第105話 意思なき聖女

「あぁぁ……」

「え?!だ、大丈夫ですか?」


何で此処で接触するんだ。

矢も飛んでこないし、そもそも私達に対する殺意は感じなかった、襲撃の詳しい原因はわからず私はただ面倒な繋がりが出来てしまっただけ。


「か、回復魔法を……

あぁでもお代を頂かないとダメだって……でも助けてくれたし……」

「大丈夫だから絶対に辞めろ、貴族でも払えないような法外な値段を請求されたら面倒だ。」

「そんな事はしませんよ?!」


教会所属ってだけで信用が無いんだ。

それに頭を抑えてるのは痛いからじゃなく、自分の運の無さを嘆いていただけだ。


今出来ることは目の前にいるルリアに私の名前を教えず、出来るだけ情報を秘匿したまま別れること。


「大通りまで案内はする、それ以降は自力で帰ってくれ。」

「えっ、あの案内は有難いのですが、お名前……」

「私の事は忘れろ。」

「うぅ……」


この聖女ルリアはミナのような天然とは違う、ただ無知で考えることをしないだけ。


知識では教会という悪意の無い限られた範囲で育ったせいで外で生きるには優しすぎる性格、などと紹介されストーリーが進むにつれ現実を知り成長していくのが魅力的で、ファンと呼ばれる者も多かった。


だが私に言わせれば考えることを放棄して周りに流されるだけの愚か者だ。

1人の人間として成長した証だと言われていた最後の選択だって、それ以外選ぶ事が出来ない、そんな状況だったのだからやっぱり流されただけ。


「名前は互いに教えると聞いていたんですけど、間違いだったのでしょうか……」


疑問が口に出てしまっただけだろうが、この言葉からもわかるように名前を教えるという行為を誰かに教えてもらったのを、それが全てだと思い込んでいたのだ。


「き、嫌われてる?!」


好き嫌いどころの話ではない、敵と仲良くなんてなれる訳がないのだから。


「喧嘩はダメで仲直りは必要だとシスターが言ってました、なら仲直りしないとですよね。」

「……」


全部聞こえている。

私の耳が良いだけでは無い、おそらく気配察知にそれなりの心得がある者なら聴き取れる声量だ。


「仲直りしましょう!」

「そうだな、仲直り仲直り。」


後々の影響を全く考えないのなら、私は話しかけるなと大きめの声で怒鳴り付けていた。

なんと言うべきか、自分で考えて話していないからイラつくし、私自身も影響を受けて頭が悪くなる気がして話したくないのだ。


「では御名前を……」

「教会に喧嘩を売った王国の貴族、ディカマン侯爵家当主のカリル・ディカマン。わかったら黙って歩け。」

「貴族様でしたか!私初めて会話しました!」


そうか、それは良かったな。


王国は教会と敵対するのを決めており、きっと学院に入学しても貴族の跡継ぎ達は一部のお花畑を除いて教会の聖女ルリアとなんて話さない、私とも最初で最後の会話だろう。


「私、貴族様と話す機会があったら聞いてみたい事があったんです!」

「……そうなのか。」


既視感のある言葉。

そんなつもりは無かったのだが、知識で得た原作でルリアが貴族と揉めた時の会話を再現してしまっている。


「貴族様に家族を連れ去られたと教会に相談に来る方が多く居るのですが、何故神ではない平等であるはずの人間がそのような事をするのでしょうか?」


神のみが上に立ち、それ以外の人はみんな平等だと考える人平派。


恐らくルリアは上位の存在である神が人を連れ去るのなら理解できるが、同じ人が人を攫うのが理解できなかった故の質問であり、純粋な疑問。


しかし、その言葉は貴族にむかって、お前は平民と同じ、と言っているという事実にも気づいていない。


知識の中では、この質問を受け取った貴族がプライドが傷つけられ、ルリアを酷く罵っていた。

いきなり怒鳴られ涙を流す聖女ルリアと怒鳴る貴族達、そんな場に主人公が助けに入り、見事ヒロインとして繋がりを得た。


それだけなら貴族が悪者に見えてもおかしくは無いのだが、質問を受け取った貴族が中途半端に頭が良かったせいでルリアの言った事を理解してしまった。

それは自らを優れた人間だと思っている者達には我慢できないことであり、聖女としての教育を受けた者がその意味を理解していないとは思えず、煽りだと判断して怒ったのだろう。


まぁ、ただ馬鹿な貴族だった可能性もあるが、同調した周囲に居た貴族達が全員馬鹿だったというのも考えにくく、結局はルリアの自業自得でもある。


そして私の返答は決まっている。


「何故だと思う?」

「……?何故なのですか?」

「人に聞かず、自分だけで考えてみろ。」

「へ……?」


聞いた事を教えてくれない。

そんな事はこれが初めての経験なのだろう、理解ができず眼を丸くして固まっている。


「……」


よし、静かになったな。


知識の流れを大きく変える動きはしないのだが、私が此処で関与する事で主人公のヒロインという立場を与えられたも者がどう変わるのか、それか変わらずに知識通りに動くのか。

どちらになるのかはわからないが、なんとなく気になってしまった。




……まぁ、ほぼあり得ないとは思うがルリアが自分なりの答えを出したら少しだけ話してみよう。




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6月10日タイトルを変更しました

旧『流される聖女』 新『意思なき聖女』


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