第35話 切り替える

伯爵邸から少し離れた森の中、そこには私と目の前で眠るように息絶えたメーナとメーナの弟が居た。


私の前で呪いの言葉を吐いていたメーナは弟の前では普段の柔らかい雰囲気を纏っていた。

メーナを心から信頼しきっている弟が私を見た瞬間、笑顔で『ありがとう』とお礼を言ってきた。


純粋な好意をぶつけられてしまった。


それはこの後に行う事に対して躊躇いが生まれてしまう、私は少し苦しくなり、最終的に選んだ手段は2人に苦しさを一切感じないように眠らせる事だった。


「カリル様、大丈夫ですか?」

「別に問題無い、屋敷へ戻るぞ。」


後処理をミナにバレないよう召喚した生物に任せて屋敷へと歩き出す。


全てが終わってメーナの事を考えてみた。

知識の中、この世界の登場人物の殆どは何かしらの強い欲か感情を抱えていた。


メーナもその1人だったのだろうか?


仮にそうだとして恐らくは愛憎、弟を最期に残った家族として愛していたのは間違いない、だが弟を守りながら生きていく中で自分を犠牲にしすぎたんだ。


そんな風に自分を犠牲に生きている時に気付いたんだろう、『弟が居なければ私は自由に生きれていた?』と。


一度気付いてしまえばもう忘れることは出来ない。

どんな事をしていても脳裏に過ぎてしまう弟が居なかった時の『もしも』それは呪いのように自らに刻み込まれてしまった。

それは弟を愛する気持ちを消し去るほどではなかったが、メーナの心には闇が溜まっていった。


きっともう限界だったのだ。

誰かに相談できれば別だったのかもしれない、だけど公爵家のスパイという立場が邪魔をした。


知識を取り戻す前の少し甘かった私なら、メイドとして採用した時に相談してくれればきっとなんとかしていたはずだ。公爵家に気に入られようと、スパイだと知っていても雇っただろう。

もしかしたら伯爵家のメイドと心から笑い合うメーナがいたかも知れない。


「え?」

「ん?どうしたんだ?」


横で歩いていたミナが困惑しながら辺りを見渡している。


「えっと、急に声が聞こえた気がして。」

「声?」


近くには誰も居ない筈だ、念の為に探知してみたがここに居るのは私とミナの2人だけ。


「気のせい、かな……?」


ストレスが掛かってしまったのか、ミナはやはり連れてくるべきじゃなかった。

酷くなるようなら記憶を消すしかない。


「そうか、続くようなら教えてくれ。」


人が居ないというのもあまり良く無いだろう、ミナの手を引いて屋敷へと戻る。


屋敷に近づくにつれ、人が居る場所特有の音が聞こえる。騒がしいわけでは無い、ただ1人では無いと安心できる音だ。


「お帰りなさいま……カリル様おめでとうございます!」

「は?」


屋敷に入ろうとしたら少しニヤついている門番に祝われた。

何故だ?


「一体なんの話だ?」

「あーー!

カリル様、ボスコさんに報告しないといけないですよね?!早く行きましょう!」


そしてまた何故か焦ったミナに手を引かれて屋敷へと入っていく、立場が逆転した。


「報告は確かに重要なんだが、ここまで急ぐ必要はないと思うぞ。」

「そろそろ食事の時間ですよ!」

「食べてからそこまで時間たっていないぞ……」


雰囲気が更に明るくなった屋敷を早歩きで回っていく。


仕事をしている使用人達は笑顔で、どことなく余裕が見える。

給料が上がった事も嬉しいのだろうが、伯爵家が良い方向へと進んでいるのを無意識に感じ取ってくれているんだろう。


「あっ、兄様。」

「マリアか。」

「はい!マリアです!」


今のマリアは髪色が銀色でキラキラと光っている。

相変わらず目が痛くなる髪色だ、若干あの魔道具をあげたことを後悔している。


「少しそのキラキラを抑えてくれ……」

「いやで〜す。」


少しバカにしたような表情のマリア、そう例の変態達の影響を受けてしまっているのだ。


これはあまりよろしくない、今度私とナーミスとノールで面談を行う必要がある。

議題は『新しい扉を開いてしまった件について』


「そんなことより、兄様とミナは何をしていたの?」

「少し近くを散歩していたんだよ。」


堂々と使用人を粛清していたなんて言えないからな。


「へー……」


マリアはミナの顔をジーッと見つめ、急に手を取り引っ張り始めた。


「兄様、ほんのちょっとだけミナを借りるね!」

「あっ、ちょっ……マリア様?!」


今回の件が絶対に漏れないようにミナは契約魔法で縛ってある、特に問題は無いだろう。


騒がしくも平和な屋敷を今度は1人で歩き始める。


この平和な屋敷を見ると私のした事は間違いじゃなかったと思える。

いや、そう思いたいだけなのかも知れないが、今の私が生きる理由である伯爵家の繁栄を目指す覚悟が強まっていく。


カリル・ディカマンが存在している時間軸は大罪シリーズの中でも過酷な方だ、この世界で生き抜くなら甘さを捨てなくちゃいけない。


「踏んでください!」


自らの覚悟を再確認していた時、少し嫌な声が聞こえてしまい興が削がれた。


「……」


誰が言ったのは分かりきっているが、声の方向へ行くと2人のメイドに土下座してる豚がいた。

メイド達はゴミを見る目で豚を見つめ、豚はその視線に少し嬉しそうにしている。


はぁ、飼い主は一体どこでなにをしているんだか……


「おい豚……じゃなくて誰だっけ?」

「「カリル様!」」


声を掛ければメイド達が救世主を見つけたように駆け寄ってくる。


「あの豚の事は任せてくれ、2人は仕事に戻るといい。」

「「はい!ありがとうございます!」」


駆け足で去っていく2人を見送り、足元にいる豚へと視線を向けた。


「お前の飼い主はどうした。」

「ノール様はナーミス様と面談中です。」


ついにバレたのか、呼び出されて殴られる覚悟だけはしておこう。


「いや待て、そんな事より家のメイドに土下座して絡むのを辞めろ。

これ以上苦情が来たらクビにするからな?」

「しかし……」


コイツこの状況でも楽しんでるな?

だがどうするべきか、この変態は意外と強くてできればクビにしたくない。


よし、


「わかった、ならこうしよう。

アルケド山脈に居る金色のスライムを倒し、魔石を持って帰ってきてくれ。

そうすれば今までの苦情文はチャラだ。」

「金色のスライムなど聞いた事ありませんが、了解いたしました。」


仕事を押し付けて先送りにしよう。


アルケド山脈は伯爵領から近く1日で向かえる場所、そして金色のスライムは知識にある激レア魔物でその魔石は強制的にレベルを上げることが可能なアイテムだ。

知識にはレベルがあるがこの世界ではステータスは存在しない、その魔石を使った場合はどうなるのかが気になる。


「成功したら私からボーナスはもちろん、ノールが褒美をくれるだろう。」

「!!!」


私のボーナスより、飼い主からの褒美の方に目をキラキラさせ食い付いている。


「では行ってこい。」

「かしこまりました!」


あの豚は褒美の事しか頭にないのだろうが、金色のスライムは出現する確率がかなり低い。

現実である此処では存在すら怪しい、貴重な戦力と連絡が取れなくなるのは困るため【シラス】を一体つけておいた。


「……ははっ。」


こんなくだらなくとも平和な日々を守ろう、私は落ち込んでいる暇などない。

気持ちを切り替え、前を向いた。






そんな私にナーミス関係を任せている1人のメイドが近づいてきた。


「あの、カリル様……」

「ん?どうした。」

「ナーミス様がお呼びです、時間があるなら寄ってほしい、と。」


あっ……


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