第110話 入学式
「学長!お待ちおりましたよ!」
「えぇ、お待たせして申し訳ありません。」
何処かデジャブを感じる会話が会場の直ぐ前、私の目の前で繰り広げられている。
「早くしてください学長!時間が無いんですよ!」
「まぁまぁとりあえずは落ち着いて、そんな大声を出しては会場にも聞こえてしまいますよ?」
学長を待っていた女性は教師だろうか?
式が遅れそうで焦っているように見えるが、少し違う感情が混ざってる気がする。
「早く実験結果を!」
……なるほど研究者側だったか。
「その前に、若き研究者達の晴れ舞台を終わらせなくてはいけません。
実験結果はその後ですよ?」
「ぐぬぬ、若さ故に柔軟な発想をする研究者か、長くの間知識を蓄えた研究者を選べというのか、小癪なことを言いおるわ。」
何を言っているんだこの人は、理解出来ない筈なのに少しだけ理解出来てしまったのが悔しい。
「ん?おぉ?!?!」
学長しか視界に入ってなかった研究者がやっと横にいる私とミナに気づいたようで、首を傾げながら頭から脚先まで見て、
「君は誰だい?」
そう聞いてきた。
入学式の場に来た学長の近くに居る生徒、これだけの情報があればなんとなく予想できないだろうか?
「カリル・ディカマンだ。」
「おおぉぉぉ!あの魔法薬の名家当主様じゃないか!いいね、いいねぇ!今期は本当に有望株がいっぱいで楽しそうだ!」
この学院の教師全員がこんな研究者気質の感じだと疲れそうだな。
どうか、私が会った学院の大人が少数のヤバい奴でありますように、マトモな教師や研究者が居ますように。
「さてと、そろそろ本格的に会場に入りましょうか。
ディカマン君は私に着いてきてほしいのと、ミナちゃんは別の場所でディカマン君の勇姿を見届けるといい。」
「はい!しっかりとこの眼に焼き付けます!」
良い返事だと言わんばかりに頷いた学長は私に一瞬目を向けて歩き出す。
「ではディカマン君、行こうか。」
付いて行くと壇上の裏にある扉に案内され、会場からは司会の声で教師陣の発表が行われているのが聞こえた。
それを耳を澄ませて聞いていく。
知識の中で頻繁に出てくる教職員は学長と担任の2人だけ、他の教職員がどんな容姿で、なんて名前なのか、覚えなくちゃいけない。
「まずは新入生代表のディカマン君の挨拶からだ、頑張ってください。」
まぁ、司会に呼ばれるまで待機だ。
ここは壇上の裏、階段を登れば多くの視線が向けられることだろう。
さて、知識ではチュートリアルが終わり、物語が本格的に始まる合図として学院の入学式が行われる。
場面は王女が壇上に上がる所から始まり、王女のとても短い挨拶を聞くと、教室に移動する。
それから暫くは主人公が学院生活を楽しむ章として、様々なハプニングに合いながらもヒロイン達と仲を深めていくのだ。
そして章の後半になるにつれ知識の私、嫉妬伯爵の妨害と執拗な嫌がらせが増える。
「……」
「緊張しているのですか?」
「いいえ、ただ……」
「ただ?」
学院が行うイベントにはあまり変化は無いはず、だが嫉妬伯爵関連に関しては知識が当てにならない。
正直に言えば原作が始まったあと主人公の制御が難しくなった時点で私が殺すつもりだった、ただ国王の能力弱体化の件を考えれば知識を頼れなくなるのは危険だ。
弱体化の原因が説明されていない原作に関わる現象だとすれば、物語の中心にいる主人公を消してしまえば国王の弱体化を解除できない可能性が高くなる。
そもそも私が始まる前に色々と動いた影響で、それなりに変化はあると思う。もしかしたら主人公自体が学院に入学していないかもしれない。
考えるだけで頭が痛くなる、だというのに、
「少し楽しみなんです。」
「それはそれは、学院の長として喜ばしいことです。」
これから起こるであろう動乱に胸が高鳴っている。
「次に新入生カリル・ディカマンによる新入生代表挨拶に移ります。」
あぁ、こんな気分は久しぶりだ。
ーーーーー
「……」
どうも、ミナです。
私はいまカリル様の代表挨拶が始まるのを待っています。
「あの子誰?」
「さぁ?でも可愛いじゃん。」
「誰かの新しい従者とか?」
「容姿良いし、どっかの高位貴族様だろ。」
めちゃめちゃ気まずいです。
先生に案内された場所に座っているのに場違い感が半端ないです。
それに、話を聞く限りでは此処は先輩方が座っている場所なのでは無いでしょうか?
従者は従者専用の場所があるのに案内されたのは端っこではあるものの、何故此処なのか理由が全くわからない場所。
案内してくれた先生は『式が終わったらさっきの場所に来てねー』と言って離れてしまったせいで本当にどうしたら良いのかわからない。
「次に新入生カリル・ディカマンによる新入生代表挨拶に移ります。」
「……!」
やっとです、やっとカリル様の出番がやってきました!
「新入生を代表し、ご挨拶申し上げます。
これからの──」
カリル様の代表挨拶には自然と姿勢が伸びてしまうような不思議な力がありました。
集中力が途切れていた私の周囲にいた人達もみんな姿勢を正し、カリル様の挨拶を聞いています。
やっぱりカリル様は凄いです。
人の上に立つ器だと思うのです。
……きっと、これからも私はカリル様の近くで支えるのです。
使用人として、ですが……
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