第26話 覚醒
―覚醒―
陳橙紀は去っていった。これでパープルロイドの支援も宣伝部の後ろ盾も無くなった。残ったのは、ハニーロイドカフェ1号店という小さな城だけだ。
名古屋から紅鈴達が帰って来た日の翌日、姫乃は、久し振りにその小さな城に来ていた。
紅鈴、楊青鉄、楊赤鉄、2人の須佐型ウェットロイド。この5人のウェットロイドが今の姫乃が持てる戦力の全てだ。この場に須佐型は1人だが、もう1人はサポロイド社で、この場の様子をモニターしている。
「――みんな、今回の失態は全てあたしの責任よ。みんなには迷惑を掛けたわ。ごめんなさい」
姫乃は深く頭を下げた。ウェットロイド達は、誰ひとり感激するでもなく、恐縮するでもないが、軽く頷く態度に先を促される空気を感じて、姫乃は続ける。
「10年間、華連と言う国に住んで、あたしは2つの国があることを知ったわ。政権の国と庶民の国。5年前に政権は変わったけど庶民の国の貧しさは変わらない。何の後ろ盾も無くなってしまったけど、そんな庶民の国を変えていきたいと思ってる。あなた達のようなウェットロイドの力で、人々を支えて、貧しさから解き放ちたい、そう思う」
ウェットロイド達は、相も変わらず反応が薄い。
「そのために、まずは華連国内のパープルロイド社の動きを確認したいの。そして、新型ウェットロイド襲撃の時の邪魔者達の情報も押さえたい」
そう言うと、4人の中から紅鈴を引っ張り、自分の隣に立たせる。
「そこで、みんなの役割分担。――あたしと紅鈴は華連調査組。青鉄と赤鉄はこの店の運営に加えて、サポロイド日本支社と伊崎研究室を監視。須佐さん達は2人のフォローをお願い」
4人が頷く。
「——それとね。大事なお願いが1つあるの。みんな自分達の身を守ること。尾行にも気を付けて。そして他のメンバーも大事にして欲しい。黄鉄のようなことは、二度と繰り返したくないの。みんなそれぞれ考えて動いてくれていいから。どうか、お願いします」
再び姫乃は深く頭を下げた。
「――姫様、そろそろ戻りましょうか、いろいろ準備が必要ですし」
紅鈴が、優しく姫乃の背中を摩って促す。
「ありがとう、紅鈴」
送りはいらないから、と言って姫乃は紅鈴と共にハニーロイドカフェを後にした。その足で、区役所に行き住民票と戸籍を取ると、パスポートセンターへ向かう。
今度は、紅鈴を荷物として送るわけにはいかない。
幸い、白石姫乃のパスポートは、未だ作られていなかった。
* * *
その夜、姫乃は反政府運動時代の盟友だった黄雪児にコンタクトをとった。黄は華南に拠点を置く真信網と言うネット新聞の記者だ。
パソコンから、一般のタレコミ用のアカウントに、メアドを添えて伝言を投げ込む。
――イエローパンサーに
ホワイトプリンセスから伝言。
アップルパイが焼けた。
アップルパイが焼けたというのは2人だけが知る符丁。タレコミのネタがあることを意味していた。ホワイトプリンセスは、当時の名前、白石姫乃から付けたものだ。
数時間後、姫乃に貼付メールが届いた。
解凍されたファイルには、真のタレコミ用サイトのアドレスとユーザーID、初期パスワードが記されており、専用のアプリと暗号化ソフトが付いていた。
どうやら、昔の符丁はまだ生きていたようだ。姫乃がログインすると、SNSのようなダイアログ画面に遷移する。
「5年くらい振りかな、久し振り」
と打ち込んで、顔写真を添付した。
5分程でピロロンっと反応があった。
『あんた、髪切った? まあ似合ってるけど。しかしよく元気だったものね』
『いろいろあってね。合言葉覚えててくれて助かったわ』
『そりゃ、忘れられないでしょう。あんたのネタ、抜群に面白かったもの』
『ま、やりすぎたから捕まってしまったわけだけど』
『あいつ、酷い男だったね。あんたを売った男。今は宣伝部じゃないかな』
『王黒石。酷いのはこっちだったかも。いい彼女じゃ無かったからね』
『それにしても、再教育施設に行くって、どういうことか知ってた筈だよ』
『ま、それなりに酷い目にはあったけど、今はこうしてる』
『釈放された話は噂で聞いたけど、これまで何してたの?』
『暫く宣伝部にいたんだけど、最近ヘマをやって干されちゃった』
『それで意趣返しでネタの提供?』
『そういうんじゃないんだけど、パープルロイド社を調べたいの』
『レディ・パープルを?!』
『華東にサポロイドってアンドロイド会社があってね。そこの技術を使って、虹港で大量にアンドロイドが作られている。それが軍に流れているという話は知ってる?』
『パープルロイドの工場は虹港だけじゃなくて、あちこちに建っているけど、何が作られているのか、全くわかっていないのよ。毎月初、5百人近くの人間が送り込まれて、毎月5百人近くの人間がどっかに運ばれていくって話は聞いているけど、それが軍用のアンドロイドなの?』
『そうよ。何か他に気になる話ある?』
『共産党幹部向けと言われる高級病院が、わんさか建てられてるんだけど、誰が通っているのか良くわからなかったり。普通の人が入れない病院なのよ。共産党幹部の反体制派が大人しくなってしまって、リークネタが減ったとか、景気がいいのに高級レストランの閉店が相次ぐとか、監視カメラが削減された街が増えたとか、最近不思議な話が多いわね』
『そう。8月初には虹港に行って裏を取ろうと思ってるの。手伝ってもらえると嬉しい。それまでに、下調べが幾らか出来るといいのだけど』
『工場の数、出入りの日程と人数、病院の数とか、各地の仲間に声を掛けて、情報を集めておくことは出来そうね』
『監視カメラが削減された街にも行ってみたいのだけど』
『政府発表のリストがあるわ。未だ数はそう多くは無いけど』
『じゃ、そのリストもお願いね』
スタンプを付けて会話を終了する。
姫乃は対話ログをダウンロードするとログアウトした。サーバーの通信記録は削除される仕組みだ。
――イエローパンサー。
繋がってて良かった。
あたし、まだ動ける。
※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。
また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術
は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは
ありません。
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