第131話 ────

──カリル視点──


「料金は金貨1枚と銀貨29枚になります。」

「……わかった。」


高すぎるだろ。

いや、それを覚悟の上で有料席に入ったのだから後悔はもちろん、逆恨みも、値段交渉もしない。


「またの御来店をお待ちしております。」


恋人の行動を観察して、少しとはいえミナと体験もした。

もう用はない、こんな場所2度と来ないだろう。


帰り道、今日は久々に馬車を使わずに屋敷へと向かっている。


「料理は微妙だったが雰囲気は中々だったな。」

「ソウデスネ。」


値段を聞いてから固まってしまっているミナ、先程の喫茶店内でもあったが最近は硬くなっていることが増えたな。


何か悩みでもあるのだろうか?


「次はあの店ではなく、しっかり調べてから他の店に行くとしよう。

そうだな、次回はミナが決めてくれ。」

「これは夢ですか?!」


会話と言うには一方的すぎた話にやっと反応が返ってきた。


「急にどうした?」

「あの、えっと……そう!カリル様と出掛けられるのが楽しくて夢みたい、って……」

「そうか、それならよかった。」


私の行動は御世辞にも相手を楽しませるものではなかった。

今回の行動の殆どが恋人同士の行動に対する理解を深めるための行動であり、楽しむというより勉強の意味合いが強い行動だ。


1階にいた恋人達はそれぞれが楽しい話をして、楽しく交流しているのに、私とミナは勉強。

それなのにも関わらず楽しいと言ってくれるのは有り難い、やはり苦しいよりは、な?


「いつになるかはわからないが、今度時間を作ろう。」

「はい!楽しみにしています!」


約束をしてから、周囲を適当に見渡しながら上機嫌でリズムを取っているミナと横並びで歩く。


「〜〜♪」


この王都は建物一つ一つに特徴があるのにも関わらず、街並みを崩さず見事に調和している。もはや1つの芸術だ。

だが王都に住み始めた影響か綺麗な街並みに目を引かれなくなっており、今は楽しそうなミナに目を引かれる。


「ミナは将来の夢はあるのか?」

「〜〜♪夢ですか?」

「そうだ。ディカマン家にずっと仕えるでも構わないが、何かやってみたい事があるのなら支援しよう。」


ミナは努力家だ。

私と同年代で多少抜けている所はあるが基本的な使用人の仕事は完璧、お菓子作りもできて、今のリズムはズレることなく心地よかった。


何かを極めようとすればミナなら大成するはずだ。


「そうですね〜。

私は今後もカリル様のお近くで仕えるのが夢ですかね、使用人が抱いてはいけない感情かもしれませんが近くに居たいと思っております。」

「そうか。」


なんだろうか、この胸の痛みは。

私が感じているのは罪悪感と諦め、その対象は目の前で私に仕えるのが夢だと語ったミナ。


それがなぜ湧き出てきたのか考えようとすれば、他人に言い聞かされているように特定の言葉達が脳内に響く。


『ダメだ』『気づくな』

『お前はディカマン家の当主である』


そしてこの言葉は私の声で再生されていた。


「…………」

「カリル様?」

「まぁなんだ、これからも使用人として私を支えてほしい。」

「……はい、勿論です!」


『そうだ、それでいい。』


そう言ったあと声は聞こえなくなった。

残ったのは痛みが取れ、何がそんなに苦しかったのかすらわからない、不思議な感覚だけだ。


「そこそこ距離があったと思いましたが、意外とあっという間でしたね。」

「そうだな。」


不思議な感覚に違和感を覚えながら歩いていると、気づいた時には屋敷の目の前だった。


「カリル様申し訳ありません、私は少しやる事がございまして、ここで失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」

「わかった、今日はとても楽しい1日だった。」


ミナと離れ私は屋敷に入った。




──知っています 知っていました 気づいていました──




さて、夕飯まではまだ時間がある。

自室で図書室から持ってきた本を読んで時間を潰すとするか。


「あっ……お帰りなさい、兄様……」

「あぁただいま、調子はどうだ?」

「ぼちぼち、です……」


少しずつ、ほんの僅かな変化ではあるがマリアは屋敷を歩き回り使用人達と会話が出来るようになっていた。

使用人達の間でも頑張るマリアを見守り、話しかけられれば良い事があると噂にもなっているとか。


「あまり無理はしないように気をつけてな。」

「うん、頑張る……」

『フッ!』

「フーちゃんもマリアを支えてやってくれ。」


そしてついに繋がりの欠片すらも感じ取れなくなったフグ。

軽く触れても繋がっていた形跡もなく、完全に私の制御下から外れている。命令が生きているかも不明なのだが、敵対する気配はなくマリアにもよく懐いているので放置している。


というか放置するしかない。


「ではまた夕飯の時に。」

「はい、また……」


マリアは前髪を伸ばし少し俯いているせいで暗めの印象を与えてしまっているが、1番酷かった時に比べれば今はかなり良くなった方だ。


このまま問題が起きなければ人が少ない時間帯なら外を歩くことも可能になるだろう。

だが外に出る前に能力を制御する訓練をしなくちゃいけない、訓練メニューも考えなくては……

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