第34話 慣れない

 メーナは自身の身体から力が抜け、その場でずるりと座り込んだ。


「メーナさん……」


解放されたミナが心配そうに名前を呼ぶ。


「あはは、私程度じゃ無理だったんだ……」


部屋に響く諦めた声。


「選びました。」


そんな声を出したメーナに普段の雰囲気は全く感じられず、眼から光を消して私を見上げて答えた。


「私は、3を選びます。」

「「!!!」」


メーナが選んだ選択肢は3つ目の『弟と共に殺される』だった。


選んだ選択肢が意外だったのだろう、ミナとボスコが驚いている。

まぁ、あれだけ弟のために動いていたのに道連れにするような選択肢を選んだのだから、驚くのは当たり前だ。


「そうか。

だがそうだな、理由を聞かせてもらえるか?」

「もちろんですカリル様。」


理由を聞いたのはただの気まぐれ。

メーナ側の契約魔法陣は色が変わり、契約を受け入れる事を主張していた。


もう契約を変えたり、騙し打ちをして逃げることはあり得ない。


「私が弟を大切に想っていると、友人や共に働いている同僚は思い込んでますが、正直に言えば弟はそこまで大切に想ってないんです。」

「ぇ……」


あまりの変わりようと内容にショックを受けているの様子のミナは外に出した方が良いのかも知れない。

ボスコに目配せをしてミナを外に連れ出してもらう。


「外に出ましょう。」

「……い、いえ最後まで聞きます。」


顔色は悪いが最後まで聞くようだ、本人がそう判断したなら出来ることは何もない。


「両親の顔は確かに覚えていません、でも1つだけ覚えていることがあります。それは、『弟をお願いね』という母の言葉と『あとは頼む』という父の言葉でした。

不思議なんですよ?もう顔は覚えてないのにその言葉と声だけは鮮明に思い出せるんです。」


フフフと怪しく笑いながらゆっくり立ち上がった。


「まだ幼い弟を守らねばと私自身もまだ幼いながらも必死に頑張って。

……本当に馬鹿みたい。」


これが絶望という物なのだろうか、思わずそう捉えてしまうほど暗い声だった。


「私1人ならもっと楽に生きれた。

私だけなら毎日空腹で過ごすことはなかった、私だけなら必死で媚を売らなくてすんだ、私だけなら朝から晩まで休み無しで動き続けなくても大丈夫だった、私だけなら──」


部屋の中は異様な空気に包まれた。

私とボスコは自らの心を切り離している状態のため特に変化は無い、だがミナはメーナの異様な雰囲気に呑まれて動けなくなっている。


「私だって友達と遊びたかった、恋愛を知りたかった、オシャレをしてみたかった、美味しい物を食べたかった、冒険者になってみたかった、宿屋を経営してみたかった──」


願いと言うには少し重く黒すぎる願望、それは何かを呪うように呟かれていく。


「私は頑張りました。

良い子で頑張って頑張って、そんな生活に終わりが見えたんです!」


生活の終わり、弟の怪我のことだろう、だがそれは…


「あと少しでした。あと1日治療法が見つからなければ私は自由になれたのに……」


公爵家の、恐らく裏側の人間がメーナに目をつけ恩を売るために弟の治療費を出して助かってしまった。

メーナは良い子であることに執着していたように思える、今は亡き両親の言葉に従って弟の面倒を見ていたメーナは自分の欲を押し殺してきた。


様子が普通じゃないメーナを見てみる。


目に光は無く、無表情で、無気力で……

こうなるまで自分を押し殺すのには並大抵の者では不可能だろう。


「あーあ、やりたいこと色々あったのに本当に残念だなぁ。

こんなつまらない話しに飽きたのでは?そろそろ契約終了しません?」

「わかった。」


私の質問に対する答えを明言はしていないが、恐らくはメーナ自身が絶対に助からないと悟り、弟だけが生きる事を許せなかったんだろう。


魔法陣が一際眩しい光を放ち契約は完了した。


「これから弟を連れてきましょうか?」

「あぁ、そうだな。

いや近くまで連れてきたら私が行く、屋敷内には入るな。」

「りょーかーい。」


何事もなかったかのように部屋から出ていった。

残された私とボスコとミナ、誰からも話し始めるわけでもなかったがお互いがお互いを気にかけている。


「ボスコには使用人達への説明を任せる。

……それとミナはどうする?」

「……カリル様の近くに。」


少し震えているのに、何故そこまでで同じ場に行こうとするのか。

普通のメイドなら、見なくていい物をわざわざ見る意味があるのだろうか。


「気分が悪くなったら言ってくれ。」

「はい、わかりました。」


私には理由がわからないが、ミナにとって必要なら止めはしない。


「カリル様。」

「どうした?」

「こんな時に言うのはおかしいかも知れないんですけど、報酬として手を握って欲しいです。」


本当にタイミングがおかしいな。


「別に構わないが、どれぐらいだ?」

「メーナさんが近くに来るまで、とかどうでしょう?」

「わかった。」


近くに寄ってきたミナと手を握る。

ミナの手はとても暖かかった、そして握られる事で自分が少し震えていたことに気づいたのだった。


「……ミナは私を裏切らないか?」

「もちろんです!」


いくら自分は大丈夫だと思っていても、潜在的なストレスはかなりのものだったのだろう。

だけど人の暖かさに触れているおかげか、胸の辺りが軽くなった気がした。

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