第111話 問う

「──挨拶は以上となりますが、この場をお借りして1つ皆様に問いたい事があります。」


一瞬にも、数時間にも感じられたカリル様の素晴らしい代表挨拶の後、カリル様の雰囲気の変わった。

教師席の人達と壇上の端に立ってる司会の人が目を点にしてます、予定には無かったのかな?


「少数の犠牲を許容し秩序を保つか、その少数を救う為に秩序を壊すか。」


んん?


「その少数は秩序を脅かす者、秩序を保つために犠牲になった者、善悪問わずただ犠牲になります。

犠牲により保たれる秩序は決して良い事だけではありません、そして大多数の者達は平和に生を終えることができます。」


私には理解するのに時間がかかりそうな、難しそうな話をしています。


きっと他の人達も……いや、見た感じですが意外と教師陣と上級生の方々は少しですが理解できてそうです!

待って理解かな?いや想像?


……頭がこんがらがってきました。


「しかしその秩序のために犠牲になる少数はとても目立ちます。

同情する者も居るでしょう、助けるために行動する者も居るでしょう。そんな行動は秩序を乱し破壊しますが、少数は助かります。」


秩序を乱す……


「ただ秩序が無くなれば、結果的に秩序に守られていた者の多くに犠牲が出るかもしれません。」


なんとなくですが、初めての王都で見た盗みをした子供と助けた男の人、その人達のことを言っているような気がします。


「この問いに答えはありません、ですが少し考えてみて欲しい、そして自らの行動の先を想像していただきたい。

……長くなってしまいましたがこれで終わりとさせていただきます。」

「……えっ、あぁ素晴らしい代表挨拶でした。

次に学長による締めの挨拶になります。」


カリル様が壇上から降り、私に魔道具を長々と解説してくれたヤバイ学長が登りました。


「…………」


なんだか悩んでいそうな気配?


「カリル・ディカマン君、最後の問いはとても素晴らしい物だと感じました。

この世界のあらゆる物事について犠牲の出ない方法など無いと私は考えています、それが大きいか小さいか、ただそれだけの違い。」


話している学長は眼を開き圧を与える鋭い視線で会場全体を見渡しました。


怖い……


恐怖を感じてるのは私だけでは無いようで、隣の席の人が震えてるのがわかります。


「そんな私ですが質問に答えるとすれば私はどちらでもありません。」


どちらでも無いとは?


「この質問は、権力や地位に固執していない人間にはどちらでもいい質問です。

私なんて研究さえ出来れば他の事はどうでも良いと思っている、秩序を保とうとしようが、秩序の犠牲を助けようが、秩序が壊されようが、私にはどうでも良い事なのです。」


私にはさっぱりわからない感性ですが、教師席に座る人の半分ぐらいが同意と言わんばかりに頭を振ってます。


「ですが新入生諸君等のように、権力や地位を持つ者や持たなくても憧れる者にとっては意味がある質問です。

今一度、自身の行動を振り返る良い機会にもなるでしょう。」


自らの行動を、か。


「さて、たまには違う入学式も良いものですね、新たな経験ができましたよ。

最後になりますが皆さん入学おめでとうございます。以上。」


なんか、司会の人心なしが涙目に見える、学長の話も予定と違ったんだな。


「あっ、ありがとうございました。

素晴らしい締めの挨拶となりました……」


「「「……」」」


がんばれ司会さん!

この後に何があるのか知らないけど、みんなカリル様の質問に学長が答えたことで集中して考えてるから会場の空気が無、どうにかして頑張って!


「「「……」」」

「……もう解散!これにて入学式を終わります!」


えぇぇ……




ーーーーー


「……もう解散!これにて──」


正直、司会には悪い事をしたと思っている。


「可哀想に、あの方は来年度の司会を受けて下さらないでしょうね。」


他人事みたいに言っているが、トドメを刺したのは学長だ。


「そんな事よりダメじゃないですかディカマン君、あの質問では理解できる者の方が少ないですよ。」

「……しかし、あまり直接的に言ってしまっては学院には相応しくありませんよ。」

「それはそうですね。

建前上は貴族、平民関係無いのが学院ですからね。」


真の意味で関係無いなら王国の貴族が入学必須になる訳がないし、私がした挨拶も成績優秀者が行っているだろう。


「ですが私は言って欲しかったですね。

多くの貴族によって保たれている王国を選ぶか、一部の貴族に虐げられている者を助けるために王国を滅ぼすか、とね。」


私の抽象的すぎる例えの意味を学長のようにしっかりと理解できた者はどれだけ居るだろうか。

まだ若い新入生ならともかく、それなりに経験を積んだ教師陣、若くも王国の未来を背負う貴族の跡継ぎには理解して欲しいとは思う。


「言って許されましたか?」

「私が許しますよ。」

「学長ではなく……いえ、なんでもありません。」


私が想像した相手は、壇上から見渡したときに何故か新入生の席にいた主人公と元婚約者。

面倒な繋がりがありそうな主人公ならともかく、本来なら居るはずが無かった元婚約者が居るのはなんとなく予想していた。


理由は単純、公爵家を潰す程度の事より優先度の高い弱体化の原因を探る必要があったからだ。


「やはり、ディカマン君は別の視点で私達を見ていますね。」

「よくわかりませんが、御不快に思われたのなら謝罪いたします。」

「いえいえ、逆に興味が湧きました。」


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