第128話 雰囲気料
私とミナの間にどことなく変な空気が流れている、気まずさとはまた違う言葉での説明が難しい空気だ。
「入るぞ。」
「……!」コクコク
未だに顔を見せてくれない、私は何かしてしまったのだろうか……
カランカラン
パーティー会場かと思うほど大きな喫茶店へと入る。
中はかなり混んでいたが、あまり騒がしくはなく甘い独特の雰囲気が漂っていた。
「いらっしゃいませ、お二人様でよろしいでしょうか?」
「あぁ、2人だ。」
「現在少々混み合っておりまして、2名用の席でもよろしいでしょうか?」
「いや、有料席で頼む。」
「かしこまりました、では案内いたします。」
階段を登り2階へ、そして1つの個室へ案内された。
ゆったり座れる椅子と大きめな机、その椅子に座った場所から見える景色は窓の外と反対側の人が多い1階、1階天井部分がくり抜かれており人の動きや流れがよく見える。
「注文がお決まりになりましたらこちらの魔道具にご記入頂ければキッチンに直接伝わります。
それでは、ごゆっくり。」
店員はそう言って部屋を出た。
「ミナ。」
「……」
「おーい。」
「「…………」」
ダメだな。
幸いな事に時間はそれなりにある、適当に飲み物と軽食を頼んでミナの復帰を待とう。
さりげなくミナを誘導して椅子へと座ってもらい、私も正面から向き合うような位置に座る。
「紅茶、軽食としてサンドイッチ。
ミナの飲み物も頼んでおくか。」
メニュー表から無難な物を選び記入する。
流石に『フィッシュ・ブレッド・フィッシュ』『ホテトポテト』『恋するマカロンと失恋マカロン』『2人で飲もう!メガジュース』など、少々危ない香りがするメニューが沢山ある中で初めてで挑戦するのは避けたい。
「さて……」
机に肘を付き一階を眺める。
普段なら絶対にしない体勢だが偶には楽に座っても良いだろう。
「普通の恋人……」
執着した過去があるから私も普通の恋という物を見てみたい気持ちがある。
噂通り、この喫茶店には多くの恋仲の男女が来ており、教材には困らなそうだ。
顔を赤くしながら大きめの容器に入った飲み物をストローで同時に飲む男女、横並びに座りながらくっつき幸せそうに目を閉じる男女、フォークで相手の口元へケーキを運び恥ずかしそうに食べる男女。
「これが恋人か。」
理解出来るような、出来ないよな……
ただ1つだけわかるのは、お互いがお互いを想い合っているということ。知識の私のような執着も僅かにあるようだが、それはあくまでも相手を尊重した上での想いだ。
「お待たせ致しました。」
そのまま観察していると、軽いノックをして店員が注文した品を持って入ってきた。
「失礼致します。」
店員に感謝を述べるでもなく、私は机の上に置かれた品を見て固まってしまっていた。
「少なっ。」
最高級の食材を使う高級店なら許される量の少なさ。間違いなくこの喫茶店程度で許される量ではない。
嫌な予感がしサンドイッチを手に取り食べる。
「……」
量はともかく味についてあまり文句を言いたくは無いが言わせてくれ、値段と味が合ってない。
「私の舌が肥えているだけか?」
王都で生活を始めてから紅茶は王城から送られてくる最高級品、食材に関してもそれなりの品を食べている。
もしかしたら普通に美味しいのかもしれない、私からすれば明らかに割高だとしても他の者にとっては値段だけの価値がある……と信じたい。
「ちょっと食べてみてくれないか?」
「……?」
復活とまではいかないが顔を隠さなくても過ごせるようになってたミナにもサンドイッチを食べてもらう。
「いただきます。」
皿をミナの方へと近づけると、ちょっと残念そうな雰囲気を出しながらも食べた。
「美味しいか?」
「……ん?」
「よし、その反応を見ればわかる、答えなくても大丈夫だ。」
なんとも言えない表情に変わったミナを見て、私が正常だったとわかった。
恋人同士に人気の喫茶店、どちらかというと喫茶店より『恋人同士に人気』という部分の値段なのだろう。
恋人と良い雰囲気になるための料金、すなわち雰囲気料だ。
「まぁ勉強代だ、せっかく有料席も借りた訳だし好きな物を頼むと良い。」
「あ、ありがとうございましゅ。」
「なぜそんなに緊張しているのかわからないが、気楽に行こう。」
私達が微妙すぎるサンドイッチに目を向けていた間、1階に居た者達が少し変わったが恋人同士がやっている事はあまり変わっていない。
「よく見ておくといい、あれが恋人の行動らしいぞ。」
「ん?はい?」
「誰も縛っていないだろ?」
「……はい。え?」
目が点になっているが、本当にわかっているのだろうか。
「もしかしてなのですが、此処に来たのは恋仲の男女が縛っていないことを私に教えるために?」
「まぁ、概ねそうだな。」
「あぅ、ぁぁぁぁ……」
「なんでだ……」
また顔を赤くして俯いてしまった。
「むゔぅぅゔ!!」
しかも今回は少し悪化していた。
「何か甘い物でも食べるか?」
「ぅぅぅ……!」
困った私は魔道具に女性の好きな甘い物、と書き込んだのだった。
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