第16話 反社事務所襲撃事件

―反社事務所襲撃事件―


 『ふかみ丸』は、衛星通信を受けた翌日の夕方、横須賀に帰り着いた。

 沖ノ鳥島ツアーの片付けをそこそこに、伊崎、英彦とヒメノがサポロイド社に駆けつけた頃には、既に日が落ちていた。


 サポロイド日本支社3階のリビングには、奈美の他、NSAの鷹羽、橿原が来ていた。


 一同にお茶を出し終えたイザナミが下がると伊崎が切り出した。

「鷹羽さん。連中が動いたということですが」

「順を追って話したいと思います」

 鷹羽が奈美を見ると、奈美はタブレットを操作してディスプレイにニュース記事を映し出した。


 『ハニーロイドカフェ襲撃さる!』


「一昨日のことです。名古屋のハニーロイドカフェが何者かに襲撃されました。営業終了後の深夜2時頃、ガラスを叩き割って侵入した賊は、充電中のハニーロイド5人を破壊して逃走しました」


 『反社事務所襲撃さる。

  反社勢力同士の抗争か?!』


「そして、昨夜、名古屋市内の山城組系の反社事務所が何者かに襲われました。近隣の住民の通報を受けた警察が駆けつけた時には、襲撃犯は逃走した後で、現場には重傷を負った組員5人と、銃で撃たれ死亡していた男の遺体がありました。襲撃犯は3人と見られており、遺体はそのうちの1人と思われます」


 鷹羽は続けて補足する。

「遺体は黒ずくめの男で、銃弾を胸に3発受けていました。警察に運んで検死を行ったところ、レントゲンには人間のものでは無い陰影が映っていたらしい。怪我を負った組員らの中には、少しだけ話を聞けたものがいて、あいつらバケモンだ、銃で撃たれても止まんねぇ。との証言があったそうです」


「黒ずくめって、ヒメノちゃんを襲ったのも黒ずくめだったよな」

 奈美に向けた伊崎の言葉に鷹羽が頷く。

「おそらく、ヒメノちゃんを襲った3人のうちの1人でしょう。遺体をこちらのラボに運んで調べたところウェットロイドでした」


 画面をレントゲン映像に切り替えた奈美が、話を引き取る。

「こちらでも改めて詳細にレントゲンを撮ってみたところ、サポロイド社製の薄膜信号網で使用する信号線が確認出来ました。取り外したAIは、少なくともマザーボードの規格は、Ver1.0と同じものでした。AIのプログラムについては、キヌヨが調べているところです」


 英彦は深く頷いた。

「流出は確定ですね。マザーボードはメモリを拡張したVer2.0以降では異なりますから流出したバージョンはVer1.0かVer1.1。南都で作られたかどうかまでは特定出来ませんけど」


 難しい顔になる奈美を見て、伊崎が鷹羽に話を振る。

「ハニーロイドカフェ襲撃と反社事務所の襲撃はどういう関連があったんですか?」

「もともとは、名古屋市内の盛り場では山城組が勢力を誇っていたんですが、3番手くらいだった淀川組がハニーロイドカフェやソフトロイドを使ったキャバクラや風俗店の出店攻勢で躍進し、勢力が逆転したらしい。それを恨んでのハニーロイドカフェ襲撃と仕返しの襲撃という見立てです」


 鷹羽が背景を軽く説明すると伊崎が頷く。

「なるほど、ちょっと痛い思いをさせてやろうって思っていたら、思わぬしっぺ返しを食らったということか」


 ノックの音がして、リビングにキヌヨが入って来た。

「ひと通り見終わりました。ディスプレイをお借りします」


 ソファに座りながら、キヌヨはディスプレイに調査結果を表示する。

「遺体の主は楊黄鉄と言う名前でした。ベースサーバーは一般のクラウドサービス上に設置されているようです。公衆回線経由で接続されていました」


 橿原がスマホを手に取って、画面に表示されたドメインとアドレスを打ち込む。

「AIは、Ver1.0と同じでした。ソフトウエア的な強化は見られません。それから、記録されていた映像から、出現頻度の高い人物を何人かピックアップしました」


 画面に2人の男が映された。ほぼ同じ顔に見える。

「この2人はウェットロイドです。死亡したウェットロイドのAIはこれら2人を別人と認識していました。名前は、楊赤鉄、楊青鉄」

 画像に名前の吹き出しが付く。


 続いて映されたのは1人の細身の中年男性。吹き出しには、陳橙紀と出ている。

「この人物は、監視役あるいは子守役みたいな存在と思われます。ウェットロイドへ指示を出す立場では無いようです」


 画面が切り替わって女性が2人映される。

「ウェットロイドに指示を出していたのはこの2人の女性です。それぞれ拡大します」

「アンハクヒ!――じゃない?」

 英彦が声を上げる。やや紅色に光る長い黒髪を後ろで纏めた女性。名前は、紅鈴と出ていた。

「こちらの髪の長い方は、ウェットロイドでしたが、ショートカットの方は人間でした」


 拡大画像が切り替わる。

「姫乃!」

 奈美が思わず立ち上がって叫ぶ。伊崎も腰を浮かせた。


「――まだあります」

 キヌヨが画面を切り替えると須佐の画像になった。

「須佐さん!」

 今度は英彦が腰を浮かせた。――吹き出しには須佐とだけある。


「そして、こちらも見つかりました」

 そう言ってキヌヨが出した映像は、車の運転席からのもので、まさにヒメノを撥ねる瞬間の映像だった。


「この他、DNAの検査結果も保管しておりますが、誰のものかは特定出来ません」

 キヌヨは説明を終えた。


 崩れる奈美を伊崎が支えている。

「先生、あの子生きていた……生きて……」

「ああ、俺も見たよ。あれは確かに姫乃だ」


 橿原がスマホに飛んできた情報を鷹羽に見せる。

「ベースサーバーがわかりました。SRシステムサービスと言う会社のWEBサービスです。このWEBサービスのユーザの中に和華人が入っています。おそらく他のユーザは、ハニーロイドカフェ、キャバクラ、美容室、風俗店などの事業者とソフトロイド好きの趣味人でしょう」


 イザナミがキッチンから水のグラスを持ってきて奈美に渡す。

「ありがとう」

 奈美はゴクリと一気に飲み干した。


 暫く黙っていたヒメノが顔を上げた。

「見付けました」

 画面がムービーになり、須佐が車に乗り込むところが映し出された。運転席から見える外の風景は、伊勢佐木町のハニーロイドカフェだ。


「やっぱり、あの時、ハニーロイドカフェから出て来たのは須佐さんだったのです」

 だとしたら、とヒメノは鷹羽に向き直って、はっきりと言った。

「須佐さんは少なくとも2人います。私、この時、須佐さんを見掛けた後、1階のオフィスにも須佐さんがいることを確認しましたから」


「鷹羽さん。申し訳ない」

 伊崎が鷹羽に手を合わせる。

「奈美ちゃんが、こんな状態で、これ以上の冷静な話し合いは無理そうだ。今日のところはここまでにしませんか?」

「私も心穏やかじゃありませんよ。あの時のお嬢ちゃんがまさかね。こちらでも、裏取りとか深堀りしなければならないことが幾つか見付かったので、この場はお開きにしましょう。またご連絡します」



 伊崎が奈美を部屋まで連れて行った後、鷹羽と橿原もNSAに戻っていった。


 イザナミがグラスを片付けながら、英彦とヒメノに労いの言葉を掛けてくる。

「何だか、色んなことがいっぺんに起こりましたね」

「ホントそうですよ。ウェットロイドの技術が漏れていたこと。姫乃さんのこと。須佐さんのこと。本当に色んなことがごちゃごちゃっとしてる。それよりも、いつも気丈な感じの奈美さんが、姫乃さんのことであそこまで取り乱すなんて、そっちの方がショックです」

「5年も行方がわからなくて、死んだって聞かされていた愛娘なんですから。私は当然だと思いますわ」


 イザナミは英彦を見て首を振る。

「博士には時間が必要なのだと思います。現実を受け入れて心を落ち着ける時間が」

 ヒメノが誰にともなく言う。

「だから、私達がその時間と心の余裕を作ってあげればいいのではないでしょうか」


 4人分のお茶を持ってキッチンから戻りながら、これにキヌヨが乗ってくる。

「あの黒ずくめから得られた情報を、もうちょっと、私達で精査してみませんか?」

 イザナミも賛同して英彦を見る。

「そうですね。映像から彼らの活動拠点とか、関係者とか、それらを整理することは出来るでしょう。私達には土地勘が無いので、香春さんのお力が必要ですけど」

「それに、1階のオフィスに居る須佐さんと黒ずくめの映像に出てきた須佐さん。どちらかがウェットロイドなのか、どちらもウェットロイドなのか、それも大事な問題だと思います」

 ヒメノは真剣な表情で、ひとりひとりに頷くように見回す。


 英彦はヒメノの言葉にハッとする。

「須佐さんは日本には居ないという可能性もあるわけか……」



 ガチャリと扉が開く音がして、伊崎がリビングに戻って来た。

「奈美ちゃんは休ませたよ。ぐずってたけど」

「教授、今日は戻られるんですか?」

「ああ、一緒に居てやりたいのはやまやまなんだけど、勢いで夫婦に戻ってしまいそうなんでな。ちょっと俺としては、――その、もうちょっと大事に事を進めたいんだ。それに、まだ沖ノ鳥島ツアーの後片付けが残ってるしな」


 英彦は、伊崎が泊まるなら部屋を片付けねば、と上げ掛けていた腰を再び下ろす。

 伊崎は殊勝な面持ちで4人を見回すと、両膝に手を突き頭を下げた。

「みなさん、奈美ちゃんのこと、よろしくお願いします」

 そして、よろしくという視線を英彦に投げ、さっと手を上げてリビングを出ていった。



「――さて、何から始めましょうか?」

 キヌヨが英彦を見て促す。

 黒ずくめの記憶の精査。英彦は目をつむって瞑想するかのように呟く。

「とりあえず、思いつく疑問を上げてみて、関連する情報を整理していこう」




※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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