第14話 沖ノ鳥島

―沖ノ鳥島―


 海洋資源探査船『ふかみ丸』は、全長40メートル程の船だ。乗組員は伊崎、英彦、ヒメノを除けば3人。三崎造船の七瀬、二階堂、石立重工の九条。七瀬と九条は、それぞれ伊崎研究室の七瀬光、九条かおりの亭主である。


 5月末、横須賀を出港した『ふかみ丸』は、およそ丸2日掛けて沖ノ鳥島に辿り着いた。

 小笠原諸島のサキモリ経由で定時連絡をした時に2時間程停泊したが、それ以外は、全て移動に費やされた。

 沖ノ鳥島は、サンゴ礁で出来た小さな島だ。まさに絶海の孤島。『ふかみ丸』は、島から200メートル程離れた所に停泊していた。


 傍らに光ケーブルの末端を示すブイが浮かぶ。そして、そのブイを辿って下降していく深海探査艇フカミンには、英彦とヒメノが乗っていた。『ふかみ丸』とは超音波通信で通信が出来るようになっている。


「――いよいよですね。ヒコくん」

 フカミンを操りながらヒメノが言う。

「ああ、なんかドキドキするな」


 マニピュレーター係の英彦が、カメラの映像を見ながら答える。マニピュレーターは、『ふかみ丸』に繋がる引き上げ用のワイヤーを掴んでおり、ワイヤーの先端には、光ケーブルを掴むための洗濯ばさみのような器具が付いている。

 これで光ケーブルを掴ませるのが英彦の仕事だ。


 『ふかみ丸』では、フカミンが下降するのに合わせて、七瀬がテンションを確認しながらワイヤーを降ろしている。

 30分程掛けてゆっくりと下降したところで海底が見えてきた。と言っても、厳密には、海の底ではなく、水深200メートル地点のサンゴ礁の斜面である。


「見えてきましたね」

 ヒメノが静かに呟いた。

「――教授、斜面が見えてきました」

 英彦が伊崎に連絡を入れる。

『光ケーブルの先端は見えるか?』

「見えます。今、ヒメノちゃんが、正面に持ってくるところです」

『こっちにも映ったぞ』


 マニピュレーターの映像は、超音波通信で『ふかみ丸』の伊崎もモニターしていた。

 ヒメノはマニピュレーターの画面の中央に先端部分が映った状態で艇を安定させる。


「さあ、ヒコくんのターンですよ」

 ヒメノが英彦に笑顔を向ける。

「マニピュレーターの腕の見せ所、っと」


 英彦は、マニピュレーターを操作して、洗濯ばさみが光ケーブルと平行になるように角度を調節した。そしてゆっくりと光ケーブルに寄せていく。洗濯ばさみが光ケーブルに当たり砂が軽く舞う。ふう、とひと息吐くと、英彦はもう1本のマニピュレーターを操作して、洗濯ばさみのつまみを掴む。


「――よし、掴んだ」

 マニピュレーターはクルクルとつまみを回して、洗濯ばさみを締め付けていく。

「――17、18、19、20っと」


 マニピュレーターがつまみを回す抵抗が上がった。洗濯ばさみの締めつけがMAXになった筈だ。

「うまく掴めたかな……」

 洗濯ばさみ側のマニピュレーターを持ち上げると、光ケーブルが斜面から離れたのが判った。


「教授、どうですか?」

『いいぞ、そのまま一緒に浮上してきてくれ』

「了解。――ヒメノちゃん」

 ヒメノは、20メートル程浮上したところで、フカミンをいったん停止させる。

「停止します。3、2、1。――教授、どうぞ」

『了解』


 『ふかみ丸』では、七瀬がワイヤーを少しずつ巻き上げながら、伊崎が船を後進させていく。

 光ケーブルは2百メートル程の海底にあるため、海上まで引き上げるには2百メートル戻る必要があった。


 こうした作業を1時間程繰り返し、光ケーブルが引き上げられた。甲板上でサキモリに接続され疎通確認が行われる。

 伊崎研究室とのリアルタイム通信が可能になった。


 英彦とヒメノは、二階堂の指導のもと、フカミンのバッテリーや酸素を交換する作業に追われていたところを伊崎に呼ばれた。


 船長室に入ると、既に九条達も集まっており、彼らが見つめるディスプレイには、懐かしの伊崎研究室の面々と、サポロイド支社長室の奈美が2分割されて映っている。


「やぁ、みなさんこんにちは」

 英彦が声を投げる。

『ヒメノ~ン、元気ぃー』

 四方ちゃんの声が聞こえる。

 七瀬女史や九条女史も、画面に映る亭主達に手を振っている。

『お疲れ様です、伊崎さん。無事疎通出来てひと安心ですね』

 七瀬女史である。

「ああ、それもこれもサポロイド社の2人のおかげですよ、白石さん」

『お疲れ様です。お役に立てて何よりですわ。伊崎さん』

 奈美が微笑む。

「じゃあ、またサキモリとタナバタを降ろしたら連絡する。フカミンのカメラも連携しておくから、そちらでもモニターよろしく」

 伊崎達は、カメラに手を振って出て行く。

 英彦とヒメノも手を振りながら船長室を出て作業に戻った。



 バッテリーと酸素の交換作業が終わると、英彦達は再びフカミンで海に降ろされた。

 続けてタナバタとサキモリが海中に降ろされる。


 タナバタは直径50センチ程の球形のボディに4つの可動式スラスターが付いた水中ドローンである。

 籠に入れられたタナバタ12機が、クレーンで海中に沈められ、充分沈んだところで籠の底が開放される。


『ヒメノちゃん、タナバタ降ろしたよ』

 伊崎の声がフカミンに届くと、ヒメノがタナバタの操作を開始する。

「タナバタ、待機モードに入ります」

 タナバタは1機ずつ籠から出て、輪を作る。


 続いて、サキモリがクレーンに繋がれた。

『よし、サキモリを降ろすぞ。みんなでゆっくり下降していってくれ』

 海上の伊崎から指示が出る。


 サキモリは、半円形のボディに足が4本、幅2メートル程のヒトデ型の機械だ、ボディには光ケーブルの接続口が4つあり、足の先には皿のような物体が乗っている。タナバタが接続するドッキングポートで、非接触充電が可能だ。

 サキモリの足の付け根には、アンカーと呼ばれる1メートル程のねじくぎ状の杭が挿してある。


 サキモリが、タナバタの輪の中に入るようにゆっくり降ろされていく。

「タナバタ、下降します」

 ヒメノが下降コマンドを投入する。

 タナバタは、サキモリを囲むように輪になったまま下降していく。

「こちらも追い掛けよう」

 英彦がヒメノを見て頷く。


 30分程掛けて、サキモリはゆっくりと下降していった。タナバタ達も、隊列を保ったまま速度を合わせて沈んでいく。『ふかみ丸』は、サキモリの下降に合わせて、少しずつ前進する。


 息を詰めて、計器を見る英彦。

「そろそろ、斜面だな」

 カメラがライトの輪の中にサンゴ礁の斜面を捉えた。

「教授、斜面が見えました」

「タナバタ下降停止します」

 ヒメノがタナバタにコマンドを送る。


 サキモリの沈むスピードが緩まり、さらにゆっくりと沈む。5分程で、サキモリは静かに着底した。ふわりと砂が舞う。


「――山側着底しました」


 沖ノ鳥島の周辺は円錐状になっており、水深200メートル程の地点は勾配の急な斜面になっている。その勾配に沿って、ゆっくりと、サキモリが傾いていき、やがて谷側も着底する。


「――谷側着底しました」

 英彦が伊崎に連絡を入れるとクレーンが停止した。

『よし、アンカーで固定だ』


 伊崎の声に、英彦はマニピュレーターを起動する。

 英彦は山側のアンカーから取り掛かった。

 アンカーの頭部にある取っ手をマニピュレーターで掴み、ねじくぎを回転させる。


 砂や泥の部分は簡単に埋まっていくが、より抵抗の強いサンゴ礁の山肌にねじ込むには、反動を吸収する必要があるため、もう一方のマニピュレーターに取り付けられた二又のフォークのような器具でサキモリの足を山肌に固定する必要があった。


 暫くすると、マニピュレーターの回転が鈍くなってきた。ディスプレイのトルクゲージは、モーターの負荷とアームの負荷が上昇したことを示している。


『ようし、噛んできたぞ』

 伊崎の声に興奮が乗る。

 ねじくぎが少しずつ食い込んでぎりぎりと埋まっていく。

『オッケー、その辺でいいぞ』


 サキモリの穴から10センチ程上の辺りまでアンカーが埋まったところで伊崎のストップがかかった。


『あと3本、同じ要領な』

 伊崎が声を掛ける。


 英彦は、続いて谷側のアンカー、残り2本のアンカーを埋め込んでいった。

 4本のアンカーを埋め込んだところで、サキモリのクレーンのフックが外され、上昇していく。


『上出来だ。じゃあ、続けてヒメノちゃん行ってみようか』


 ヒメノがカタカタとタナバタ制御用コンソールにコマンドを投入する。

「タナバタ、初期フォーメーションに移行します」


 フカミンのカメラには、サキモリ全体が映っていた。2機のタナバタが、サキモリに接近し、ドッキングポートに近付いていく。

 タナバタ下部のライトが点灯し、ドッキングポートを照らす。ゆっくりとタナバタはドッキングポートに降りていき、サキモリの傾斜に合わせて接触面を調整している。やがてライトが消えた。


 初期フォーメーション完了。ヒメノのコンソールにタナバタの接続完了が表示された。


「タナバタ1番、2番、ドッキングしました」

『こっちも確認出来たぞ』

 伊崎からもサキモリがドッキングを認識したとの連絡が来た。

「では、通常の哨戒フォーメーションに移りますね」


 ヒメノがコンソールにコマンドを投入すると、輪になっていたタナバタがスルスルと紐のように細長い列を作ったかと思うと、少しずつ間隔を広げていく。

 タナバタ達は1機また1機とフカミンのライトの輪から消えていった。


 約5分、じっと、コンソールを眺めていたヒメノが、ふと顔を上げて英彦に微笑んだ。

「Ⅰフォーメーションへの移行完了。超音波通信も良好です」


 10機のタナバタ達は、約5百メートルの間隔を空けて、半径5キロの円を描くように哨戒を始めた。約1時間で1周する。


「成功だ。やったね、ヒメノちゃん」

 ハイタッチで喜ぶ英彦とヒメノ。

『ようし、オッケー。ふたりとも戻って来たまえ、祝杯だ!』

 スピーカーの伊崎の声もテンションが上がっていた。





※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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