第22話 小細工

―小細工—


 高速に乗って2時間半程経った頃、山田・高橋組から鷹羽に連絡が来た。追っていた車が足柄サービスエリアに入ったので、続いて入ったところ、停めてある車には誰も居ない。

 サービスエリア中を見て回ったが、紅鈴らしき女性や黒ずくめらしき男は居なくなっていたらしい。


「山田・高橋組には、そのまま、横浜に戻って須佐宅に行ってもらうことにしました」

 鷹羽の説明に、英彦は眠そうな目を擦りながら反応する。


「尾行がバレたか、バレてなくてもそうするつもりだったかはわかりませんが、誰かが拾っていったのだとすると陳橙紀でしょう。段取りがいいですね」

「須佐さんはどうするのでしょうか? このままハニーロイドカフェにコクーンを戻しに行くのでしょうか? それにサポロイド社を出た須佐さんの動きも掴めていません」

 ヒメノの疑問ももっともだ。


 英彦はヒメノの意見を検証する。

「ハニーロイドカフェに予備のコクーンがあれば、目の前の須佐さんは必ずしもハニーロイドカフェに戻る必要は無いけど、黒ずくめの映像では1台しか確認出来なかったよね。だとすると、素直に考えればこのまま戻しに行く筈だけど……」


「足柄サービスエリアでは小細工してましたよね。また何か小細工を仕掛けて来る可能性があるのではないでしょうか?」

 ヒメノの意見に英彦も頷く。

「とすると、須佐さんは、ハニーロイドカフェか、マンションか、あるいはそれ以外の場所に向かう可能性がある。マンションは山田さん達が張っているけど、ハニーロイドカフェには見張りが付いていない。もし、ハニーロイドカフェ以外に向かわれると――」


 そう言って間を取る英彦に鷹羽は渋い顔を向けた。

「そうなれば、今のところお手上げですね」

 あらそんなことないですよ、とヒメノが前のめりで鷹羽に笑顔を向ける。

「ハニーロイドカフェはイザナミさんに見張ってもらいましょう。サポロイド社からも近いですし。私、頼んでみます」


 ヒメノは言い終わったかと思うと、ふふっと笑った。

「イザナミさんがハニーロイドカフェに向かいました。博士もまだ起きてらっしゃって、直ぐオーケーが出たみたいです」

 鷹羽が呆れた顔で言う。

「ウェットロイドの連携って凄いですね。人間だと要件話すだけで1分掛かりますよ」


「鷹羽さん!」

 橿原が緊張した声で車線を変更する。

「須佐がスピードを上げました」



 それから暫く走った後、須佐がサービスエリアに入っていく。

「須佐が海老名に入りました。こっちも入ります」

 橿原がちらりと後ろを見やりながら、硬い声で伝える。


 パーキングスペースに入り、ぐるぐる回りながら、須佐の白いワゴンを探す鷹羽達。

「居ました!」

 橿原が声を上げた方向に、車に乗り込む須佐が見えた。

 須佐がパーキングスペースから出て行く。鷹羽達もこれを追った。


   *   *   *


 その後、スムーズに高速を降りた須佐は自宅マンションへ向かっていた。うとうとしていた英彦は、ヒメノに起こされる。

「ヒコくん。起きて下さい。イザナミさんから連絡が入りました。鷹羽さん、カーナビ借りますね」


 カーナビのモニターに、イザナミが見ているライブ映像が映る。ハニーロイドカフェの横に、黒いワゴンが停まっていた。紅鈴、陳橙紀、黒ずくめ、須佐が降りて、後ろのドアからコクーンを運び出し、ハニーロイドカフェに運び込んでいる。


 英彦が驚きの声を上げる。

「紅鈴、陳橙紀、黒ずくめ、須佐さん。しかもコクーンが!」

 鷹羽が、苦々しそうに舌打ちした。

「ちっ、海老名でコクーンが移されていたってことか。してやられたもんだ。まさかこんな小細工をしてくるとは」

「じゃあ、前の白ワゴンの須佐さんは?」

 英彦の?顔にヒメノが答える。

「サポロイドを出た須佐さんですね」

「3人目の須佐さんという可能性は?」

「無くは無いですけど、タイミング的には、サポロイドの須佐さんじゃないでしょうか」


 カーナビの画面に、須佐が車を出す瞬間の海老名のパーキングの映像が映される。ヒメノ視線の映像だ。横には、黒いワゴンが停まっていた。


「イザナミさんには戻ってもらいますね。 ――イザナミさん、ありがとうございました」


 前の白ワゴンが須佐宅マンションの駐車場に入った。何事も無かったかのように須佐が車を降りて、マンションに消えていく。


「一応見てきますか?」

 橿原の問いに頷く鷹羽。

 暫くして、戻って来た橿原は、

「案の定、車の中はもぬけの殻でした」

 と言って肩を竦める。

 鷹羽は、山田・高橋組に状況を伝えた後、後ろを振り返って言った。

「サポロイドに戻りましょう」


   *   *   *


 サポロイド日本支社のリビングでは、奈美達が寝ずに待っていた。

「お疲れ様、ふたりとも」

「奈美さんこそ、遅くまでお疲れ様です。殆ど徹夜になってしまいましたね。イザナミさんもありがとうございます」

「どういたしまして。ただ、あんな所に立っていると声を掛けてくる男の方が何人もいらっしゃって。――いい経験になりましたわ」

 ふふっと口元に手をやりながらイザナミが笑う。


「鷹羽さん達もお疲れ様でした」

 奈美が労いを込めて鷹羽達に頭を下げる。

「いやぁ、まんまとしてやられてしまって面目ないところです。――先程、本部に照会していた黒ずくめのパスポートについて連絡が来ていたので、お知らせしておきます。同じ指紋で3通のパスポートが引っ掛かりました。楊赤鉄、楊青鉄、楊黄鉄の3人です。いずれも華連の虹港からの入国でした。観光ビザなので、とうに期限切れですが。これで裏が取れました」


 鷹羽は悔しい顔をしながらも満足げに笑みを浮かべる。

「確かに、してやられたかもしれませんけど、ハニーロイドカフェが拠点になっていることは裏付けが取れましたね。ありがとうございます、鷹羽さん、橿原さん」

 頭を下げる奈美に、恐縮する鷹羽と橿原。


 それに、と言ってヒメノが指を立てる。

「日本に居る須佐さんは、おそらく2人ということもわかりました。その2人がふたりともウェットロイドということは、本人は南都に居る可能性が高くなりましたね」

「その須佐についてですが……念のため、パスポートの出入国記録を調べたところ、一昨年の3月に帰国した記録があったんですよ。だとすると、その時に帰国したのは ウェットロイドだったんでしょうか?」


 そう言って周りを窺う橿原に奈美が頷く。

「須佐本人は、その頃からずっと南都に籠って太国を演じていたんでしょうね。――全く」

 それにしても、と英彦が手を挙げる。

「今回、どうにも手際が良すぎる気がして、色々考えていたんですが、彼らは我々が既に黒ずくめのAIを手に入れたという前提で行動していたんではないでしょうか?」

「確かに。とすると、アジトの特定を急ぐ必要がありますね」

 そう言って自分を見る鷹羽の視線に橿原は頷いた。


「はーい、今日はここまでにしませんか?」

 パンパンと手を叩いて奈美が笑顔で見回す。

「みなさん本当にお疲れ様です。まだやるべきことはあるけれど、今日のところは少し休んで下さい。8時間後にまた集まるというのでどうですか?」

 鷹羽は橿原と共に力強く頷く。

 英彦やヒメノ達も顔を見合わせて頷きを返した。


 外は既に白み始めていた。





※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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