第12話 目覚めと正体

「お母さん?!」


少女の焦る声に目が覚めた。


「どうしtーー」

「お母さん、お母さん!!」


ベッドの上で少女が母親に抱きついていた、母親の方も動きにくい腕を一生懸命に動かして少女を抱きしめようとしている。


「意識が戻ったか。」


感動の再会だ。

ミナも護衛も気を使って気配を消し、親子の空間の邪魔をしないようにしている。もちろん私も。


ぷるぷると震える腕を少女の背中に回し、ゆっくりとさすっている。


「あれ…?

どなた、でしょうか…?」


そのまま黙っていたら、母親が部屋の中にいる少女以外の存在に気づいた。


「私はカリル・ディカマン、貴方の治療をした者です。他の者達は私の使用人と護衛です。」

「…!」


私の名乗りに母親は目を見開いた。


「まさか、ディカマン伯爵様が治療をしてくれるとは…

ありがたいのですがお金はありません、何年掛かっても私が必ず払うので娘は自由に生きさせて貰えないでしょうか……」


先程までの弱々しい声から一変、堂々とした声と雰囲気で一気に捲し立ててくる。

その雰囲気は腹の探り合いを行っている時の貴族そのもの、扇子で口元を隠している幻が見えてしまうほどだ。


「そこの少女と契約をした。

内容は単純、私が新しい治療法を貴方で試し効果があるかを確かめる、代わりに治療の代金を受け取らない。という契約だ。」


まぁ書類や第三者を通していない完全な口約束だが、破ろうとは思っていないし特に問題は無い。


「そうでしたか…

改めてお礼を、本当にありがとうございます。」


やはり何を考えているかわからない。

私と少女の母親の間で一切の油断を許されない空気が出来上がっている、この場で私と少女の母親以外は誰も話しに入ることができない。


「【イサレント音を遮断せよ

単刀直入に聞きます、貴方は何処の家のお方でしょうか?」


目の前の相手に私程度では太刀打ち出来ないと理解するまで時間は掛からなかった。

体力的に厳しい所があるのか少し意識がフラフラしているのがわかり、このまま時間を掛ければ私でも聞き出せるだろうが、それはフェアじゃない。


「…私の名前は、ナーミス・ベルトナ。

まぁ、今では元と付いてしまいますがね。」

「!」


ベルトナ家、王国で子爵位の貴族でありながら回復魔法を扱える家系。

基本的に回復魔法は神に祈りを捧げ続けることで手に入れることができる魔法として教会が独占している、回復魔法を教わる時に行われる契約によりその内容が漏れることは無い。


そんな回復魔法を教会とは別の方法で手に入れたのがベルトナ家だ。


ベルトナ家の回復魔法の得方は諸説あるが殆どがデマであり、唯一のヒントと言えるのは『神の奇跡?そんな物ではない、我々は人を深く知ったのだ。』

初代当主がそう語ったと文献に残されている内容、しかし未だ回復魔法を得たものは居ない。


だが、


「生き残りが居たのか…」

「ふふ、私がベルトナ家の貴族と名乗っていた最後の1人ですよ。」


教会と真っ向から対立してしまい、最後には悪魔と契約したとしてベルトナ家は崩壊、一族は1人残らず消されてしまった。


「やはり冤罪なのか?」

「…さぁ、どうでしょう。」


気になった事を思わず聞いてしまった。


王国の貴族の間でベルトナ家の話をするのはタブー、だが皆言わないだけで教会に消されたとわかっている。


「あの日の事を話すには貴方を信頼できない、今はこれで許してくれないかしら…?」

「いや、こちらこそ申し訳ない事をした。」


どんな出来事があったのかわからないが、あまり思い出したくない事だろう。

ただの好奇心で触れていい内容じゃなかった。


さてと、まさか治療した相手がベルトナ家の者とは思わなかった。


「えっと、お母さん…?」

「ノールこの人には名乗ってもいいわ。」


私とナーミスの間にあった空気が無くなり、周囲の者達が動けるようになった。


「えっと、ノール。ノール・ベルトナです。」

「改めてカリル・ディカマンだ。」


貴族同士の挨拶では、相手が自分の名前を知っていても名乗るのが礼儀。


「ん?」


待て、ノール?


「なにかありましたか?」

「いや…」


なんとなくだがその名前を知っているような気がした。


何処かで聞いたか?

得た知識の事で重要な事はハッキリと覚えているし、少なくともこの世界の物語に深く関わる者では無いのだが。


「…それより今後の事を話そう。」


あまり長く考え込むのは良くない、護衛達の不思議そう見つめる視線が集まりつつあった。


「今後、ですか?」

「あぁ目が覚めて直ぐで悪いが、色々と決めなければいけない事がある。」


私は治療した相手が誰であれ聞こうとしていたことがある。


「君達はこれからどうする?」


本当ならもっと詳しく説明、公爵領内で評判が悪い私に治療されたと噂が回れば間違いなく住みづらくなる、その対策として伯爵領に来ないか?という質問だ。


「できれば伯爵領に行きたいと考えております。」


流石はベルトナ家の人間、言葉を極限まで削った私の問いに100点の答え。


「わかった。

まぁ、なんとかしよう。」

「感謝いたします。」


この場にいる者で私とナーミス以外には理解ができない会話だろう。


ナーミスが1番始めに『できれば』と言ったのは、ベルトナ家の人間を保護下に入れることによる伯爵家のデメリットを心配したから、それに対する私の返しで『なんとかする』という訳だ。


貴族にはこのような技術も必要、周囲の人間に情報があまり漏れないよう、わざと言葉を少なくして会話をする技術だ。


「さてと、では次のーー」


コンコン


話を続けようとしたところで何者かが扉をノックした。

おそらく公爵の密偵だ、ナーミスと会話をする前に音が漏れないよう結界を張ったせいだろう。


「動くなミナ、扉は開けなくていい…いま外の護衛は?」

「現在は買い出し中です。」


険しい表情のナーミスに視線を向ける。


「私が基本的に対応する、もしかしたらナーミスにも話が回るかもしれないがうまく話を合わせてくれ。」

「わかりました。」


立ち上がり扉に向かう私に護衛達が止めようと動くがそれほど広くない小屋では直ぐに扉へと着いてしまった。


「誰だ。」

「ディカマン伯爵様ですね?

公爵様からの伝言を預かっています。」


さてと鬼が出るか蛇が出るか…

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