03 悟
恵梨香、入学おめでとう。あの手足ならもう問題ないよ。で、入学式は退屈だったか。そうだろうな。ん? それ……全部貰ってきたのか。恵梨香は断るの下手そうだもんな。どれどれ、何のサークルがあるんだ? バドミントン、サッカー、茶道、ダンス、映画鑑賞……恵梨香、本当に色んなビラ貰ってきたな。
へえ? 軽音サークルに? 叔父さん、そこまで真似されるとちょっとこそばゆいな。まあ、とりあえず見学してみて、新歓コンパでおごってもらうといい。新入生は無料のところが多いぞ。酒をすすめてくる奴には用心しろよ。
で、何の楽器するんだ。……ボーカルか。恵梨香は小さいときから歌が好きだったもんな。好きな歌手は? おっ、プレイリスト見せてくれるのか。どれどれ。
……うーん、叔父さんがわからない人ばっかりだ。さすがに二十歳以上離れてると、音楽の趣味も合わないよな。まあ、同世代で集まると、盛り上がれると思うぞ。大学とはそういう場所だ。叔父さんも楽しかったな。
一番仲の良かった同級生で、
叔父さんの通っていた大学には、スタジオが無くてな。大学近くの外部のスタジオで練習していたんだ。深夜割引が効くところもあった。夜の十一時から、翌日の五時まで借りれたんだ。悟とは、二人でよく深夜のスタジオに入っていた。
あれは夏の蒸し暑い夜だった。スタジオにはクーラーがなくてな。ドラムの近くに小さな扇風機があったんだが、そんなのじゃあ気休めにもならなかった。どうせ男同士だ。叔父さんは上半身裸で悟と練習していたよ。
夜中の三時頃だった。スタジオの外に喫煙所があったから、休憩がてら悟と吸いに行ったんだよ。そしたら、先客がいた。金髪の若い男だった。スタジオは何部屋かあったから、他の部屋を借りているバンドマンだと叔父さんは思った。
叔父さんと悟は、そいつを無視して話を始めた。悟が付き合っていた女の子の話だ。どうやらその子は、悟が叔父さんと過ごす時間の方が長いって嫉妬していたらしくてよ。機嫌を取るのが大変だ、とかまあ、そんな話をしていた。
金髪の男は、タバコを吸い終わっても、まだそこに突っ立っていた。変だなとは思ったさ。二本目を取り出す気配もないし。もしかして、叔父さんが覚えていないだけで、向こうは面識があるのかな、とそこまで考えたときだ。
男が悟にぼそっと耳打ちして、スタスタ去って行ったんだよ。叔父さんは呆然としていた。もっと衝撃を受けていたのはもちろん悟だった。何言われたんだ、って聞くと、クビ、とだけ言われた、なんて言うんだよ。
連想するのは、身体の部位の首だわな。悟は自分の首をさすった。奴は洋楽バンドのTシャツを着ていてな。襟ぐりから覗くそれを見ると、赤い手形がついていたんだよ。叔父さんは、それを言うべきかどうかちょっとだけ迷った。
でも、言うことにしてな。悟をトイレに連れて行った。鏡の前に立つと、悟は情けない叫び声をあげた。まあ当然だよな。それからガクガク震え出して、叔父さん、思わず悟を抱き締めた。気持ち悪いなんて言うなよ。そうしてやるのが一番だと考えたんだ。
なだめすかして、とりあえず部屋に戻った。練習する気なんて起きなかったよ。悟は床に三角座りをして、涙を流し始めた。叔父さんも隣に座った。あの金髪の男に耳打ちされるまでは、悟の首に手形なんてなかったはずなんだ。でも、その男がつけたわけでもなかった。どうしようかと思ったよ。
もう切り上げて、叔父さんの部屋に行くことになった。念のため、スタジオの受付の人に、他に借りている人は居ないか聞いてみた。もう一度あの男に会えれば何かわかるかもしれないと思ってな。
でも、その夜は叔父さんたち以外は借りていないって言われたよ。あの喫煙所に、あんな時間に、わざわざ来るような奴なんて、スタジオを借りてなきゃ居ないはずなのにな。叔父さんも段々参ってきてな。でも、悟の方が不安がっている。勇気づけてやらなくちゃと思った。
悟についた手形はしばらく消えなかった。それで、叔父さんの部屋に泊めてたんだ。夏だし、首を隠せないから、大学にも行けなくてな。風呂にも二人で入ったよ。悟があまりにこわがるもんだから。
それでだ。叔父さんと悟ができてるって、彼女さんに誤解されてよ。あれを解く方が大変だったなぁ……。もう、凄い剣幕でさ。男が好きなら最初からそう言えばいいでしょ、って悟に詰め寄るんだよ。悟も、彼女の方がこわいってなっちまって。
あれから二人は結婚したよ。もう、年賀状も届かなくなったけどな。子供も生まれて、幸せにやってるみたいだ。
ああ、悪かったな。また叔父さんばかり話して。ん? そうか。それならよかった。恵梨香はいい子だな。この歳になるとよ、どうにも語りたくなるんだわ。また、叔父さんの話聞いてくれよ。もちろん、恵梨香の話も聞くぞ。大学生活、楽しみだな。
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