第18話 襲撃
―襲撃―
英彦とヒメノをカグヤマまで尾行していた紅鈴から姫乃に連絡が入った。
『姫様、ターゲット達は香春と言う研究者の実家カグヤマに入りました。――接触しますか?』
「そうね、お願い。こっちは楊とモニターしているから。全部中継してくれていいわ」
『わかりました』
こうして、紅鈴がカグヤマを訪問する。
モニターを見つめる姫乃。
紅鈴が新型ウェットロイドをちらと見て、大袈裟に持ち上げる。
『あら、こちらは? お店のモデルに
ぴったりの美人さんじゃないかしら。
――ねぇ?』
『まあ、ヒメノちゃんだったらモデル
似合うかもね』
『――ちょっと姉さん』
ガタっと、姫乃は立ち上がった。
「何よそれ。『ひめの』って呼ばれてるの? この子ってば!」
一度、自分で捨てておきながら、その場所は、自分の場所だという憤りが湧いた。
――白石奈美の娘はあたしだ。
あたしへの愛を盗むな。
紅鈴の映像は、既に店の外に移っていた。
『姫様、終わりました。これから店に戻ります』
「わかったわ。気を付けてね」
紅鈴の中継は終了した。
楊がケーブルを耳から抜いて接続モニターを片付ける。
新しい事実が判明した。新しいウェットロイドは『ひめの』と呼ばれている。
「何かしら、警告を与えたいものだわね……」
紅鈴と楊達は、その日のうちにカグヤマの空き巣計画を纏め上げる。
カグヤマの休日である翌日、家人が全員買い物に出たことを確認して、計画は実行に移された。
* * * *
そして、その日がやってきた。
紅鈴は、サポロイドを張っていた楊から連絡を受け、尾行を指示した。電車組と車組に分かれて移動した新型達だったが、楊達はスムーズに連携し、ワゴンに乗った楊がバーベキュー場まで追い、加藤と寿美を追った楊もバーベキュー場で合流する。もう1人の楊はレバタラで待機した。
やがてバーベキューが解散し、車でレバタラに向かう新型達を、ワゴンに乗った2人の楊が追い掛ける。ワゴンはヒメノ達がレバタラに着いたことを確認すると、待機していた楊に後を任せ、馬車道に向かった。
既に襲撃ポイントは想定済みであった。
レバタラに残した楊は、新型達が想定通りのルートを通るどうかを確認しながら、待機ポイントのワゴンに向かう。
新型達は想定の範囲内のルートを辿った。
これを追っていた楊はワゴンに乗り込み、入れ替わりに2人の楊が襲撃ポイントに向かう。
姫乃は、紅鈴にケーブルを繋げて楊達の様子をモニターしていた。3分割されたディスプレイには、3人の楊が見る映像が映されている。
「いよいよね」
姫乃がモニターで見守る中、2人の楊は攻撃を仕掛けた。
楊達は矢継ぎ早に新型にタックルに行くが、新型の反応は予想以上に素早い。
あろうことか、2人の楊は共にノックダウンされてしまった。
「なんてこと! とにかくAIを手に入れるのよ!」
待機していた楊に指令が出る。
エンジンを掛け、新型に向かって加速するワゴン。
新型が撥ね飛んだ。
「よし。AI回収よ」
意気込む姫乃。
その時、ブレーキ音とともに1台のセダンが割り込んでくる。
『お前ら、いったい何をしている!』
男の声だ。
「誰? こいつら!」
慌てた顔で紅鈴を見る姫乃。
紅鈴が、姫乃を見て進言する。
「わかりませんが、ここは一時退却かと」
いまいましげに頷く姫乃。
「ちょっと何なのよ。いったい」
* * *
ハニーロイドカフェ3階のロッカールームには、コクーンが1台設置されていた。
新型にノックダウンを喰らった2人の楊は、幸い骨折などは無かったが、打撲と捻挫が見られた。3時間ずつ交互にコクーンを使って治療しているところだ。
「災難でしたね」
須佐型ウェットロイドがコクーンを操作しながら紅鈴に話し掛けた。2人は同じベースサーバ-を使っているが、管理グループが異なるため口頭での会話が必要となる。
「軍用ウェットロイドが2人掛かりでやられるとはね」
紅鈴が大して感傷のない口調で答える。
「邪魔に入った連中は何者なんでしょうね?」
「あなたに心当たりが無いってことはサポロイドの人間では無いようね」
「そうですね。うちでは男性のウェットロイドも作ってませんし」
「偶然通りがかったとも考えにくいし……予め監視していたのかもしれない」
「誰が誰を、ですか?」
「誰が、は監視対象にも依るわね。我々か、サポロイド社か」
「我々を監視するなら、警察とかでしょうか? 身に覚えはありませんが」
「確かに、空き巣の件で足が付いたとも思えないし。今のところ警察に目を付けられる理由は見当たらないわね。商売敵とかも考えられるけど、可能性があるとしたらNSAくらいかしら」
「NSAと言うと国家安全保障局ですか?」
「そう。和華人は小さいながらも華連の浸透工作の末端組織だし。どこからか漏れたとすれば、あり得なくはないわね」
「サポロイドが監視されていたとしたらどうなります?」
「産業スパイか、どこぞの国の工作員か。だとしても私達の邪魔をする動機が無いわね」
だけどもし、と紅鈴は指を立てる。
「サポロイドを監視するのじゃなくて、保護していたのなら――そしてその対象があの新型ウェットロイドだとしたら、あの場に居合わせたのも頷けるわね」
「男達は、少なくともサポロイド内部の人間ではありません。それに外部の人間をボディガードとして雇っている話は聞いたことがありませんし、経理上もそういう支出はありません」
「となると余計厄介かもしれないわね。お金を払わずに守ってくれる存在って、公的機関の可能性が高いもの。どういう経緯かはわからないけど、もしNSAがウェットロイドのことを知っていたとしたら、絡んでいてもおかしくはないわね」
紅鈴は須佐の肩に手を置いて、振り向きもせずに言う。
「あなたも気を付けることね。もし尾けられているかも、と思ったら直ぐに連絡して。協力するわ」
* * * *
『ちょっと、どうしてどうしてどうしてよ!』
電話口で姫乃が荒れている。
『たった5人くらいの事務所を3人のウェットロイドで襲撃して、5分で終わらせて、とっとと帰る筈だったのよ!』
名古屋の事務所襲撃の後、紅鈴が2人の楊を連れて、淀川組のマンションの一室に引き上げて来たところである。
「軍用ウェットロイドには、自己保存プログラムはありますが、仲間を庇ったり、傷付いた仲間を助けたりというプログラムはありません。人間と違って、替えが効くウェットロイドは、仲間を助けるために戦力を割く方が非効率だからです」
紅鈴は根気強く説明に努める。
「――まさか、銃を持ち出してくるとは、誤算でした」
『黄鉄の体はどうなるの?』
「警察が調べるでしょう」
『当然バレるよね?』
「そうですね。ですが、あれが何者なのかわかるのはサポロイド社くらいです」
『お母さんにバレるということよね?』
「はい。時間の問題でしょう。暫くは浸透活動を控えないと」
電話の向こう側でやや大きな溜息があった。
『――それで、赤鉄の傷の具合はどうなの?』
「止血はしていますが、このままでは動かせません。動かすにしてもコクーンに入れて治療しながらでないと無理だと思います」
『これ以上戦力が減るのは御免だわ。コクーンごと持って来ないとダメってことね。須佐さんにお願いしてくれる?』
「はい。ですが1つ気掛かりが」
『何?』
「黄鉄の体が警察の手に渡った以上、名古屋での活動は慎重に行う必要があります。尾行を警戒して行動しないと」
『陳先生とも相談してみるわ。また連絡する』
※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。
また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術
は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは
ありません。
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