第28話 スパイとして

「撤退しろ、誰か1人だけでも生き残れ。」


全員が仮面で顔を隠している中、1人だけ色の違う仮面を被る者が命令を出した。

命令を受け別々の方向へと走り出した2人、ボスコは仮面の男と戦闘に入り足止めされている。


「その男は頼んだ。」

「お任せください。」


恐ろしい速度で離れていく気配、先程までとは違い気配を抑える余裕がないのかハッキリと居場所がわかる。


とりあえず私は伯爵邸に逃げていく方を追いかけ、もう片方は召喚した生物に追わせている。


暗闇を全力で走っているのにも関わらず、周辺の地理は小石1つに至るまで把握でき、一切の疲れを感じない。

これが大罪を持った存在なのか、と何処か自分を別の視点から見ているような感想が浮かんだ。


「【ウォーターバインド水よ敵を捕えろ】」


走って逃げる者に追い付き魔法を唱える。

背後から鞭のように水が伸び、あと少しで捉えられるというところで木を巧みに使い避けられた。


流石に簡単にはいかないな。


私には嫉妬の力はあっても経験が足りず、能力面で勝っていても戦い慣れてる相手には苦戦を強いられる。

目の前の奴も私が戦いに慣れていないのを察してか、翻弄するような動きが増えて来た。


「そろそろ手加減できなくなるが、おとなしく捕まっておくことを推奨する。

ウォーターバインド水よ敵を捕えろ】」

「出来れば諦めて欲しいのですが、ね!」


相手は私を殺す気は無い、それどころか傷つける気も無いのだろう。

私が相手の仲間を気絶させたように、殺傷力の高い魔法ではなく気絶を目的とした魔法のみを放ってくる。


魔道具のおかげでその程度の魔法が私に効くことはないが、相手と同じ条件なら私は既に負けているだろう。


「【アイスピラー氷柱よ現れろ】」


相手の魔法により、私との間に氷の柱が複数出現した。

視界を分断して私を撒くつもりか?


胸ポケットから素早く親指サイズの爆石を取り出し氷柱へ投げつける。

トラップ用に加工した時に手に入れた副産物だ。


小さかったが氷柱を破壊するには十分な威力で周囲に破片が飛び散った。


「最後の確認だ。」


砂埃がはれて相手の姿を視界に捉える。

召喚した生物に追わせた方は片付いたらしい、何も言わぬ屍となった物の場所に1体だけ残して他を消す。


「大人しく捕まるか?」

「……」


私の言葉に無言で短剣を構えてきた。


残念だ。


「【現れろ、殺戮の軍勢】」


能力で作り出したウツボが7体現れる。

これは私が唯一再現できた知識でカリル・ディカマンが使っていた技の1つ。


はっきりとした理由はわからないが、この技で生み出したウツボは指示を出さないで目の前にいる存在を殺そうと動く。


なんとなく唱えてみたらウツボが現れて、そのとき偶然近くにいたノールに向かっていったときは本当に焦った。

直ぐに消えろと唱え、なんとか誰にも見られずに済んだがノールの着ていた服の一部が噛み取られていた。


「【アイスウォール氷よ我を守れ】」

『『『メキャキャキャ!』』』


ウツボの噛みつきの前に氷で出来た壁は無意味だった。

氷の抵抗を一切感じない猛攻により、相手は怯んでいた。目の前の光景が信じられないと言った様子で逃げ出そうと脚を動かした。


「クソッ!」


どれだけ壁を作り出し、どんな攻撃をしようと、ウツボ達は一直線で向かっていく。

そのうち恐慌状態に陥り、冷静を欠いた相手はウツボに脚を噛み砕かれていった。


「うわぁぁぁあ!!」


これで終わりだ。

噛み砕かれる音が聞こえて流石に気分が悪くなる、だが人を殺めるという事には慣れすぎたくない私にとってはこれでいいのかも知れない。


しかし弱くなった。

知識の面で能力的には強くなれたが、混ざった精神はそこまで強くなかったのだ。


『『『メキャ──』』』


ウツボの不気味な声が消えた。

技の対象となった相手を倒しきったのだろう。


さて、残りはボスコが戦っている者と私が魔法で気絶させた者の2人。

早く戻ろう。


近づくにつれて剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。


「……負けたのか。」


姿を見せると2人は少し距離をとって戦闘を止めた。

ボスコも相手もお互いに怪我はしておらず、


「そうだな、残りはお前を含めた2人だけだ。」

「ん?2人だと?

まぁいい、私のやる事は変わらない。」


何をするつもりなのか分からないが、いつでも動けるように警戒はしておく。


「念の為に聞いておくが投降するか?」

「それはあり得ない。

我々は失敗したが、命を捨てる覚悟はとうにできている。」

「そうか。」


私が手を構えるのと同時に、ボスコと相手も剣をゆっくりと動かした。


「では終わらせるとしようか。」


そう言うと相手は剣を落とした。


「それには及ばない、自分で全て終わらせる!」

「……!

ボスコ、奴を止めろ!」


相手は気絶していた仲間の元へと向かい、いつの間にか手に持っていたアイスピック程の針を突き刺した。


「ゴポッ……」


刺された者は口から血を吐き出した。


あの反応は毒だろうが効果が出るまでが早すぎる。

毒の正体については幾つか予想できるが、アイテムBOXの中身も含めて現在の持ち物では治療は不可能だ。

あれを使わせる訳にはいかないと全力で相手に向かうが一足遅い。


「友よ、向こうで会おう。」


相手は抜いた針をそのまま自分へと突き刺した。


最悪だ。

1人でも生き残っていれば情報を抜き取れたのに、私達を追って来た者は全滅だ。


「すぐに屋敷に戻るぞ、この死体は……なんだと?!」


追手達の体は勢いよく燃え始める。


忠誠心が高く、情報を一切与えるつもりがない備え、まさか自らの体を燃やすとは思っていなかった。


仮面を取り顔だけでも把握しておけば良かった。


「カリル様……」

「大丈夫だ。屋敷に戻り使用人達が全員居るかの確認、裏切り者はこの場で斬った。

そう考えよう。」

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