第95話 正気か?

使用人に少し離れるように伝え、近くにある王女と私はバルコニーへと移動した。


「時間を作ってくれて感謝する。」

「いえ、王国の貴族としては当たり前のことです。」


貴族が王族を雑に扱えるわけが無く、感謝の言葉を伝えられたとしても特に何も感じない。


「綺麗だと思わないか?」

「そうですね。」

「「……」」


夜空を眺めて言った呟きに反応し話が始まるのを待つ私。

さっさと話せ、私は明日からも忙しいのにこんな無駄な時間を使いたくない。 


そんな私の気持ちは伝わらず暫く夜空を眺めていると、王女が私の方へと顔を向けた。


「ディカマン侯爵、単刀直入に言う、私の後ろ盾になってほしい。」

「……次期国王と多くの有力貴族に期待されている王女様に新たな後ろ盾は必要ないと思いますが?」


陞爵し今1番勢いがある私に後ろ盾を頼むのはおかしい事では無いが、話を持ってくるのが少し早すぎるな。

国王と宰相の策で地位が危ぶまれているのだろうな、どのように力を削いでいるのか少し興味が湧く。


「私は女の身だが皇太子候補としてトップを走っていたのは知っていると思う、だが最近旗色が悪くなり始めた。

始まりは例のパーティー、私を盗賊から助けたイーウェル公爵令嬢のパートナーを庇ってからだ。」


キッカケがわかってるなら諦めろ。


「……」


そう言う事ができればどれだけ楽か……


王族だから英雄の真実は知っているはずで、そんなヤバイ英雄の子孫を庇えば立場が悪くなるのは仕方ない。

100歩譲って奴を英雄の子孫だと知らなかったとしても、立場が危ぶまれるようになればキッカケの1つである奴の事も調べるだろう。


まぁどっちに転んでも自業自得だ。


「なるほど……」

「私を助けた赤髪の男が過去に存在した英雄の子孫という事は知っていた、英雄と呼ばれるようになった行いが国を危うくしたのもわかっている。」


そして言い訳のしようもなくなった。

何をどう考えれば、国にとって重要なあのパーティーで罪を犯した容疑のある英雄の子孫を庇うなんて馬鹿な真似をするのだろう。


「あぁ待って欲しい。

私の考えを最後まで聞いてくれ。」


内心聞きたくないと考えていたのが顔に出ていたのか、少し焦った様子で言葉を繋いでいく。

そんな様子から見て、王女は事情をそれなりに知る貴族なら逃げたくなる話をしている自覚はあるみたいだ。


「過去の英雄により国は、我々は変わった。

その変化が全て良い方向かと言われれば違うのだが、我々は確かに変わった。

英雄は良い部分だけではなかった、悪い部分ももちろんあったがそれは過去の話だ。

そうだろう?」

「確かに過ぎた時代の話ですね。」


私の返答が想定した物と同じだったようで力強く頷いた。


「なら英雄の子孫であるレオンも変わっていると考えるべきだろう?

盗賊から私を救った力から考えて英雄と戦闘力は変わっていない、だが国の事もちゃんと見て考えてくれるように変わっているかもしれないだろう?」


英雄の子孫を名前呼び、それに自らの願望が入っているとしか思えない考え……


「変わっていたとして、何故わざわざ……」


助けられて惚れた?いや、国王がその程度で揺らぐ者に国を任せようとするとは思えない。

ならば純粋に国を良くするため奴を引き込もうとかか?


「昔の王国と比べても今の王国はかなり良くなったが、一部の貴族達が横暴な態度を取る者が少しずつ増えているだろう?

そこで英雄の子孫であるレオンだ!」

「……」

「英雄の子孫が不正を行う貴族や民を虐げる貴族に対しての抑止力として、貴族に罰を与えることのできるどの派閥にも属さない独立した権力を持つ役職に付かせれば、貴族達の横暴は止まり民達は王家に忠誠を誓うはずだ!」


正気か?


王女の語る話は全てうまく行った場合の理想だ。

確かに貴族に対する抑止力があれば、その抑止力を恐れた貴族は民を虐げることも不正を行うこともないだろう。


だが、独立した権力は危険すぎる。

そもそも貴族を裁くことができるのは王族だけの特権、それを他者に委ねるという事は自派閥も相手派閥も関係なく裁かれる可能性がある。


なりより王族が特権を手放したという前例が作られてしまい、それは王国の崩壊に繋がる。


「それを叶える為にもディカマン侯爵、私の後ろ盾になってくれないか?」


私に握手を求める王女の脳内にあるのは素晴らしい理想の世界で、まだ幼く現実を見れていない子供が憧れそうな世界だ。


本当に優秀だったのか疑問に思う。


「申し訳ありませんがお断りさせていただきます。」

「……そうか。」


粘られると思ったが予想外の反応だ。


「メルデナ・ヴェンガルテン王女様の国を想う気持ちは充分理解できますが、英雄の子孫を利用するのはあまりにもリスクが大き過ぎます。

それ、に……」


少し王女の考えを探ろうとしたとき、握手を求める手を下ろした王女の瞳から大粒の涙が溢れ始めた。


「わ、わかって、いるんだ……

変なことに、付き合わせてしまった、すまない……」

「……人を呼びましょうか?」

「いや、辞めてくれ……

涙など直ぐに止める、直ぐに止めるから……」


はぁ、あの方々は一体何をしたんだ……

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