第12話 ウェットロイドVer3.0

―ウェットロイドVer3.0—


「――と、ここまでがサポロイドとサポロイド日本支社の生い立ちというところね」

 奈美は話を締め括った。


 英彦は奈美のカミングアウトに驚きを隠せない。

「教授と支社長が夫婦だったなんて」

「もと夫婦よ。それから支社長はやめて。前みたいに普通に名前で呼んでもらえないかな?私も君付けで呼ばせてもらうことにするわ。ね、香春君」


「――わかりました」

 よろしい、と笑顔を向ける奈美。


「ところで奈美さん、イザナミさんはどうやって日本に?」

「ソフトロイドと一緒に貨物として運んだの。Ⅹ線で見ても区別がつかないから出来た芸当だったのだけど、貨物室内は上空で空気が薄くなる問題があってね。それで、イザナミの頭蓋内に小型酸素ボンベを付けることになったの。直接血液に酸素を送り込むためよ。それで最低限の生命活動を4時間くらい維持出来るの。日本に持ち込む際に加えた機能だから、この時のイザナミは厳密にはVer1.1ってところかしら」


 英彦は、きめの細かい工夫に感心しながらも、ショックを感じていた。亡くなったと言うオリジナルの姫乃のことも、伊崎と別れた理由と関連があるような気がして言葉に出来なかった。奈美を見る英彦の目に、触れることの出来ないもどかしさが滲んだ。



「さて、それじゃ、これからの話をしなきゃね」

 空気を切り替えるように奈美が明るく言う。


「これから、――ですか?」

「そ、君のこれからのお仕事」


 奈美は、ディスプレイに『ウェットロイドVer3.0計画』と言うタイトルを出した。


「現在のウェットロイド3人はプロトタイプに改良を加えたVer2.0。ソフトロイドやハードロイドはベースサーバーとの接続が切れると停止するけど、うちの3人は接続が切れても、その時点のデータセットで動き続けることが出来るようになっているの。――新しいデータセットのダウンロードは出来ないのだけど」


 ディスプレイには、AIの論理モデルが表示された。

「私と絹代の知識だと、出来たのは単純なハードの増強くらい。Ver2.0は、メモリーを増やして、データセットを一時記憶出来るようにして、シミュレーションやエミュレーションで使用可能な仮説検証領域を拡張したの。ヒメノが感情表現を覚えたのはエミュレーションね」


 英彦は考える人のポーズで、そうですね、と考えを纏めながら話し始める。


「Ver3.0は、基本的には、仮説検証力をさらに高める方向じゃないかと思います。出来ればアーキテクチャを含めて多階層フィードバックの性能を上げたいですね。それと、今回の襲撃事件で思ったのですが、相手がもしウェットロイドだとしたら、見破る方法が無いものかと」


「私だったら、ペンライトで瞳孔反射を確認するかしら」

「そう言えば、目の中はカメラなんですよね。血が通わない部分。もしかして、赤外線カメラで見たらウェットロイドの顔って、目の部分だけ暗かったりするんですか

ね?」

「そうね、耳の奥も接続ジャックがあるから暗く映る筈よ」

「暗闇で行動することもあるかもしれないし、赤外線カメラは有効そうですね」


「アーキテクチャを含めてって言ったけど、当てはあるの?」

「知り合いにアルゴリズムの研究者はいるのですが、アーキテクチャに詳しい人間には心当たりが無くて……」

「筑紫野さんが適任なんだけど味方かどうか怪しいし」


「その前に、ウェットロイド化してたりしないでしょうか? 都合よく騙すにはウェットロイドの方が便利なんじゃないかと思うんです」


「そうね。でも人間だったとしても、おそらく言葉だけでは判断出来ないでしょう。行動で判断するしかないわ」

「Ver3.0への協力を依頼して、応えてくれるか、とかですか?」

「それもあるけど、見返りにヒメノのデータを求められる可能性があるわね。今回の襲撃はそれが目的だったもの」


「ペンライトでウェットロイドかどうか確認して、人間だったらVer3.0への協力を依頼する。ヒメノちゃんのデータを求められなければ、ひとまず信用。という感じですかね」


 奈美は、英彦を見て頷くと、オーケー纏めましょう、と立ち上がり、左手を腰に当て、右手の人差し指を立てて歩きながら、総括を始める。


「最悪のケースを想定すると、例の黒ずくめの3人組はウェットロイド。同じ技術かどうかは定かでは無いけど、北都※1か南都から漏洩した我が社の技術である可能性が高い。となれば、太国さん、筑紫野さん、絹代、須佐さん、この4人のうちの誰か、あるいは複数が、漏洩させた可能性がある。――ここまではいい?」

「はい」


「須佐さんは、NSAのマークに任せるとして、他の3人をどうするか?」

「伊勢山さんは奈美さんのお友達ですよね?」

「そうなの。疑いたくはないのだけど、こっち側だったらすっごく頼りになるし」

 拳を握りしめて地団太を踏む奈美。


「筑紫野さんも伊勢山さんも北都、太国さんは南都。だったら、確認する順番は、北都の伊勢山さん、筑紫野さん、それから南都の太国さん。みんなウェットロイドでは無くて、Ver3.0に協力的だったら、残るのは須佐さんだけになりますね」

「挨拶の順番は、それで良さそうね。後はお願いの内容かしら」


「伊勢山さんには、ウェットロイドの活動時間の長時間化とかどうですか? バッテリーの問題は現状でもなんとかなりますけど、代謝の問題が残ります。コクーンを使わずに、注射を打つとか薬を飲むとかで長時間化出来ないか?」


「確かに、現状では48時間が限界だから。それは自然なお願いかもね」

「それから、筑紫野さんには、仮説検証領域の拡張と高速化に関するアーキテクチャの相談。――でも、太国さんには資金援助くらいしか思いつかないなぁ」


「AIの強化、資金援助、日本支社の独立、いくつか相談可能なことはあるけど、どれも協力を得られたとしても信用に値するかどうか、決め手に欠けるわね。最低限、会って、ウェット化の有無を確認して――後は、直球勝負かな」

「直球勝負、って?」

「そ、漏洩の有無、漏洩先を直接聞くのよ」


 驚きを見せる英彦に、そんなところかしらね、と奈美は1つ頷くと、身を翻して支社長室の扉を開けた。

「さ、これから出張の準備で忙しくなるわね。今日はもう食事にしましょう。――イザナミが御馳走を作って待っている筈だから」




※1 本作では、一部、国名を変えています。周辺国の地図はこちら↓

https://kakuyomu.jp/my/news/16818023212437545534


※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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