第43話 ミナと夕食

しばらくの間この天国で過ごしたいが、ミナが楽しみにしているので早めに出る事にする。


「ミナと少し出掛けて来る。」

「かしこまりました。」


伯爵家の護衛に出掛ける事を伝え、ミナと共に宿を出る。

この宿の周辺は屋台が多く、昼間はとても賑わっていたが夕方にもなると片付けを始めている屋台がほとんどで人も少なくなっていた。


「さてと、少し高い赤い屋根は……」


知識の中にあった名店の場所は屋台が多くある場所から見える赤い屋根の家の近く。最悪は嫉妬の力で召喚した生物に探させる予定だったが、


「あそこだな。」


自力でも見つけられそうだ。


「こっちだ。」

「はい!」


私が歩き始めるとミナは斜め後ろからついて来る。

それはメイドとしての癖なのだろう、だがなんとなくミナが後ろを歩くのが嫌だった。


「ミナ、これから暗くなるし私の横で歩くといい。」

「えぇ?!よ、よろしいのですか?」

「別に構わない。」


チラチラと私の表情を確認しながら横並びになり、そのまま腕を組んだ。


「「……!」」


恐らくはナーミスの教育の影響、エスコートする側だけでなくされる側の動きの練習が今自然でてしまったのだろう。

私もマナーの教育はまだ幼いうちに叩き込まれているため、自然に動いてしまった。


「あ、あわわ……」


今からでも離れるべきか迷って挙動不審になっているミナに声をかける。


「姿勢を正し堂々とするんだ、別にこのままでも構わない。」

「……!はい。」


深呼吸をし落ち着いたミナの立ち振る舞いは貴族の御令嬢と差はなく、ミナがナーミスの教育をキチンと吸収して頑張っていた事が伝わって来る。

その立ち振る舞いに影響されてか、私の立ち振る舞いも洗練されていく。


「寒くはないか?」

「大丈夫ですよ。」


太陽が沈み少し肌寒くなった王都を歩く、街灯が付き酒場から騒がしい声が聞こえ始める。

街灯が少ない方へと歩いていくと目的の店はもう直ぐそこだ。


「ここだ。」


看板も呼び鈴も無いただの扉、その前に木箱と飲み口が少し欠けたグラスが置かれている。


「あの看板とか、無いんですけど……

カリル様?!」


心配そうなミナの言葉を無視して扉を開ける。


「絶対にお店って雰囲気では……」

「いらっしゃい。」

「えっ?」


扉の先の店内は落ち着いた木調の癒される空間が広がっていた、そして柔らかい雰囲気のお爺さんが私とミナを迎えた。


「初めてのお二人だね、よくここに辿り着いた。

今日は少しサービスしてあげるよ。」

「感謝する。」

「今日は誰も来ていないので御自由な席にどうぞ、おすすめは水槽のある前の広い席です。」


このお爺さんは1人でこの店を切り盛りしている、店の店長だ。

店長のオススメの席へミナと共に向かって、席に着く。


「大丈夫か?」

「は、はい!

それにしても雰囲気オシャレですね。」


ミナは物珍しそうに辺りを見渡している。

他に客もいないので注意することは無い、それに楽しそうにしているのを見るのは癒される。


「こちら果実水です。

はじめに当店の説明を行っても構わないでしょうか?」

「あぁ、頼む。」

「それでは始めさせていただきます。

まず当店は毎日変わるコース料理のみで営業しておりますのでご了承ください、本日はビーフがメインとなっております。

それと苦手な食材があれば事前に伝えてください。」


説明は知識の中と然程変わらないな。


「苦手な物はない、だが酒は抜いてくれ。」

「私も大丈夫です。」

「かしこまりました、それでは少々お待ちくださいませ。」


料理を作るために店長が裏へと戻っていった。


「……」


果実水を飲みながら料理が出て来るのを待つ、ミナはあまり見ることのできない大きな水槽を夢中で見つめている。水槽には眩しくない程度にキラキラ光っている魚が数匹いた、水草や砂利で綺麗に整えられた水槽内で優雅に泳いでいる。


「綺麗……」


そんな水槽と魚に見惚れている、確かにとても綺麗だ。夢中になって2人で水槽を見ているとキッチンから足音が近づいてきた。


「こちら前菜となります。」

「わぁ……」


ミナが静かに驚きの声をあげている。

運ばれてきたのは前菜とは思えないほど手の込んだ料理で、私も声には出さなかったが内心驚いている。


食事が始まった。


ーーーーー


「最後にデザートとなります。」


ここでの食事は伯爵家の当主である私でも、なかなか食べられる物でない。とても美味しく、あっという間に時間が過ぎてしまった。


「……もう無いのか。」


デザートも気付けば無くなっていた。

ミナの皿にも何も残っておらず、幸せそうな顔をしていた。


少し離れたところで、私達の様子を見ていた店長に視線で合図を送ると近づいて来る。


「ご来店頂きまして誠にありがとうございます。

本日の御料理はいかがでしたでしょうか。」

「最高でした!」

「あぁ、ミナの言う通り最高の料理だった。」

「ありがとうございます。

またのご来店を心より楽しみにしております。」


伝票を机に置きそう言った。


この店の支払いのスタイルは伝票の上に大金貨を置き、好きなタイミングで退店するだけ。

店長との会話はもう無い。


もう少しゆっくりするかと考えているとミナが話しかけてきた。


「カリル様、今日は本当にありがとうございました。とても美味しかったです。」

「そうか、喜んでくれたならよかった。」

「はい!」


2日後には、出来るなら1人で参加したいパーティーが控えている。

この幸せな時間を精一杯楽しまなくては。


「また2人で食事をしよう。」

「……!」

「今日は私も楽しかった。」

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