第04話 ヒコボシ教化

―ヒコボシ教化―


 前日のヒメノの提案により、今日はヒコボシ教化の前にランチをすることになった。

 場所は、研究室から歩いて10分程のイタリアン。


 昨日のコントロールルームの4名に加え、研究室のリーダー七瀬光女史、学生アルバイトの五十音未久を加えた総勢6名がテーブルを囲んでいた。

 各自の注文を英彦がとり纏めて店員に伝える。


 注文を待つ間、改めてひと通り自己紹介を終えて、女性陣の関心がヒメノに集まる中、七瀬女史がヒメノに質問を投げた。

「白石さんは横須賀には何度か?」

「いいえ、今回が初めてです」

「あら、じゃぁ横須賀グルメも未だ? 聞いたこと無いかな? 軍艦バーガーとか、グングンカレーとか」

「残念ながら、どれも未だなんです」

「あら、それは残念。誰かさんに連れてってもらわないとねぇ。だそうよ、聞いてる? 香春君」

「はぃ?」

 突然の無茶振りに反応が出来ない英彦。

「そのうちよろしくお願いしますね。香春さん」

 と、笑顔を向けるヒメノ。


「実は、グングンカレーは食べたことあるんですけど、軍艦バーガーは1人で食べられる量じゃ無いので、僕も食べたこと無くて……。でも、そうですね、そのうちに」

 英彦は苦笑しながら曖昧な頷きを返す。

「そんなに量が多いのですか?」

「量と言うか、多階層ハンバーガーなので、高さがこんななんです」

 ヒメノの疑問に、英彦はジェスチャーで応える。

「まぁ、どうやって食べるのでしょう?」

 英彦に素直な疑問を投げるヒメノ。英彦は経験者と思しき七瀬女史に期待の目を向ける。


「そういうのは、2人で行った時にワイワイやるから面白いのよ。予備知識持って行くなんてもったいない」

「え? みなさんは食べたことあるんですか?」


 テーブルを見回す英彦。

「観光スポットですから、遠くからお友達が来た時とかに使いますよ」

 とは五十音ちゃん。九条女史も四方ちゃんもウンウンと当然とでも言う頷きを見せる。

「こんなですよ! 3段とか4段とか、どんなにギューって圧縮してもひと口でかぶりつけませんよね?」

「どうして、ひと口でかぶりつかなきゃいけないの?」

 と、九条女史。

「バラして食べたらハンバーガーじゃ無くなる感じがしませんか?」

 食い下がる英彦。

「相手は軍艦バーガーですから」

 四方ちゃんは、暗に軍艦バーガーはハンバーガーとは別物だと断言したようなものだ。


「香春さんは、いつも多階層フィードバックに取り組んでらっしゃるから、きっと、多階層のものを串刺しにするのがお好きなのですね」

 ヒメノが英彦の嗜好をひと言で看破する。

「それは、もう職業病だわ」

 九条女史が可哀想にという表情で英彦を見る。他のメンバーも賛同の頷きを見せる。

 なぜ、軍艦バーガーの話で、ここまで憐みの目で見られるのだ? と英彦が世の不条理を感じて憮然としていたところに、お待たせしました、と料理が運ばれてきた。



「――こういう大人数は久し振りですね」

 と、四方ちゃん。

「テーブルにお皿がいっぱい並ぶのはテンション上がりますね」

 と、五十音ちゃんが乗っかる。

「さて、みんな料理来たわね。では始めましょうか。光さん、ここはひとつお言葉を」

 九条女史が場を仕切りつつ先輩を立てる。


 七瀬女史は水のグラスを持ち、ゆっくり皆を見回して話し始める。

「みんなのおかげで、沖ノ鳥島ツアーの準備も先が見えてきたわ。サキモリは最終試験中で来月中旬納品。タナバタは12機のうち8機が完成。来月末には小笠原からの光ケーブル敷設も完了する見込みよ。まだまだ、AIの実装テストとか、やる事は残っているけど、残り2か月、しっかり乗り切っていきましょう!――それでは、いただきまーす」

 いただきまーす、の掛け声とともに、水のグラスを乾杯の要領で掲げ、皆が合わせた。

 ヒメノも周りを見ながら追っ掛けて調子を合わせる。その様子を見ていた英彦は、ヒメノから笑顔を向けられて思わず頷きを返した。


「ところで、白石さんは今どんな仕事してるの?」

 九条女史が興味津々という顔をヒメノに向ける。

「アンドロイドのAIの開発をしています。と言っても、回路とかアルゴリズムではなくて感情表現のデザインとかですけど」

「サポロイド社ってハニーロイドの会社ですよね」

 四方ちゃんが話を広げに掛かる。


「はい。ハニーロイドはコーヒーショップチェーンの商標なので、社ではソフトロイドって呼んでいます。今は、漫画みたいに極端な表情しか出せなくて。もっともっと人間らしく出来ないかなあ、と思っているんです」

「確かにいくら精巧に出来ていても、まだ人形っぽいもんね」

 九条女史が頷く。

「大学は何処だったんですか?」

 とは五十音ちゃん。

「華連の大学に通っていたのですが、事情があって中退することになって。それから暫くは母と華東にいました。日本支社が出来てからは、日本で母を手伝っています。母はサポロイド日本支社の支社長なんです」

 なんと、社長令嬢ですか、とメモを書く仕草でキャラ属性を上書きする四方ちゃん。


「それで、今彼氏いるんですか?」

 さりげなく五十音ちゃんが切り込む。

「昔、大学時代にちょっとだけ。今はいません」

「おいおい、香春くーん、チャンスだぞお」

 英彦とは反対方向に向かって、九条女史がジェスチャー交じりに茶々を入れる。

 苦笑いの英彦。ちらりとヒメノを見るが、寂しいことに特に反応は無い。

 英彦いじりがひと山超えた九条女史達4人の話題は華東グルメに移っていった。



 賑わう様子を見ていた七瀬女史。視線を正面の英彦に向ける。

「どうかしたの? ――難しい顔して。らしくないわね」

 と、七瀬女史。


 昨日の奈美の話を引きずる英彦。フォークを置いて、ひと口水を飲んで切り出した。

「昨日ある人から、僕の研究は危険だと言われました……」

 ああ、と合点のいった顔の七瀬女史。

「支社長の白石さんね」

「七瀬さんは会ったことあるんですか?」

「私は直接の面識は無いけど、伊崎さんから白石さんとは古い知り合いだと聞いたことがあるわ」


「――七瀬さんは今、世の中は戦争中だと思いますか?」

「また、いきなり平穏な日常を吹き飛ばす、ぶっ飛んだ質問ね!」

 あまりの突拍子のなさに苦笑する七瀬女史。

 ひと息笑った後、すっと笑みを静めて語り始めた。


「仕事においては、戦争とまでは行かなくても資源争奪競争という意識はあるわよ。レアメタルやメタンハイドレート。日本の海底資源は未開発の宝の山だし。だから、領海ぎりぎりの島々は、縄張り争いの格好の戦場とも言えるわね」


 これ大事なことよ、という眼差しで英彦の目を見て続ける。

「実効支配って聞いたことあるでしょ? そこが固有の領土だと日本だけがいくら主張しても、口先だけでは維持出来ない。実効支配が重要。――伊崎さんの受け売りだけど」

 しかも、と人差し指を立てて、

「口先だけのままだと、勝手に島に上陸して小屋を建てちゃう国もあるし。漁船の遭難に見せかけて民間人を装った軍人を上陸させるとか、使えない空母をぶつけてきて居座っちゃうなんてことも考えられるわ」

 と、煽りを挟む七瀬女史。

 そんなことが? と英彦の顔に驚きが浮かぶ。


「だから西は、屋久島、奄美大島、沖縄、石垣島、尖閣まで来てて、いずれは与那国島。南は八丈島、小笠原諸島と少しずつ南下して、漸く沖ノ鳥島なの。先々は東の南鳥島かな」

 伊崎研究室のこれまでの活動は、純粋な学問的研究が目的では無く実行支配を狙ったものだったということか?


 もやもやとした思いが顔に出る英彦。

「全然詳しくないですけど、そんな不法侵入とか不法占拠って国際法違反じゃないんですか?」

「不法かどうかは、決まったものじゃないのよ。世界がどう見るか次第」


 大人になりなさい、坊や。と言わんばかりに英彦を見詰め、七瀬女史は続ける。

「沖ノ鳥島は島ではなく岩礁に過ぎないという主張もあるくらいよ。そんな勝手な主張でも、世界中で何年にも渡って吹聴されれば、いつの間にか世界が見方を変えてしまうってことも有り得るの。実際、でっちあげの虐殺事件が如何にも事実かのように広められた歴史もあるしね」


「そんな言ったもん勝ちな世界なんですか?」

「軍隊を使うにはお金が掛かるし、国民の命も危険に晒すから、武力行使による略奪は膨大なコストがかかるうえに、やったとしても国際世論の反発がある。それに比べて、民間人を装った工作と、政治プロパガンダやマスコミの印象操作だけで、なし崩し的に領土が奪えるなら安いものよね」


 伊崎研究室が追い掛けている夢は、単なる技術者の夢ではなく、大人の理屈や世界の現実の中で揉まれながらも、国を思う日本人としての夢であることが、英彦にも理解出来た。

 伊崎教授は、それを一歩ずつ現実にしてきたのだ。


「それで、サキモリを置くことで実効支配を確立するということですか」

「その通り」

「だとしたら、サキモリってネーミングはカッコ良すぎですね」

「ふふっ。ありがと。私が付けたの」


 しかし、それにしてもなぜ、そんな大きな荷物を背負うのか? と、英彦は世の不条理を感じて抵抗を見せる。

「でも、それって、国を守るということですよね。大学の研究室がやる仕事ですか?」

「日本では、国を守るために政府が直接行動するとマスコミなどの反発を招くことが多いのよ。先の戦争のトラウマからなかなか抜け出せない。だから、民間にしか出来ないことも多いと思うの」

 再び、英彦の脳内は多階層フィードバックによる再評価が始まるのであった。

 ヒメノは、九条女史達3人と楽しそうに会話をしながら、そんな英彦の様子を横目で見て微かに口元を緩めていた。



 料理の皿が下げられて、コーヒー、紅茶が出された。

 腹が満たされて少し現実に帰った四方ちゃんが、九条女史に問い掛ける。

「そう言えば、師匠、ツアーには誰が行くんですか?」

「光さんと私は、お互い旦那が『ふかみ丸』の乗組員だから、ふたりして子供を置いて参加するのは無理だわ。それに、あなた達も男臭い船で1週間近く過ごすのは抵抗あるでしょう?」

 女子大生2人が頷く。

「つ・ま・り」

 3人は英彦を見る。

 そういうこと、と九条女史は女子大生2人と共同戦線を張る。

「私達は、香春君を手懐けるために、打てる手は何でも打つ!」


 3人は今度はヒメノに目を向ける。

「はい?」

「白石さん、この前、タナバタのシミュレーション面白そうに見てたでしょ」

 前のめりで勧誘にかかる九条女史。

「え、えぇ」

 小さく頷くヒメノ。

「もし良かったら、AIの最終調整手伝ってもらえないかなぁ、って思って」

「――待って下さいよ九条さん、それは白石さんの都合も聞かないと」

 英彦が遠くから口を挟む。

「あら、香春さん、名前で呼んで頂けるのではなかったのですか?」

 ヒメノはキっとした目で問う。


 ざわつくメンバー達。七瀬女史も目を見開いている。

「ちょっとそれどういうこと? もう口説いたの?」

 英彦とヒメノのやりとりに九条女史が突っ込む。

「も、もうって、未だですよ」

「じゃそのうち口説くんだ?」

「いえいえ……」

「じゃずっと口説かないの? 今後一生、口説かないの? ほんとに?」

「――いやその……」

「こんないい子を口説かないのは男としてどうだか。そんな香春君見たくなーい」

 いやいやと手を振る九条女史。

「この前サポロイドにお邪魔した時は白石さんが2人いたから下の名前で区別しなきゃいけなくなったんですよ」

「でも、せっかく距離が縮まったのに寂しいですよね?」

 四方ちゃんの追い打ち。

「じゃぁ、私はヒメノンって呼ばせてもらってもいいですか? 年下ですけど」

 五十音ちゃんが逃げ道を塞ぐ。

「もちろんです。嬉しいです」

「ヒメノン決定」

 九条女史が結論を下す。

「で、香春君はどうするの?」

「――ヒメノ……ちゃん?」

 九条女史の威圧を受け、上目遣いで反応を伺う英彦。

「はい!」

 笑顔で返事を返すヒメノ。

 はぁ、なんで疑問形なんだよ。と九条女史が額に手を当てながら肩を落として小さくボヤく。


「ふぅ。どうやら一件落着ね。――そろそろ戻りましょうか」

 七瀬女史が閉会宣言。

「すみませーん。チェックお願いします。香春君、あなたの弟子とヒメノンの分はお願いね。私は私の弟子達の分を払うから」

「えぇ、いいんですかぁ、光さん。私までご馳走になっちゃって」

 もじもじしながら媚びる九条女史。

「ご馳走さまですぅ」

 合掌する四方ちゃん。


   *   *   *


 コントロールルームは、英彦とヒメノの貸し切り状態だった。

「さて、始めようか。しら……じゃなくてヒメノちゃん。これから、100人調査でモニターに見せた映像とモニターの反応の映像、それと脈拍のデータをヒコボシに食わせるから、横で見ていてね」

 ヒメノの呼び方を変えたため、英彦の口調全体が砕けた感じに変わった。表情も柔らかくなっている。


「ヒコボシ、改めて紹介するよ。暫く研究を見学することになったヒメノちゃんだ」

 英彦が手でヒメノを案内すると、ヒコボシのカメラがヒメノを捉えた。

 画面には、ヒメノの映像に『姫野?、姫乃?、ヒメノ?、ひめの?』の吹き出しが付く。

「カタカナのヒメノだよ」

 吹き出しが『ヒメノ』に固定される。

『よろしくお願いします。ヒメノさん』

 と、ヒコボシ。

「よろしくお願いします。ヒコボシ君」

 ヒメノも挨拶を返す。


「ヒコボシ、インポート始めるぞ」

 コンソールからインポートの指示を行うと、ヒコボシの画面が2分割されて、モニターに見せた映像、モニターの反応が映る。脈拍は右上に表示されている。


 行くよ! と掛け声とともにインポートを始めると、両方の動画に吹き出しのようなものが付く。ビル、人、車、など一般名詞が吹き出しに出ており、画面の動きとともに吹き出しも動く。

 ヒコボシは、モニターの話の中にわからないものがあれば、画面を一時停止して聞いてくる。それに英彦が口頭で答えると、ヒコボシは関連しそうな記事やSNSのコンテンツを探してきては、関連付けを確認する。


 つまり、モニターの話と表情を梃子にして、ヒコボシの辞書の知識と人々の感情表現を関連付けするのが、ヒコボシ教化という作業であった。

 ヒメノはモニターの表情を真剣に見ていて、飽きたような気配は無い。時折、合間に目薬タイムと言っては目薬を注す程度だ。

 モニターの表情を見ながら、同じような喜怒哀楽の表情を浮かべる様子は、英彦も眺めていて飽きなかった。


 3ケース消化した時には、4時間が経っていた。

「ふぅ。100人調査は今日はこれくらいにしよう」

「私なら、まだ大丈夫ですよ?」

「ああ、だけど今日はこっちも試したくてね」

 と、英彦は割り箸と輪ゴムで作った台とトランプを取り出した。


「あ、もしかして、カードゲームですか?」

「昨日、ヒメノちゃんに言われて、急遽午前中に拵えました」

「素晴らしいです」

「ヒコボシ、ポーカーは知ってるか?」

『カードゲームの一種ですね。ルールは知っています』

「じゃぁ、3人で一緒にやろう」


 ヒコボシのカメラの前に、割り箸台を立てて、配ったカードを1枚ずつ差し込んでいく。

「最初は練習な。――ヒコボシはディスプレイにカメラの情報を映してくれ」

 ヒコボシから見て、左端が1番、右端が5番。チェンジする時は、ヒコボシは番号を言う。英彦は番号のカードを抜いて、新しいカードを立てる。

「カードは読み取れているようだな――ベットするか?」

『ベットします』

「僕もベット」

「私もベット」

「じゃぁ、オープン!」

 英彦は、10のワンペア、ヒメノはAのワンペア。ヒコボシは、2のスリーカード。

『勝ちました』

 と、ヒコボシ。

「はい、練習終了。ディスプレイ戻して」

 始める前に、と英彦はヒコボシにひと言指示をする。

「ヒコボシ。ポーカーは相手の手がどういう手か、表情を見て評価し、ベットするかどうかを判断するゲームだ」

『はい、そう理解しています』

「お前が見た映像は、後で評価するから記録しておくこと」

『了解しました』

「OK。じゃあ、始めよう」


 10回戦のうち、ヒコボシ3勝、ヒメノ3勝、英彦は4勝だった。

「いやあ、割と均等な結果だね」

「ヒコボシ君の顔色がわからないのはずるいと思います」

 と、ヒメノは不機嫌そうな声を出す。

「画面に笑った顔とか困った顔を出すことは出来るけど、逆に騙されるかもしれないよ」

「それはそうですけど」

「勝負は時の運とも言うし、これはヒコボシ教化の実験だから。それより、ヒコボシのパラメーターを確認しよう。――ヒコボシ、プレイバックだ」


 1戦目からのヒコボシの手の状況、パラメーターの状況が次々と映し出される。

「初手からスリーカード?! ヒコボシの期待値が高くなっている。この時は、ヒメノちゃんがフルハウスだったよね。――お、結果を見た時に落ち込んでる」

 ヒコボシの反応は想定通りの動きをしている。


「期待とのギャップが生じて、知識欲のパラメーターが高くなってますね」

 ヒメノが指摘する。

「この欲求を満たすためには、さらなる経験が必要ですよね。これが、またゲームをしたいという欲求に繋がるということでしょうか?」

「経験が少ないうちは知識欲=経験欲だと思うけど、十分に経験が蓄積されたら、限界効用が逓減すると思うんだ」

「飽きちゃうわけですね」

「そうだね。でも、個別の経験に対する知識欲とは別の次元の経験とかメタ化情報の知識欲に目標が移れば飽きずに済むかもしれない」


「例えば?」

「例えば、コインが増えれば幸せが増えるという因果関係が何処かで生じれば、ベットの仕方も変化する可能性はあると思う。ここぞという時に大きく張るとか、ね」

「メタ化した因果関係の上位の階層で、新たな知識欲が生まれるということですね」

「そう。上位の因果関係を個々に設定するという教化方法もあるとは思うんだけど、そういうのはヒコボシに自分で学習して欲しいんだ」


「確かに、管理者が具体的に因果関係を設定して教化するよりも、AI自身が発見することで因果関係が形成される方が、安定するような気がします」

「そうだね。個別具体的に因果関係を設定した場合は、その因果関係の問題領域を超えて影響することは無いんだけど、自身で発見する場合は、メタ化した次元で領域を制限せずに因果関係が形成されるから、影響範囲は広くなるだろうね」

「すそ野が広がるってことですね」

「その通り」

 そう言ってヒメノに頷いた英彦は、よっし、今日はこれでおしまい、と手を合わせた。


「お疲れ様でした。ヒメノちゃん」

「香春さんもお疲れ様でした」

「ひと通りやってみてどうだった?」

 ヒメノは、目を見開いて、面白い! という表情を作り、

「と、て、も、面白かったです!」

 と言って微笑んだ。一瞬虚を突かれた表情を浮かべた英彦だったが、良かった、と心底ほっとしたような笑顔を見せた。

「なんか、そういう香春さんの笑顔が見れて私も嬉しいです。昨日から、多階層フィードバックの連続だったのでしょう? なんだか、とても思い詰めたような顔してらしたから……」

 この娘はエスパーか? と英彦は舌を巻いた。



※この物語はフィクションです。登場する人物名、団体名は架空のものです。

 また、作品中に出てくるAIの構造や機能、ならびに幹細胞工学や海洋開発の技術

 は、物語の前提として考察したものであり、必ずしも科学的事実に基づくものでは

 ありません。

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