第31話 報酬

裏切り者の炙り出しから一晩が経った。

減った使用人はミナとメーナが見たという庭師見習いの男だけ、そして裏切り者の所属は教会だった。


「カリル様の研究成果を奪おうとは……」

「裏切り者がわかったのだから、そこまで気にするな。」


庭師見習いの男はディカマン伯爵家に忍び込んだスパイを粛清した後に雇った者、大幅な人員補充の時に紛れ込んだのだろう。


ボスコやミナのような粛清前から居る古参の使用人達については、もうそこまで疑っていない。


少し、神経質になり過ぎていた。


ボスコとミナを除く、ほとんどの使用人達を警戒するなど冷静じゃない。


早く裏切り者を見つけなくては、と考えていたが焦った思考では失敗する可能性が高かった。

今思い返せば穴の多い作戦だったし……


「ボスコ、公爵家のスパイはいると思うか?」

「確率は高いかと、カリル様と公爵の会話を聞いていた限りでは少々ディカマン伯爵家の事情を知り過ぎていたと感じました。」

「そうか。」


だが炙り出す事は難しいだろう。

動いていなくても少し勘の良い奴なら今回の私とボスコが出掛けてすぐに帰ってきたことと、庭師見習い失踪の件で、なんとなくわかるはずだ。

しばらくの間はスパイも警戒して罠に嵌めるなど不可能に近い。


コンコン


「誰だ。」

「ミナです、入ってもよろしいでしょうか?」

「構わない。」


今回のMVPの片割れであるミナが部屋に入ってくる。

ミナとメーナが居てくれたおかげで、今回炙り出せた裏切り者を把握できた。


「報酬の話か?」

「えっ?」

「ん?」


私の元へ来た理由を予想したのだが外れたみたいだ。目を丸くしている。


「その、カリル様が呼んでいると言われまして……」


無意識で呼んでいた?!

もしかしたら知らず知らずのうちに、伯爵家で唯一の癒しであるミナとの会話を求めていたのかもしれない。


「ボスコ、私はミナを呼んでいたか?」

「私の知る限りでは呼んでいないかと。」


呼んでなかったか。

そんなボスコの言葉にギョッとして自分でも理解できていないです!という表情になった。


「いや待て、誰に私が呼んでると言われたんだ?」

「それは──」


コンコン


「メーナです〜、入りま〜す。」


返事をする前に部屋に入り込んできたメーナ、話かけていたミナが驚きながらメーナに指を刺す。


「メーナさんです!」

「は〜い、メーナさんですよ〜。」

「私のことを呼んだって言ってましたけど、カリル様は呼んでないってどういう事ですか?

というかカリル様の前で失礼です!」


少し怒ってるミナをコロコロと笑って躱わすメーナ。

此処までフワフワしてる自由奔放だと私は特に気にしないが使用人としては致命的な性格だろうな、ヤバめな貴族なら罰とか言って奴隷に落としかねない。


「大丈夫ですよ〜。

カリル様はお優しいですから、非公式な場ならこんなでも許してくれるはずです〜。」

「給料7割カットですね。」

「えっ……」


フワフワとした雰囲気が一気に萎む。


「あの、申し訳──」

「7割でよろしいのですか?9割ほどいくべきかと。」

「私もボスコさんに賛成です。」


すかさずボスコとミナが謝罪の瞬間に割り込む、今この部屋には悪ノリしている者しか居ない。

だが泣きそうになっているメーナの姿を見て罪悪感が湧いてきた、なんとなくネタのつもりで言った事が現実になりそうで可哀想だ。


「さて、冗談は此処までにしてメーナは何の御用ですか?」

「……」


当たり前だがメーナはポカンと固まってしまった。

メーナの表情が少しずつ変わっていくだけの空間、そんな状態に耐えきれずミナが動き出した。


「この状態は流石に気まず過ぎます、私は部屋に戻ってもいいでしょうか?」

「ミナは居て。」

「グェ……」


部屋を出ようとしたミナが首元に抱きつかれている。身長差もあって少し浮いてるようにも見えるし、あれは苦しいだろうな。


「その、報酬についてのお話なんです。」


ミナの顔色が悪くなっているのを気にする様子を見せずに話を始めた。


「昨日の報酬で間違いないか?」

「そうです、間違いないです。」


望みの褒美をとらす!的なことをしていた私だが、それを実際に言われた者が何を求めるのか少しだけ楽しみにしていた。


もし私が『用意できるならなんでも良い、欲しい物を言え』なんて言われたら迷っちゃうからな。

ちなみにだが私は迷いに迷った結果、魔法薬作成に必要な希少な素材を要求するだろう。


「魔法契約を結んでいただけませんか?」


破ることの出来ない契約をか、そこまでの物を求めるつもりなのか?


「別に構わないが、条件に私の用意でき伯爵家に影響のない程度まで、それと願いを聞いたあと条件次第では拒否する権利も加えさせてもらうぞ。」

「構いません〜、私が求めるのはカリル様だけで可能です〜。」


願いを叶えるという魔法契約は出来るだけ結びたくはないが、まぁ条件を加えたし問題はないだろう。

お互いに魔法契約を結ぶ事を承認すると、私とメーナの足元に魔法陣が現れた。


「さっそく、私がカリル様に求める事は──」


そこで溜めるな。

数回深呼吸して意を決したように私と目を合わせた。


「私のことを殺さないで欲しい、ということです。」

「「は?」」


聞き間違えか?

いま殺さないで欲しいって聞こえた気がするんだが……


「聞き間違えじゃないよな?」

「はい、私がカリル様に求める望みは殺さないで欲しい、ただそれだけです。」


……いい加減現実を見よう。

正直に言ってメーナの事は怪しく思っていた、昨日のミナに聞いた眠った相手への対応、武器に関して平民とは思えない程の知識を持っていた。


それは普通の使用人ではありえない。


「ふぅ、メーナお前はどっちだ。」

「カリル様のご想像通り、私は公爵家のスパイです。」


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