第40話 終わってる空気
「コチラヘドウゾ。」
「エエ、アリガトウ。」
私とイーウェル公爵令嬢はお互いに感情の乗っていない声で話し、無表情で馬車に乗り別々の窓から外を見つめる。
「「……」」
会話は無く、お互いに不機嫌なのが伝わってくる。
このクソ女が、親だろうと最後まで抵抗しやがれ、ほらこの馬車を遠くから見つめている男も居るぞ、あれ多分主人公だろうし、そこに向かって走れ。
実際に話している訳ではないが、自らの脳内で悪態をついてしまう。
何故こんな地獄のような馬車が出来上がったのか、それは私が公爵邸に辿り着いた時まで遡る。
ーーーーー
「やぁディカマン伯爵、待っていたよ!」
「イーウェル公爵閣下、お出迎えありがとうございます。」
「もっと軽くでいいよ。」
公爵邸に近づくにつれ、だんだん憂鬱になりながらも同行してくれているミナや護衛達に励まされ、なんとか平常心を装うことは出来ている。
「さて、これからどうする?
娘の準備はもう出来ているがパーティーにはまだ少し早いし、何日か滞在するかい?」
正気か?
「いえ、王都で少しやりたい事があるのでイーウェル公爵閣下の用意が済んでいるのでしたら、なるべく早く王都へ向かおうと思っています。」
こんな暗殺が心配で眠れなそうな場所に滞在する訳ないだろう。
ただでさえ公爵領には伯爵家に良い感情を抱いていない天然の暗殺者が大量に居るんだから、なるべく早く出たいに決まっている。
何の為に朝に公爵邸に着くように調節したと思ってるんだ。
いざという時のために私は神殿産のアクセサリーで守りを固めているが、着いて来てくれた使用人達に危険が及ぶ可能性がある。
最近訓練を積んだミナとそこそこ強い護衛はともかく、メイドや御者は抵抗もできるかわからず危険だ。
「そうか、わかった準備の為に2時間ほど時間を貰いたい。」
「えぇ、わかりました。」
公爵が屋敷に戻ったのを見送り、私の馬車の元へと戻る。
「お帰りなさいませ。」
「あぁ。」
この空間は公爵という信用出来ない奴と話して疲れている私にとって途轍もない癒しだ。
「すぐに出しますか?」
「いや、公爵閣下の準備を待つため2時間ほど待機だ。皆ゆっくり休むように。」
「「「かしこまりました。」」」
今日は少し早起きをさせてしまったのもあって、公爵側の都合だが私達側にとっても2時間休めるのはかなり嬉しい。
太陽にあたりながら座ってのんびりしているミナに近づく。
「調子はどうだ?」
「んー、まだ少し眠いです……」
ナーミスのスパルタ教育により伯爵邸ではゆっくり眠れなかったそうで、道中の殆どを寝て過ごしていたミナは常時軽いフワフワ状態になっている。
「でもだいぶマシにはなって来ました。
なんとなく記憶に残ってますし、あと2日ぐらいで戻るかなぁ……」
「よかったな。」
「うん。」
敬語と普段の口調が混ざっている、なんだか距離が近づいたようで気が楽だ。
「ではゆっくりと休むといい。」
「ありがとうございますぅ……」
さて、本当ならこのままミナとボーッと過ごしていてもよかったんだが、
「何のようですか?」
少し離れたところから婚約者が私を見ていたことに気づき、これでは気になってリラックス出来ないと思い、近づいて話しかける。
「どうして来たの?」
「それはどっちの意味でしょうか。」
「公爵家にってこと。」
どうしてって言われても、パートナーと参加必須のパーティーで婚約者の家を訪ねるのは普通だと思うのだがな。
「王家主催のパーティーはパートナー必須ですし、婚約者の家を訪ねるのは普通だが?」
「私は貴方とは嫌、別の相手を見つけるから貴方もそうして。」
それは願ったり叶ったりだが、あの少し変わった気がする公爵が許すのか?
「王への挨拶はパートナーとしなくてはならないので、婚約者として紹介されてしまえば破棄が難しくなるでしょうし、それはありがたいですね。」
「!」
「こちらは破棄を求められれば直ぐに受け入れる準備は出来ておりますので、破棄したい旨をイーウェル公爵令嬢からも公爵閣下にお伝えください。」
「……わかったわ!」
平常心を装ってるが喜んでいるのが丸わかりである。
公爵がどう判断するか分からないが、いくら少し変わったとはいえ根本を変えることは難しい。
娘が婚約破棄したいと言葉で伝えればもしかすると……
「それでは、王都へ向かうのは別の馬車ということで。」
「もちろんよ。」
「えぇ、それでは失礼いたします。」
しばらくの間は政略でも恋愛はしたくないな。
将来的に誰かと一緒にならないといけないが、2年ぐらいはゆっくり考よう。
「話すのはこれで最後かもね、さようなら。」
勝った……!
これで公爵が諦めて婚約破棄を求めてくれば私の苦労の9割は無くなる。
「知識を得てから1番清々しい気分だ。」
本当に踊り出したくなるぐらいの嬉しさ、威厳を保つためにも実際に踊りはしないが呟く事ぐらいは許して欲しい。
そのままニコニコで伯爵家の馬車に戻り、護衛や使用人達と話して楽しい時間を過ごしていた。
用意を終えた公爵の一言でその気分が一気に落ちるとも知らずに……
「婚約者同士、同じ馬車で向かうといい。」
……は?
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