第19話 AIの出処
―AIの出処―
その日、英彦はノックの音と奈美の声で起こされた。
「香春君、起きてる? 朝ご飯一緒に食べようよ」
目を擦りながら、英彦はベッドから降りて部屋のドアを開ける。
「おはようございます。奈美さん。どうしたんです?」
「おはよう、香春君。――朝ご飯作ったの。一緒に食べよう!」
有無を言わせぬ奈美の笑顔が強烈な圧力となって英彦から眠気を奪っていく。
「はぁ……」
「じゃ、さっさと顔洗ってリビングにいらっしゃい」
エプロン姿の奈美はすたすたとリビングに戻っていく。
夕べ、黒ずくめのAIに残された娘の姿を見て、動転していたのが嘘のようだ。
いつもより、砕けた話し方の奈美に調子が狂う感じを受けながらも、英彦は、手早く顔を洗い、着替えてリビングに行った。
リビングのダイニングテーブルには、ヒメノに加え、イザナミとキヌヨも座っていた。
「みなさん。おはようございます」
イザナミとキヌヨが軽くお辞儀をし、ヒメノが手を振る。
「ヒコくん。おはよう」
「みんなお揃いで朝ご飯って初めてですね」
英彦は座りながら見回す。
「早起きしちゃったし、久し振りに作りたくなって。みんなを起こしちゃった」
奈美のテンションの高まりが顔に出ている。
テーブルの上には、温泉旅館の朝食のように小皿や小鉢が並ぶ。
「うわ。美味しそう。それにしても、奈美さんのエプロン姿、初めて見ました。すごく似合いますね」
「こら、朝っぱらから口説くんじゃない」
「いや、口説いているわけでは……」
くすっとヒメノが笑う。
「私も博士のエプロン姿は初めてです。すごく似合ってると思います」
イザナミとキヌヨも頷く。
「——もう、みんなして」
奈美は照れてむくれつつ、英彦の味噌汁とご飯をよそって並べた。
「じゃあ、冷めないうちに食べましょう。――いただきます」
手を合わせて奈美が音頭を取る。
「いただきます」
「――うまい。これが白石家の朝ご飯ですか!」
英彦は思わず正直な感想を漏らす。奈美は英彦の美味しい顔を見て笑う。
「白石家と言うよりは伊崎家のね。本当なら、きんぴらごぼうとか、きゅうりの浅漬けとか、いろいろ作り置きしとくのだけど。――お口に合って嬉しいわ」
ヒメノがすかさず作り方を聞き出し始める。伊崎家のレシピをヒメノに語るところは、普通の親子のようだ。イザナミとキヌヨも参加して、ひとしきり料理談議に花が咲く。
なるほど、と奈美の心の強さを眩しく思う英彦。ウェットロイドの3人も美味しい顔をしている。英彦は、みんな美味しい顔は得意なのよね、と漏らした奈美のことを思い出した。
――ウェットロイド。
英彦の脳裏に、コントロールルームのAIドックに接続されていたヒメノのAIが浮かんだ。
水冷パネルに挟まれたLSIやメモリーの塊。それぞれのチップにはメーカーのロゴが印刷されていた。サポロイド社はもともと華東の極東LSIの社内ベンチャーだから、殆どは華東製なのかな、――などとぼんやり思いつつ、女性陣の会話を聞いていた英彦は、ふと呟いた。
「華東でも、普通にお米食べられるんですよね?」
「華東のお米がね。日本食レストランとか日本から輸入しているところもあるけど」
「――すみません。急いで確認したいことがあるんで、僕、先に上がります」
英彦はそう言って、残りをがつがつかき込んで箸を置いた。
「――ごちそうさまでした」
手を合わせて、がらっと椅子から立ち上がって茶碗類をキッチンのシンクに置いたかと思うと、バタバタとリビングを出て行く英彦。
「お米がどうかしたのかしらね」
奈美は首をかしげて呟く。
「さぁ……」
ヒメノ達も首を捻っていた。
* * *
コントロールルームのAIドックには、黒ずくめのAIが接続されていた。
英彦は、もどかしげにモニター装置に向かい黒ずくめAIの接続を切ると、AIドックから黒ずくめのAIを取り外した。
水冷パネルを取り外すと、びっしりと様々なチップが並んでいる。印刷されているロゴは、メインのLSIは”FAR EAST LSI”だが、メモリーチップは”Xinshi ELEC”となっている。
Ver3.0を製造した際の資材リストを見ると、メインのLSIは”FAR EAST LSI”で、メモリーチップも”FAR EAST LSI”だった。
「筑紫野さんならわかるかな?」
サポロイド社でメモリーチップに”Xinshi ELEC”を使っているか? 筑紫野にメールで問い合わせると5分で回答が返ってきた。
『サポロイド社では、
南朝民国の新世電子のメモリーは
使用していない』
「これで見分けが付く!」
※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。
また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術
は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは
ありません。
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