第39話 返信と出立
出掛ける場所とかは帰って来てから考えるとして、もう私がここに居る意味はないな。
最後に、
「まぁ、なんだ……少しぐらい手加減してやってくれ。」
ナーミスに少し教育を抑えるように言っておく、このまま続ければ疲労からの体調不良になりかねない。
「わかりました。ミナにはカリル様が期待していましたが、疲れてそうなので休憩の時間を増やすと説明しますね。」
「……そうか。」
何処となく悪意を感じる説明だが、これ以上はどうしようもない。
ミナよ、頑張ってくれ。
「再開しますよ!」
「は、はひ!」
扉が閉まる時に聞こえたミナの声は泣きそうになっていた。
「がんばれ。」
最後にそう呟き、私はその場を後にした。
屋敷を適当に歩き、連れていく候補として数人を決めて書斎へと戻る。
「おかえりなさいませ。」
部屋に入った私に声をかけたのは書類を纏めているボスコだ。
軽く手を上げ挨拶し、その流れでアイテムBOXから完成した魔法薬を取り出してボスコへ見せる。
「やっと目的の魔法薬が完成した。」
「おめでとうございます。」
「これの効果は状態異常の完全治癒。麻痺はもちろん、どんな毒でも時間が経った怪我による不調をも治すことができる物だ。」
「それは、凄まじい効果で御座いますね……」
心なしか手が震えているのが見える。
それもそうだろう、この世界には治療法が無い毒は大量にある。
例えばポイズンリバーと呼ばれる渓流型のダンジョンには治療不可能な毒を攻撃手段に持つ魔物が多く棲息しており、その魔物の毒は裏ルートで暗殺用に高値で取引されている。
だが、この魔法薬があればその毒を治療することができる。つまり高位の貴族達が大金を支払ってでも得ようとするだろう。
「これを王家に献上し、公爵に対する後ろ盾となってもらおうと思っているのだが、何か意見はあるか?」
前までにも何度か話していた内容だが最終確認だ。
「正直に申しますと、国王がどのように出てくるのか私には想像が付きません。
お役に立てず申し訳ありません。」
「いや、陛下がどんな反応をするかなんて私にも想像ができない、気にするな。」
知識を取り戻す前だが実際に会ったことがある私ですら予想出来ないのだ、ボスコが分からなくても仕方ない。
「それはさておき、何か問題は起きていないか?」
「ほんの少し前に公爵家より手紙が届いたこと以外は伯爵家での事業には問題は起きておりません。」
「手紙?」
あれか、パートナーとして共に王都へ行こうと書いた手紙の返信か。
「はぁ、憂鬱だ……」
封を開けて内容を読む。
やはり私の手紙に対する返信、婚約者が書いたわけでは無く、公爵の字で共に行くことに了承している事と楽しみにしていると書かれていた。
私だって嫌々書いたのだから、楽しみにしてるって書くなら本人に書かせろ。
イライラが込み上げてきた。
「……【
イラつきの感情のまま公爵からの手紙が燃やし、灰になっていくのを見ていると心がスーッと軽くなった気がした。
やってしまったという気持ちより、やってやったという爽快感が勝っている。
「これから出立まで伯爵家の業務は私が全て引き受ける、ボスコにはパーティーの準備を頼みたい。」
「かしこまりました。」
ボスコから業務を引き継ぎ、書類に目を通していく。
資金の割り振りを変えてからだいぶ経っているのもあって領内は特に大きな問題なく、全体的に良い方向に進んでいる。
収益も増えつつあり、あと1年も経てば新たな事業も行えるぐらい貯める事ができるだろう。
私の評判についても緩やかにではあるが、前より上がっている。
「前のカツカツ状態を知っているからか、これだけ安定していると気が楽だな。」
「そうでございますね。」
書類に目を通してサインを繰り返す。
馬車とミナの準備ができるまでは、伯爵家の業務に集中できそうだ。
休憩時間は魔法薬師達と交流するのもいいな。
頭を抱えたくなるような厄介事が一切ない書類を読み、和やかな時間が流れる。
バン!
「兄様!」
扉が勢いよく開かれてマリアが中に入って来た。
「……色々言いたい事があるが、まず書斎に入る時はノックをしなさい、それでどうした?」
「私、スラム街の支援をしたいのです!」
「!」
まさかマリアが伯爵家から離れるキッカケになる出来事が今起こるとは……
マリアが攻略対象の1人であった事もあり色々な情報は知識で知っていたが、その出来事を私は阻止しようと思っていた。
だがこれからのパーティーの事を考えれば阻止は難しい、それどころか私が関わる事さえ出来ない。
「わかった。」
「では早速──」
「だが、それは私が王都から帰って来てからだ。これだけは絶対に譲れない。」
「うっ、わかりました……」
マリアとの会話はこれだけで終わった。
それから何度か顔を合わせる度に我慢してくれと言い続けたのだが、マリアは何かに急かされているかのように私に反発を始めた。
「私が領民の事を考えてはいけないのですか?!」
「そうは言っていない、マリアが1人で行うには大きすぎる問題だから私の帰りを待てと言っているんだ。」
「こうしてる間にも苦しんでる領民がいるんですよ?!」
マリアの様子は頑固で済ませてはいけない気がして、洗脳や誘導の類も調べてみたが特に異常はなかった。
結局出立の直前になってもマリアを説得することは出来ず、当主代理を与える事も危険だと判断した。
「マリアを当主代理にはしない、ボスコとナーミスに権限を7対3で分けて与える。」
「「かしこまりました。」」
念のため契約魔法で縛り、私利私欲の為には使えない様にした。
私は伯爵家にマリアの異変という途轍もない不安を感じながら王都で行われるパーティーへと向かう事になるのだった。
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