02 洋二
おう、恵梨香。早く入れ。こわかっただろう。何か飲むか。紅茶にしとくか。うん。うん。まあ座れよ。
それで、見えたのは女の手と足か。身体と首は無かったんだな。厄介なやつかもしれない。まさか叔父さんも、引っ越して一日目に恵梨香がそんな目に遭ってるとは思わなかったよ。大学が始まる前で良かったな。どうだ、落ち着いたか。もう一度、話してみろ。
……寝てはいなかったんだな。うとうとしかけていたときか。ふむ。ぼおっと浮いてたんだな。どんな色だった? そうか。青白いやつといえば、叔父さんも出遭ったことがある。
叔父さんが軽音サークルに入ってたって話はしたろ。男ばかりで宅飲みしてたときだ。
それで、叔父さんが初めて洋二の部屋に行ったときなんだ。恵梨香と同じように、手と足だけのやつが出た。断面からどくどく血が流れていて、ポタポタ床に落ちていたんだが、叔父さん以外の誰にもそれは見えていなくて、みんな上機嫌で酔っぱらっていたんだよ。
叔父さんも飲んでたんだが、一気に酔いが覚めてよ。その手足から目が離せなくなった。あれは、洋二の部屋にずっといた奴だったんだろうな。洋二は感じない方の人間だったから、気付かず暮らしてたわけさ。
見ていると、手がすうっと洋二の肩を掴んでよ。足は洋二の腰にしがみついた。でも、洋二はベラベラと音楽の話を続けていたんだな。叔父さんが急に黙り込んだのにも気付いていないようだった。
叔父さんは考えた。試してみる価値はあると思った。猥談を始めたんだよ。まあ、恵梨香の手前、詳しいことまでは言わないぞ。さすがに姪っ子にそれをやっちゃあセクハラだ。ともかくえぐい話をした。男どもはゲラゲラ笑いながらそれぞれの体験談を順番に語り始めたよ。
すると、手足がぴくぴくと痙攣しはじめた。その手足も女みたいだったからな。三人目辺りで、耐えられなくなったのか、すうっと消えていった。叔父さん、上手くやったと思うぞ。酔っ払いたちは何も不思議に思っていなかったし、そういえば、この話するの、恵梨香が初めてだよ。
そうさ。洋二にはこのことを告げなかった。無駄にこわがらせたくもなかったしな。じきに洋二にも彼女ができて、半同棲するようになった。その後に洋二の部屋に行ったこともあるんだが、あの手足は現れなかった。
さて、恵梨香のところはどうするかな。一度、叔父さんが口説くよ。叔父さんが連れて帰って、それから追い払う。うん。そうしよう。タバコ、一本いいか。
……ふう。恵梨香も災難だったな。感じるばっかりに、こわい目に遭って。お父さんは全く感じないのにな。まあ、叔父さんの母さん、つまり恵梨香のお祖母ちゃんも感じる人だった。隔世遺伝ってやつだな。
今夜はここに泊まれ。来客用の布団ならあるんだ。恵梨香が泊まりに来ることもあるかもしれないと思って、この前干してシーツも洗っておいた。風呂も自由に使え。ドライヤーはないけどな。
あっ、着替えか。恵梨香、汗だくだもんな。ぶかぶかになると思うけど、Tシャツ貸すよ。ダサいとか言うなよ。叔父さん、バンドTシャツしか持ってないんだから。うん。今でも洋楽は好きだぞ。景気づけに何か流しながら寝るか。その方がこわくないだろう。
……えっ? その後? 聞くか。聞いちまうか。そう、洋二なんだがな。卒業前に、あの部屋で死んじまった。心筋梗塞だったか何だったか、病死で片付けられた。葬式にも行ったんだが、なぜか顔を拝むことができなかった。納棺のときも、布をかぶせられっぱなしでよ。
普通、花とか物とか入れるときは、布を取るんだ。故人との最後の対面ってな。でも、誰も何も言うことなく、布はそのままだった。それについて、一切話題にしないんだよ。叔父さんもさすがに聞けなかった。
叔父さんは、洋二の吸っていたタバコを入れたよ。あの世でもセブンスターの香りを漂わせているんだろうな。まあ、無事にあの世に行けていればの話なんだが。
さあ、洋二の話はこれで終わりだ。風呂入ってこい。脱衣所を覗いたりなんかしないから安心しろ。姪っ子を襲うほど飢えちゃいないさ。その間に布団、敷いておいてやる。
……いいけどよ。うん。叔父さんのベッドにくっつけて敷けばいいんだな。まあ、こわかったもんな。無理もないよ。小さい頃の恵梨香だったら、叔父さんが抱き締めて寝てやるんだけどな。恵梨香はもう、一人の立派な女性だ。そうされるのは、初めての彼氏のために取っておけ。
ごめんって。大丈夫、大学に行けば恵梨香もモテるよ。高校生で恋愛経験がないのは何も特殊なことじゃない。叔父さんだって、前に話した智子さんが初めての彼女だったんだからな。
ああ、でも、寂しいな。恵梨香に彼氏ができるの。彼氏ができたら、きっとそっちに頼るだろう? まあ、それまでは、頼れる大人として叔父さんがついていてやる。明日、恵梨香の部屋に行くよ。任せておけ。さっ、行ってこい。
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