第3章 抗いと探り合い
第24話 それぞれの抗い
―それぞれの抗いー
英彦達が名古屋への強行軍から帰って来た日の翌日の夜。サポロイド日本支社のリビングには、再び伊崎、NSA鷹羽、橿原が来ていた。奈美、ヒメノ、英彦の他、イザナミとキヌヨも同席している。
「まずは、和華人のアジトと思われる場所を特定出来たので、その話から……」
一同を見回して鷹羽が切り出す。
「今日、香春君、ヒメノちゃん、イザナミさん、キヌヨさんの協力で、ハニーロイドカフェを出た紅鈴や楊達がアジトに入るところを確認出来ました」
ディスプレイに地図が映し出される。
「ウェットロイドの記憶にあったGPSデータをもとに現地確認したのが、蒔田公園脇の10階建てのこのマンション。どの部屋かまでは特定出来ていません。管理会社に照会して所有者の登録を見てみたんですが、華連人らしい所有者が5人程いたものの、特定するには至りませんでした」
それから、と鷹羽は手元のメモを捲って補足情報を付け加えていく。
「和華人は、2年程前にSRシステムサービス内にサイトを立ち上げていて、その登録情報にある住所は、ハニーロイドカフェ1号店になっていました。ハニーロイドカフェ1号店のオーナーは月熊肇と言う日本人ですが、本人は華南在住で、ただの名義貸しのようです。実質は、安白姫が運営しているものと考えられます」
顔を上げて一同を見回すと、鷹羽はいったん話を纏める。
「ウェットロイドの記録から、他にアジトらしい所に出入りした形跡が無いので、ここがアジトと思って間違い無いと考えています。付近のコンビニ等の防犯カメラも調べたのですが、紅鈴や楊などのウェットロイドしか映っていなかったことから、安白姫自身は殆ど外出していないと思われます」
伊崎が報告に頷きながら、鷹羽に意見を求める。
「NSAは、彼らをどう見ているのですか? バックがあるのでしょうか?」
鷹羽は頭を掻きながら、大した情報がないという顔をする。
「SRシステムサービスは、もともとコーヒーチェーンを展開していたSKYROAD社の業務用WEBシステムを担当する会社ですが、3年程前にパープルロイドの子会社が資本参加していることがわかっています。が、共産党の息が掛かっていると思われる企業は、それ以外には見当たりません」
「ということは、小ぢんまりした末端組織みたいなものだと?」
「そうですね。華連の工作員は組織立って動かないものと理解しています。横の連携が無くて、小さな組織がそれぞれの思惑で動くのです。組織立っていたら、芋蔓式に実態が暴かれるリスクがありますからね。ただ、連絡員的な存在はあります」
「連絡員?」
「スパイのための内部スパイみたいな位置付けでしょうか……。和華人の場合は、陳橙紀と言う人物がそれではないかと睨んでいます。名古屋の事件の後、直ぐに虹港に飛んだことがわかっています」
「それって、見限られたようなものではないのですか?」
「おそらく、共産党と関係のあるパープルロイド社が後ろ盾となって活動していたが、今回の失態により後ろ盾を失ったという見方が出来るでしょう」
英彦からも質問が飛ぶ。
「パープルロイド社は、和華人以外に日本に活動メンバーを抱えていると思いますか?」
「パープルロイドおよびその子会社が日本に出資しているケースはSRシステムサービス以外には今のところ確認出来ていません。だからといって、これまでウェットロイドが他に全く流入していないとも言えません。通常の入国審査では引っ掛かりませんし。事実、黒ずくめ達も華連人として普通に入国していたわけで」
鷹羽は、軽く肩を竦める。
「全てを確認することは困難だとしても、重要な地位にある人物だけでも確認出来るといいのですが。受付嬢のような形とか」
英彦は、イザナミを見て思い付いたままを述べる。
「――ああ、なるほど。香春君の言うことはもっともですね。国政に関わる重要人物や自衛隊の大物がすり替えられていたなんて、シャレにならないですから。建前はNSAで揃えるので、しばらくの間、ウェットロイドのみなさんをお借りすることは出来ませんか? ざっとスクリーニングしておきましょう」
鷹羽は奈美に目を向ける。
「それは問題ありません」
奈美は頷いた。
伊崎が腕を組んで宙を睨む。
「和華人がウェットロイド技術を諦めてはいないとしても、アジトを押さえ、活動拠点を押さえているので、今後は充分に警戒可能。それ以外の勢力がウェットロイド技術に関心を持っている可能性はあるが、現状では兆候が見当たらない。和華人以外のウェットロイドが流入している可能性もあるが、最低限国政に関わる人物、ならびに自衛隊関係者をスクリーニングしておく。――つまるところ、現状の脅威は確認出来そうだが、今後の脅威を検知するには定常的に監視する仕組みが必要になりそうですねえ」
英彦がわざとらしい伊崎の呟きに反応する。
「教授、ヒコボシを使えませんか?」
伊崎が、宙に向けていた目を英彦に向ける。
「君もそう思うか」
英彦は伊崎に頷くと、鷹羽に向き直った。
「国会など重要なセクションの受付嬢にウェットロイドを送り込んだり、空港に赤外線スキャンを置いて、その赤外線映像をAIに流し込んで定常的に監視するんです。その他にもNSAが網を張りたい所にウェットロイドを送り込んで、スポットで監視することも出来ます」
鷹羽は奈美を見て言った。
「赤外線スキャンの配備を含め、具体的にシステム構築を考えるには、赤村さんを説得する必要があります。――今一度会って頂く必要がありますね」
サポロイド日本支社設立時に、奈美とイザナミは赤村官房長官と面談したことがある。
奈美は鷹羽に頷きを返した。
「あの、南都とパープルロイドの問題についても話した方が良いと思うのですが」
これまで静かだったヒメノが口を開く。
「おそらく、華東も同じ脅威に晒されているのですよね。だとしたら、華東も同じように警戒する必要があるのではないでしょうか」
奈美が頷く。
「日本の須佐はふたりともウェットロイドということが確認出来ています。また、亡くなったウェットロイドの記録からは、太国が虹港のパープルロイドに居る可能性も伺えます。――ということは、南都には須佐本人が、虹港には太国が居て、現状ではふたりとも好き放題動いている状況です。南都と虹港で製造されたウェットロイドが、何処にどのように出回るかわかりません。華東NSAとの連携は必要不可欠です」
鷹羽は奈美に頷きながら、ヒメノに目を向けた。
「先程の赤村官房長官との面談の件ですが、もうちょっとメンバーを増やした方が良さそうですね。近々、華東からお客様が見えるようですし。そこは赤村さんと調整して連絡します」
「ウェットロイドに関してはこんなところかな?」
伊崎が自分のターンになったような顔で身を乗り出して周りを見回す。
奈美は、どうぞのジェスチャーでこれに応える。
伊崎は芝居じみた調子で切り出した。
「我々が直面しているのは、決して諜報戦だけでは無い。我が国の国土を脅かす実効支配の脅威にも、我々は目を剥ける必要がある」
そして、キヌヨに画面の切り替えを指示する。
「これは、タナバタが捉えたここ半年間の我が国のEEZ排他的経済水域への潜水艦侵入のデータだ」
画面に右肩上がりのグラフが表示される。
「ここ最近、明らかに侵入頻度が上がっている。強気になっている背景は不明だが、来るべき時に備えた軍事訓練的な意味合いが高いのではと考えられる。このままでは、好き勝手にされてしまう恐れがあるので、対抗手段を考えた」
それがこれだ、と出てきた画面は、潜水艦を取り巻くタナバタの概念図だった。
「潜水艦というのは隠密性が肝で、隠密性を無効化されると存在意義を失うものだ。そこで、水中ドローン、タナバタに水中スピーカーを付けて音で攪乱するわけだ。侵入して来た潜水艦をタナバタで囲い込み、四方からその潜水艦のスクリュー音を水中スピーカーで流すというシンプルな構造だ」
ちょっと?な顔の奈美とヒメノ。
「うまくタナバタで囲い込めるでしょうか?」
伊崎はニヤリとしながら、ヒメノを指差した。
「そこで重要となるのが、ウェットロイドVer3.0の持つシミュレーション力だ」
私? と顎に人差し指を当てるヒメノ。
「将来的にはサキモリに移植していきたいのだけどね。とりあえずはデータを取るのに協力してもらいたいと思っている」
「威嚇してもダメな時はどうします?」
今度は英彦が突っ込む。
そうだよな、と言いながら伊崎は説明を続ける。
「うちの探査船や探査装置は攻撃することは出来んからな。それでも侵入してくる時には、海自に通報することになる。海中からソノブイを打ち上げてな」
「ソノブイって何ですか?」
英彦は質問を重ねる。
画面がソノブイの説明画面に切り替わる。
「ソノブイは海上にぷかぷか浮きながら海中の音を拾って対潜哨戒機に送信する装置だ。現在、多くは対潜哨戒機が怪しいと思われる所にソノブイを落とし、潜水艦の位置を探る、という使い方だが、このソノブイを海中から打ち上げ、対潜哨戒機に連携するというやり方だ」
「しかし、教授、打ち上げるとしたらサキモリからですか? サキモリはタナバタから最大5キロも遠くに居るわけですよね。5キロも離れた所から打ち上げて意味があるのですか?」
「――いい質問だ」
伊崎は、英彦を指差して続ける。
「それに向けては、深海探査艇フカミンを自律型AI搭載の無人機に改造して使うことを考えている。人間が乗るスペースがソノブイの打ち上げポッドに置き換わる」
「それって、いつ頃出来るんですか?」
「フカミンは人間の入るスペースの部分だけ取り換えるイメージで、製造やテストを軽く済ませられるように設計しているんだが、予算が下りないと着手出来ない。承認されれば4か月くらいで何とかなると踏んでいる」
「これだけのプレゼンやっといて、予算が未だってオチですか……」
かくっと肩を落とす英彦に、鷹羽がフォローする。
「――これも赤村さん次第ということなんですよ」
「最短で、年末の与那国島ツアーという計画だ」
最後に伊崎が締め括った。
※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。
また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術
は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは
ありません。
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