第21話 追跡

―追跡―


 鷹羽から英彦のスマホに連絡があったのは15時を回った頃である。


『須佐が動きました。別班が追跡中ですが、東名高速を西に向かっています』

「行き先は、名古屋かもしれないですね」

『ええ、――これから拾いに行きますから、ヒメノちゃんを連れて一緒に来てくれませんか? 白石さんには私からも言っておきます』

「了解しました」


 リュックにノートパソコンを詰め込んで、3階のリビングに行くと、支度をしたヒメノと奈美、イザナミが待っていた。


「1階の須佐に今のところ動きは無いわ。動いたのは影武者の方みたいね。こっちに動きがあったら知らせるわ。無茶はしないで。ヒメノもね」

「はい」

「途中、召し上がって下さい」


 イザナミが炊込物語の包みとペットのお茶を英彦に渡す。イザナミが時折り買い物ついでに買って来て冷凍庫にストックしてくれていたものだ。

「ありがとう、イザナミさん」



 ヒメノと2人で社を出ると、1台のセダンが寄せてきた。運転しているのは橿原で、助手席の鷹羽が親指で後部座席を指差す。


 ヒメノに続き英彦が乗り込むと、車は走り出した。


 鷹羽はおもむろに話し始める。

「資料ありがとうございました。結構なボリュームなのに、昨日今日でよく纏まりましたね」

「はい。僕は殆ど何もやってなくて。サポロイドの優秀なスタッフ達が纏めてくれました」

 英彦がヒメノを見て言うと、ヒメノも微笑んでいる。


「須佐のマンションに張り込んでおいて正解でした。2人目を確認出来ました。サポロイドの須佐を須佐A、2人目を須佐Bとすると、須佐Bは自宅マンションからワゴン車で出て、伊勢佐木町のハニーロイドカフェに立ち寄った後、そのまま高速に乗ったみたいです」


 鷹羽の話に英彦がキヌヨの受け売りで応える。

「おそらく、コクーンを乗せたんでしょう。前回の襲撃で、黒ずくめ2人のうちどちらか、あるいは両方が、それなりに大きな怪我を負ったということでしょう」

「それなりに大きな怪我とは?」

「刃物による深い切傷などが考えられます」


「――なるほど。黒ずくめのGPS情報にあったマンションですが、淀川組のフロント企業のYKグロウスと言う会社が所有していることがわかりました。おそらく、そこで救急手当をして様子を見たが、傷が深過ぎたということでしょう。車で帰ってくるくらいの時間はあった筈ですが。無理に動かせないと判断したんでしょうね」

「大掛かりな時は、コクーンに特殊な溶液を満たして全身を浸すのですけど、部分的に浸すことも出来ます。その場合もただ浸すだけじゃなくて、コクーンの機能を使って常に溶液を循環させないといけないのです」

 ヒメノのレクチャーに橿原が頷くのを横目に見ながら、鷹羽は続ける。


「――そう言えば、SRシステムサービスについてですけど、この会社、華連資本があれこれ入っていて、その中にパープルロイドの子会社や和華人が含まれていました」

 英彦がこれに食いつく。

「ここにもパープルロイドが出てくるんですか。繋がってきた感じしますね。――ちなみにそのサイトを遮断しようとしたら、どういうやり方があるんですか?」


 鷹羽はちらりと後ろを見ながら答える。

「NSAからSRシステムサービスに停止命令を出すとか、NSAが認証業者に命令して認証を止めるとか、そういうところでしょう」

「それって大変ですか?」

「SRシステムサービスがグルだったら嫌がるでしょうから、確実なのは認証業者に命令する方でしょうね。うちの局長がYESと言えば、直ぐ出来る。と言っても早くて15分、遅ければ30分くらいはかかるかもしれませんが……」


 ヒメノが英彦の質問の意図をフォローする。

「サポロイド社製のVer1.0の場合は、ベースサーバ―との接続が切れると停止するのですが、パープルロイド社製の場合は停止せずに動き続けるみたいなのです。最後の命令を引きずって。――もっとも命令が完了していれば、大人しくしていると思われるのですけど」

 英彦がさらに補足する。

「黒ずくめの通信ドライバープログラムを解析したんです。ベースサーバ―と接続が切れた時に、命令が未完了であれば、命令完了を優先。完了していれば、自己の存続を優先する命令を疑似的に出す仕様でした。危害を加えなければ大人しい筈なんですけどね」


 なるほど、と前を向いた鷹羽はやや明るい声で言った。

「ま、今回は動きを追い掛けるのがミッションですから。黒ずくめとやり合うことはないでしょう。そこのところは心配しなくていいと思いますよ」


   *   *   *


 鷹羽達が名古屋市栄区のマンションに辿り着いた頃には、夜も遅くなっていた。

 別班の山田・高橋組は、1時間程前からマンションを遠めに見るポイントに車を停めて動きを見ていた。マンションの前には、赤いクーペと須佐のものらしい白いワゴンが並んで停まっている。鷹羽達も、別の方向から様子を窺っていた。


 山田・高橋組に状況を確認していた鷹羽がスマホを切って後ろを向いた。

「須佐は、1時間程前、風呂桶のようなものを台車に乗せてマンションに入ったそうです」

「それきっとコクーンですね」

「出て来る時に、ヒメノちゃんに赤外線で見てもらいたいところですが、遠いと難しいですか」

「そうですね。5メートルくらいに近付ければいいのですけど……」


 鷹羽のスマホが鳴り、短く了解、と答えた鷹羽は後ろに声を掛ける。

「動きそうですよ」


 マンションから、紅鈴と思われる女性と黒ずくめが1人現れて赤いクーペに乗った。

 山田・高橋組がこれを追う。

 そして、風呂桶を乗せた台車を転がした須佐が現れた。ワゴンに風呂桶をエイヤと押し込んでいる。暫く中で何やらしていたようだが、それが終わると運転席に回り込んだ。


「――さて、行きますよ」

 白いワゴンを左手に見ながら、後方からゆっくり白いワゴンを通り過ぎる。


 英彦に覆い被さるような体制で、ワゴンの運転席を見るヒメノ。英彦は顔を赤くして固まっている。

 正面から見れないので目の判断は難しかったが、耳の穴は確認出来た。


「どうですか?」

「ウェットロイドですね。耳の穴が黒かったです」


 鷹羽達は、いったんマンション脇の駐車場で須佐をやり過ごした後、追い掛ける。そのまま暫く追って、高速の入口に差し掛かった時には、須佐のワゴンを数台先に捉えていた。


 その時、イザナミからの通信が入る。

「イザナミさんからです。サポロイドから須佐さんが出ました。ウェットロイドでした」

「とするとふたりともってことか。サポロイドの須佐さんには誰か付いてるんですか?」

 英彦が鷹羽に確認するが返事はNOだった。


「うちも人手不足でしてね。ウェットロイドを借りたいくらいですよ」

「あ、それ官房長官に直訴したら行けるかも」

 止めて下さいよ、と言いながらも、思案顔の鷹羽。

「こっちにも予算てモンがありまして」

 鷹羽は一応辞退するふりをする。

「博士はタダで請け負ってもいいと言ってますよ」

 ヒメノが押し込む。

「絶対、役に立ちます。後悔させません」

 英彦もさらに押す。

「イザナミさん、おススメです。お料理得意ですし」

 ヒメノが意地悪く微笑む。

「鷹羽さんひとり身なんで、あんま虐めないで下さい」

 橿原がニヤついた目線を後ろに送りながら詰める。

「お前が言うな!」

 鷹羽が手の甲で運転席の橿原を叩いてオチが着いた。







※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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