第10話 患者

「診察を始める。

念の為に言っておくが患者に対して魔力が関わる行動は極力するな、病が悪化する可能性がある。」


患者の手に触れる。


赤石病の診察は予備知識があれば誰でも行える。

指先などの末端から触れていき石のように固い部分が何処まで続いているかで患者に残された時間が大体だがわかる。


肩がギリギリ動かせるぐらいまで完全に固まっている、想像以上に悪いな。


「魔封石を。」


魔封石の使用方法はいくつか思いついている。

軽症なら患者の心臓近くに置いておく事で病の進行を防ぎ、患部つまりは手や足に置き魔力をゆっくり取り出す。

だが今回の患者のように重症だと、ゆっくり魔力を取り出している時間は無い。


取り敢えず、他の方法を準備するために心臓近くに魔封石をーー


「ん?」


置いた瞬間に魔封石のうち半分が普通の石に変わった、残り半分の効力は残っているが完全な石になるのも時間の問題だろう。


「剣を貸せ。」

「え、剣をですか?」

「そうだ、早くしろ。」


予定では軽症の患者を治療するはずだった。

使用方法はいくつか思いついていても必要な道具は馬車の中。


「戻ったら新しい剣を買うから許せ。」

「え?」


護衛から借りた剣で魔封石を削る。

背後から声なき悲鳴が聞こえるが無視して削り続ける。


削って取れた魔封石の粉末は専門の道具でないため大きさが歪だ。


「水はあるか?」


これを飲ませる。

どんな害があるか分からないのもあってあまり多く使用は出来ない、だが内側から素早く魔力を消滅させることが可能なはずだ。


「よし、ミナは私と共に待機。

護衛のどっちか1人は馬車に走って道具と魔封石を持ってきてくれ、人員は3人でいい。それ以外の者達は待機と伝えてくれ。」


「了解です!」「ァァァァァ…」


元気のいい返事だ。

護衛の倒れてない方が小屋から出て軽快に走っていく。


「シクシク…」

「えっと、この人は大丈夫なんでしょうか…?」


倒れた護衛を気にしている少女、少しミナに警戒の視線を送るのは無理矢理押し入ったせいだろう。


「気にするな、多分問題ない。」

「そうですか。」


それっきり喋らなくなった少女。


「「「……」」」


さてと、無言で眺められて少し苦しく感じるんだが…


この世界の治療は魔法をひたすら掛け続けたり、魔法薬を個人に合わせて配合したりと忙しい。少女はそういう治療を求めているのかもしれない。


だけど、正直この治療はひたすら待つ事しか出来ない。

この場に一般的な常識を持つ者が見れば、私の行動はただ患者を眺めているだけのヤブ医者。


「…治療の説明をする。」


この少女が納得してくれるかは分からないが、今回行う治療を説明してみる。

本来なら最初にやるべき事だが、状態が想像以上に悪かったのもあって後回しになってしまった事だ。


できるだけ噛み砕いて説明していく。

赤石病の原因である魔力、その魔力を取り出す方法と使用する道具。


私の説明は特に反発される事なく受け入れられ、質問タイムに移行した。


「その魔力を出している存在は誰なんですか?」

「誰、というよりかはダンジョンが出現してしまったからだろう。」

「でも公爵領全体がそうなっちゃう程大きいダンジョンならすぐに見つかるのではないでしょうか?」

「…確かにな。」


だがゲームの中で、あのダンジョンは2階層までしかなく決して広いとは…


「伯爵様?」

「あぁ、すまない。少し考え事をしてしまっていた。」


少女はかなり頭が良い。

それも学んだとしか思えない知識や鋭い考察など、私とほぼ同年代の平民では到底あり得ない思考の速さ。


私が思いつかない、あっ!と声を出してしまいそうになりそうな事をかなりの頻度で話してくる。

この世界の知識を持っている私だが、その知識に引っ張られすぎて思考が固くなってしまっているのだと実感させられる。


「ダンジョンって事は宝箱もありますし、攻略とかしたら大金持ちになれそうですよね。」

「入り口がわかればそれもありかもしれないが、リスクとリターンがそこまで合っているようには思えない。」


序盤も序盤、チュートリアル扱いのダンジョンだから敵もカスなら宝箱もカス。

魔物の魔石と宝箱の中身を全て売り払ったとしても金貨5枚いくかいかないか、4人家族の平民が2カ月暮らせるぐらいの金額だ。


っと、そんな事は置いておいて少女についての話だ。


改めて少女を見て情報を得る。


歳は私やミナと同程度、このように会話しているだけでも何処か気品のようなものを感じる。

だが今はボロ服をきて小汚いせいで近くにいるミナは特に何も感じ取れていないようだが…


(綺麗に着飾ればかなりの美形…)


人を外見で判断しているようで良い気分ではないが、この世界において容姿は重要な判断基準の一つだ。

貴族は基本的には美形が多い、その理由はおそらくゲーム前半でのメインステージが貴族の通う学校だからだろう。背景に映る一人一人がメイン並みに力が入っていたのを覚えている。


その中でも特にストーリーに深い関わりがある者、私もだがそういう者の周囲は美形が多い。


そこまで考えて私が言いたい事、それはーー


この少女。高貴な血筋、またはストーリーに深く関係する者じゃないだろうな?


なんとかして名前を聞きたいが、普通に聞けばファミリーネームは省略されてしまう。

少女の母親を治療し、恩を売ってから聞き出す方が安全だな。


「聞いてるんですか?!」

「そんな心配しなくても聞いているよ。」


謎が出来たが少女との会話はなんだかんだで楽しい、年齢が近く私と同等に会話ができるというのがこんなにも心躍る事だとは…!


「はえ〜、難しい話ばっかりで頭が痛くなってきちゃいました。」

「休んでいても構わないぞ。」

「いえ!私は伯爵様に仕えるメイド、いつでも御命令頂けるように控えております。」


その後ミナが寝落ちするまで時間は掛からなかった。



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