第20話 黒ずくめのAI

―黒ずくめのAI—


 英彦がリビングに戻ろうと、AIを戻してコントロールルームを出ると、奈美達が降りて来たところだった。


「慌てて出て行くもんだから、気になって降りてきちゃったわよ」

 奈美が出て行った理由を催促するような口ぶりで言う。

「ま、みなさんとりあえず、こっちじゃ狭いんで、隣に行きましょう」

 英彦は、4人をラボ横の研究室に戻らせる。


「えっと、黒ずくめの出所は今のところ謎ですが、少なくとも、華東以外の場所で作られたことがわかりました。メモリーチップのメーカーがサポロイド社製ウェットロイドと異なるんです。北都も南都も、LSIとメモリーチップは共に極東LSI製なのですが、黒ずくめはメモリーチップが南朝民国製でした」

「じゃあ、虹港のパープルロイド社製の可能性が高いと?」

「はい。黒ずくめの初期の記憶映像にもヒントがあるかもしれません」


「キヌヨ、映像出せる?」

 研究室とラボの仕切り窓がディスプレイに切り替わった。


「2年前の4月。これが一番最初の映像です」


 メタ化した映像データのため見辛いが、病院の天井のようなものが見える。

 何やら話しているが、華連語のようで、英彦には理解出来ない。そこに、1人の女性が覗き込んできた。30代くらいの女性だ。続いて、男の顔が覗き込む。50代くらいだろうか。


「あ、太国さん!」

 奈美が声を上げる。

「太国さんは、パープルロイドに居るってこと? 一昨年の4月ということは、絹代が南都を離れて4か月後。あり得なくはないわね」


 英彦は、オリエンテーションで奈美に見せられた太国の写真を思い出した。


 続けます、とキヌヨが早回しで映していく。黒ずくめは椅子に座らされ、先程の女性が横に座り、黒ずくめに何か話している。黒ずくめの前のモニターに人の顔が出る。70代くらいの男性である。英彦もニュースで何度か見たことがある有名人だ。


「この人は、周国家主席! ――おそらく初期設定を行ってるんだと思いますが、どうして、華連の国家主席が出てくるんでしょう? いくら華連で作ったからと言って、最初に国家主席の顔を覚えさせるもんでしょうか?」

 英彦が首を捻る。


「――これは、DNAの親を認識させているのよ」

 奈美が厳しい顔で答えた。

「ウェットロイドには、DNAの親を殺さない。殺させない。死なせない。という3原則が埋め込まれているのです。もしパープルロイド製にも継承されているのなら、彼らのDNAは周主席のものということになりますね」

 すかさずヒメノがフォローする。


 英彦は奈美を振り返って尋ねた。

「映像の周主席と黒ずくめは顔も体型も随分違いますけど。遺伝子操作ですか?」

「顔と体型は、遺伝子をいじらなくても好きにデザイン出来るわ。けど、遺伝子操作が全く無いとも言い切れない。たとえば筋肉の質を変えるとか、特定の病気にかかりにくくするとか、身体能力を高めるような遺伝子操作はあるかもしれないわね。検証は出来ないんだけど……」


「ソフトウエア的には、Ver1.0と差が無いとしても、遺伝子レベルで強化されている可能性がある、と。戦闘用に作るのだとしたらやっててもおかしくありませんね。しかし、1人だけ周主席のDNAということは考え辛いですよね。とすると3人が同じ周主席のDNAで作られた。なぜでしょう? さっきの3原則ですかね?」

 英彦は眉をひそめてヒメノを見る。


「ウェットロイドは、DNAの親を殺せない。クーデターや暗殺を恐れて、それを防ごうとするなら、軍全体を入れ替えなければなりませんね。DNAが1つなら、大量生産も容易になりますし……」

 ヒメノは大層なことをサラっと言ってのける。


「筑紫野さんは年間数百万の規模のウェットロイドが作られててもおかしくないって言ってましたけど、この黒ずくめが2年前に作られていて、その後も2年以上作り続けていたとすると、軍どころじゃないんじゃ?」

「想像するだけで鳥肌が立ちそうだけど、今のところは、そういう可能性もゼロでは無いということにしておきましょう。他に黒ずくめの出所のわかりそうな映像は無い?」

 奈美がキヌヨに尋ねる。


「――この辺りでしょうか?」

 何処かのビルから車に乗り込み、空港へと向かう映像。道路標識は華連語で書かれており、虹港の旅行広告で見たことのある風景も流れる。空港では、普通に出入国手続きを行っており、日本へ入国した映像もあった。


 奈美は顎に手を当てて英彦を見る。

「黒ずくめはパスポートを持っているようね」

「戸籍はどこから持ってきたんでしょう?」

 ヒメノの素朴な疑問に、奈美は苦虫を噛み潰したような顔で応える。

「そういうことが可能な組織が裏にいるということよ」


「あの……、ベースサーバ―との接続はどうなっていたんでしょうか?」

 イザナミがふと疑問を漏らす。

「虹港の空港から日本に来るまで、映像の断絶が無いように思います。ベースサーバーとはずっと接続出来ていたということでしょうか?」


 英彦は、イザナミが空輸されたという奈美の話を思い出した。イザナミからすると、黒ずくめたちはスムーズ過ぎるのだろう。

「確かに。現在のベースサーバーは日本のクラウドサービス上に構築されていて、公衆回線経由で繋がってましたよね。とすると華連国内でも同様だったと考えられます。つまり何処かで切り替えているわけです。にも関わらず、飛行機に乗ってから降りるまで断絶が無いのは、スタンドアロンで動けるということを示しています」


 その点では、黒ずくめ達はサポロイド社のVer1.0より可用性が高まっている。


「いったい、どうやって実現しているんだ?」

「通信用のドライバーソフトかもしれません。通信エラー時の行動基準を埋め込んでおけば、とりあえずは動けますよね」

 ヒメノのアシストはいつも心強い。

「なるほど、ドライバーソフトなら、アプリを変更しなくても振る舞いを変えられるね」

「じゃ、それは後で細かく調べましょう。――襲撃事件の方も見ておかないと」

 そう言って奈美がキヌヨに目をやる。


「襲撃事件の指示は、紅鈴から受けていたようです。襲撃は黒ずくめ3人」

 キヌヨは指示を出す紅鈴の映像を映す。

「反社勢力の所有する名古屋市栄区のマンションの一室が活動拠点みたいですね。GPSデータもあります」


「襲撃シーンだ」

 英彦が息を呑む。


 サングラスの黒ずくめが、おもむろに事務所に入っていく。なんだおめぇらは、と怒号が飛ぶが、直ぐに悲鳴と呻き声に変わる。相手の構成員は5人。


 多少の抵抗はあったものの、あっという間に4人が床に転がり呻き声を上げる中、1人が奥に走る。

 追い掛けた黒ずくめの1人が1発の銃弾を浴びるが、さらに構成員に迫る。来るなー、と叫びながらさらに2発撃っているところに、横からもう1人の黒ずくめが回り込んで、構成員の腕を取り、銃を取り上げた。最後に、ボディ、膝蹴り、頭を床に叩きつける連続攻撃を浴びせて終了。


 黒ずくめの2人は、そのまま立ち去る。5分とかからない早業だった。


 倒れた黒ずくめは、心肺停止後も周囲の音を拾っていたが、バッテリーが切れたのか、5時間程経過したところで記録は終わっていた。


「なぜ、倒れた1人を連れて逃げようとしなかったのでしょう?」

 ヒメノが悲しげな表情を見せる。

「パープルロイド製のAIは、目的遂行が最優先で個体の安全や存続は二の次とプログラムされているように見えます」


 英彦は顎に手を当てて宙を睨む。

「そうか。メタ化された因果関係の根幹で組織や個体の維持よりも目的遂行が優先されていたのなら、仲間を助けるという行動がプログラムされていないのかもしれないね」

「軍隊用に大量生産されたのなら、そういう最適化もあり得るということね。 ――他に気付いたことはある?」


 見回す奈美にキヌヨが手を挙げた。

「この映像からは、撃たれた黒ずくめ以外に怪我人がいたかどうかは確認出来ませんね」

 キヌヨの言葉に英彦が反応する。

「もし、怪我していたら、どういう対応が必要になるんですか? 擦り傷とか切り傷とか。人間と同じような治療でも良さそうに思いますが」

「軽い傷はそうですけど、深い傷の場合は、そうはいきません。骨まで達して無ければ、培養液に浸して修復させることも出来ますが、培養液に浸すにはコクーンが必要です」

「じゃ、もしそういう怪我をしていたらコクーンを持って行く必要があるんですね」

「はい。もっと面倒なのは、薄膜神経網が傷付いた場合です。対象の薄膜神経網と、その薄膜内の筋肉組織を培養して、薄膜神経網ごと交換する手術が必要になります」

「なるほど」

 ふむふむと頷く英彦。


「キヌヨ、コクーンを使っている映像はある?」

 奈美がキヌヨを見る。

「2日に1回くらいの頻度で使っているようですね。GPSの情報だとこの近くです」


 映像が切り替わると、英彦とヒメノが同時に声を上げた。

「ハニーロイドカフェ!」

 奈美は、ひと息深く息を吸うと、皆の顔を見ながら総括した。

「コクーンはハニーロイドカフェに置かれている。となれば、須佐がハニーロイドカフェに出入りしているのは、コクーンの管理という可能性と、自身で使っている可能性ね。じゃぁ、これまで浮かび上がった事実、推論、そして、和華人の拠点と思しき候補地を幾つか確認したら、鷹羽さんにデータを送りましょう。4人で纏めてもらえる?」

「わかりました」

 4人は頷いた。


「あ、それから、キヌヨ。時間が空いたらでいいんだけど、イザナミに赤外線受光素子を付けておいてもらえないかしら」

 キヌヨはちらりとイザナミを見て、奈美に微笑むと言った。

「私達ふたりとも、既に付けてしまいました。AIもバージョンアップ済みです。残念ながら1階の須佐さんには未だ会えていないんですけど……」


 英彦が皆と別れてコントロールルームに戻った時には、他の3人が纏めた資料が、既に出来上がっていた。昨夜、ある程度整理していたとは言え、呆れて笑えるほどの手際だ。


 ラボの研究室からコントロールルームまで移動するのに2分も掛かっていない筈だ。

 英彦は鷹羽宛てのメールにその何倍もの時間を費やした。



※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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