月末の便にでも盛り込んじゃお。ふふ」
「——それで、頼んでおいた件なんだけど」
「もちろん、ここの施設は全て君達に開放するよ。これ君達のゲストカード」
そう言うと、須佐は2枚のIDを2人に差し出す。
「全フロアに出入りが出来るゲストカードだよ」
「ありがとう。——そう言えば、太国さんは、こっちには全然戻ってないの?」
「うん。パープルロイドに行ったきりだよ」
「連絡は取れてるの?」
「一応、スマホは繋がっているけどね。ずっとショートメールばかりで、直接話すことも無いし、うちの会社のメールはここに放ったらかしで、IDとパスワードを置いて、任せるって言って行ったきり」
須佐は太国の部屋の辺りを指してぼやく。
「じゃあ、太国さんから、あっちで何してるって話とか、聞いてないの?」
「うん。向こうからはそういう話は無いかな。僕も聞かないし」
「そう」
「――しかし、意外だね。ホワイトプリンセスがウェットロイドに興味を示すとは」
「あたしがウェットロイドのことを知らないばっかりに、黄鉄を失っちゃったから、少しは勉強しとかなきゃってね」
それに、と姫乃は続ける。
「お姉様や宣伝部が何を考えているのか、何をしているのか。これまではあんまり気にしてなかったけど、失って初めて、それも知っておかないとマズいってことに気付いたの」
「なるほどね」
「――お姉様は何をしようとしているの?」
「ひと言で言えば、より偉い人に認めてもらいたいんじゃないかな? と思う。いつもいつも、私を見て、私だけを見てってオーラがあるじゃない。だから、もっとずっと偉い人にモーションを掛けている感じがする」
「そのもっとずっと偉い人は何をしようとしているの?」
「世界を全て自分の色にしたいと思っていると思う。それは、レディ・パープルも太国さんも似たり寄ったりだよ。――太国さんは、自分の作ったアンドロイドが世界に広がる様に魅入られている。レディ・パープルは自分のDNAが世界に広がる様に魅入られている。それはたぶん、ずっと偉い人、つまり周主席も一緒なんじゃないかな」
「周主席? DNAが世界に広がる? どういうこと?」
「あれ? 知らなかった? パープルロイドで作られる男性型ウェットロイドのDNAは、周主席のものだよ。一昨年の冬、太国さんとレディ・パープルから頼まれて、僕が周主席とレディ・パープルのウェットロイドを作ることになったんだ。それまでは伊勢山さんが作ってたんだけど、太国さんと喧嘩して降りちゃったからね」
「その人、誰?」
「伊勢山さんは、太国さんが片思いしていたうちのスタッフ。お医者さんでね。コクーンの設計とかやってもらってた。前はこのラボにも居たんだけど、太国さんが無理に関係を迫ったらしくて、怒って北都に帰っちゃたんだよね。それで代役が僕になったわけ。ある程度の作業はハードロイド達がやってくれたから、僕にも作れたんだけど、そうやって作られた周主席とレディ・パープルのウェットロイドは、レディ・パープル本人と一緒に周主席に会うことになって。――そこから、大きな物語が始まったんだ」
「大きな物語、って?」
「共産党員総ウェットロイド化計画――かな」
須佐は、他人事のように顎に指を当てて考えるように言った。
「ちょっとスケールが大き過ぎて理解に苦しむんだけど……」
「軍部を含めた共産党員を全て、男は周主席のDNA、女はレディ・パープルのDNAに塗り替えていく計画だよ。男性のDNAから女性のウェットロイドは作れないからね。少なくとも今の技術では」
「そ、そんな。どんだけ居ると思ってんの?」
「1億人以上は確実だね。だから、たくさん工場を作って、たくさんコクーンを作って、たくさんウェットロイドを作ってるんだと思う」
「須佐さんは、何かファクトを押さえているの?」
「僕は、詳しい事実は知らない。レディ・パープルがラボに来てた時に興奮して太国さんと夢を語るのを耳にしただけだから」
「その中に、一般庶民は入ってるの?」
「先々の計画にはあるのかもしれないけど、太国さんが言っていたのは共産党員とその家族の話だけだったと思うな」
暫く黙り込んだ姫乃は紅鈴を見る。
「――どう思う?」
紅鈴は、あり得ない話ではないですね、と言って解説を始めた。
「イエローパンサーが先日送ってきたレポートでは、パープルロイド工場は華連全土で1万箇所程作られているそうです。高級病院もほぼ同数だと言います。毎月月初に、5百人がバスで乗り付けて工場に消えていき、また5百人が工場から出て来る。これが1万箇所で行われるとすると――年間6千万人近い人々がウェット化していることになります」
「共産党員や家族を含めるとほぼ1億人だった筈だから、2年もあれば共産党員は入れ替わってしまうわね」
「はい。最初から1万箇所の工場がフル稼働していたわけではない筈なので、割り引いて考えたとしても、全ての共産党員やその家族がウェット化するのにあと1年掛かるかどうかじゃないでしょうか。約2年で国民の約1割がウェット化するとすると、その調子で進めば20年で全国民がウェット化する計算ですね」
「そんなの、もう国民とは呼べないわよ。今の政権は、DNAという個性すらも許さないと言うわけ? そこまで! ――軍に売り込んでるのは知ってたけど、まさかこんなことが起こっていたなんて」
肩を落として呻く姫乃。
「太国さんが何でそんなことに」
太国とは微かな面識しかないが、日本へのアンドロイド展開のプランを聞いて、すごいすごいと子供のように目を輝かせていた記憶が蘇る。
「僕も気持ちはわかるんだよね。太国さんみたいに厨二病っぽい人って世界征服の夢を追い掛けてしまうところがあると思う。自分が作ったアンドロイドが世界を制覇する様子が、数字になって見える。お金になって見える。ワクワクする気持ちはわかる。僕の場合は、ウェットロイドの世界制覇よりソフトロイドのような芸術作品を1体でも多く作っていきたいって思いが強かったから、太国さんには付いていかなかったんだけど……」
「それが本当だとすると、太国さんも、お姉様も、揃いも揃って病気だわ」
鳥肌を摩るように考え込んでいた姫乃だが、険しい表情で立ち上がると言った。
「須佐さん。とりあえず、ウェットロイドについて詳しく知りたいの。構造、作り方、ベースサーバ―の仕組み、コクーンの仕組み、等々ひと通りレクチャーしてくれない? それから、ちょくちょくここのコクーンを使わせてもらいたいの。いいかな?」
「別に構わないよ。――お手柔らかに」
姫乃の表情に気圧された須佐が、もじもじしながら了承する。
* * *
2日目の午後、須佐は姫乃達にウェットロイドの製造工程を教えていた。
「DNAを元に、背格好や顔立ちを決めるのが一般的なんだけど、イレギュラーなケースになると、骨格を変えたりするんだよ。僕はやったことはないけどね。筋力や代謝能力を強化するDNA改変は、サポロイドではやってないけどパープルロイドではやっているかも。その他、DNAとは違う顔形や体系にする場合は、3Dのイメージ情報とか指紋とかを収集して、骨格、顔の筋肉や脂肪を個々に作れるんだよね。軍の兵隊は画一的でいいかもしれないけど、共産党員は個性を維持しないとダメなんじゃないかな」
大層なことをヘラヘラと話す須佐の様子に、姫乃が難しい顔で詰め寄る。
「須佐さん。あなた、世の中がこんなことになってんのに、何とも思わないの? 世の中がどうなろうと、自分の世界だけを守って人生を過ごせればいいの? 太国さんやレディ・パープルの暴走を止めようとか思わないの? 例え自分で出来ないとしても、誰かに止めて欲しいとか思わないの? いつまで、そうやって引き籠ってる気なのよ!」
狼狽えた須佐は、しずしずと下がる。
「僕も、ずっとやばいって思ってたんだけど、どうしていいかわからなくて……。でも、君とこうして話していると、ちょっとだけ、自分にも出来ることがありそうな気がしてきたんだよね」
そう言って、須佐は、ラボの棚からマスクを数枚とケーブルを持ってきた。
「レディ・パープルのマスクだよ」
顔に?を浮かべる姫乃。
「ソフトロイドの樹脂外装技術は、お面を作るのも得意なんだよ。これを被れば、人間が見るとちょっと大きく膨らんで異様だけど、AIは相対的に認識するから、レディ・パープルと認識される。IDカードとか生体認証と複合したセキュリティには使えないけど、門番程度ならクリア出来ると思うよ。髪型も無関係だから、ほんとに貼り付けるだけ。それと、ハード・ソフト・ウェット全てに共通の接続ケーブル。耳奥のジャック同士を繋ぐと情報連携が可能になるんだ。ROMだけど」
ふぅ、全く、とマスクをひったくりながら、口元に笑みを浮かべて姫乃は言う。
「須佐さんって素直じゃないよね。でも、ありがと」
人形好きの変態の癖に、どことなく可愛げのある須佐を姫乃は憎めなく感じていた。
※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。
また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術
は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは
ありません。
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