第9話 不快感
一瞬でもドアを開けてくれれば私が伯爵だという事に気づいてくれるんだが、こうなってしまえば私の顔を見せる事は不可能だろう。
「とある事に協力してくれるなら金は要らん。」
「イヤだ!お前らだって変な薬を高額で売りつけてくるんでしょ!」
ふむ、では違う方向で説得を…
なるべく威圧感を与えないように説得、協力してもらうことの説明、色々とやっていくがどれもイマイチ効果が無い。
ディカマン伯爵だと名乗っても、扉の先の少女は頭に血が昇っているのか大きな声で帰れと言うだけ。
「カリル様、此処はお任せください。」
何度か説得を繰り返しているとミナが前へと出てきた。
「出来るのか?」
「相手はとても興奮しているようなので説得は無理です。」
「ん?
まぁいい、やってみろ。」
「かしこまりました、【
ミナが魔法で扉を開けるという強引な方法で室内へと入っていった。私でもその行動は最後まで取っておこうと思っていた方法なんだが…
「入りますよー。」
「入って来ないで!」
涙目で必死にミナを止めようとする少女に多少の罪悪感を感じつつも、護衛を連れて中に入る。
部屋の中には小さな棚と椅子と机とベッド、そのベッドの上には目を閉じて苦しそうにしている女性が寝ていた。
その女性を見た瞬間に理解する。
この者は赤石病にかかっており重症、そしてもう1週間もてば良い方だと。
「はぁ…【
ミナに掴まれながらも暴れる少女を魔法で落ち着かせると、さっきまで暴れていた少女は力が抜けたようにへたり込んだ。
「まずは謝罪を、うちのメイドが失礼した。」
「「「!」」」
私が少女に頭を下げているのを見て、護衛とミナが慌てているのがわかり、片手で動くなと命令を出した。
「改めて名乗ろう、私の名はカリル・ディカマン。
ディカマン伯爵家の当主で公爵領で流行っている病の治療法を探している。」
「…お母さんを治してくれるの?」
「そのつもりだ。」
冷静になったおかげか、私の正体に気がついたようで希望が混じった眼で恐る恐る見上げて聞いてくる。
「でも、お金無い…」
「私の治療法は有効かどうかはまだわからないのもあって金は必要無い。
君は母親が実験体扱いされて不快かもしれないが、あのままでは1週間経つ前に死ぬ。」
「……」
絶対に助かると思っていた少女にこの真実は重かったらしく、眼から光が消え地面を力なく見つめた。
「それをやって…
それをやって、病が悪化する可能性もあるじゃん!」
心の底からの叫びだ。
「そうやって叫んだとしても、君が望まない限り私は治療を始められない。
断るならハッキリと受けないと言ってくれ。」
「わかんない、わかんないの!」
ほとんど拒否権がないような質問を聞いて、泣きじゃくる少女。
そんな状態の少女を見て、私が感じたのはわずかな罪悪感と大量の不快感。
私の冷静な部分が、子供に選ばせるには酷な質問だったんだこうなっても仕方ない、と自分に言い聞かせている。
だがそう自分に言い聞かせていても不快感は募っていくだけ。
「ふざけるな!」
そのうち僅かな罪悪感を押しのけて浮かんでくる、多くの不快感に私は耐えきれなかった。
「貴様の親はまだ生きているだろうが!
親が病にかかった事を知らないわけではない、なんとかして助けたいと願っている!」
私の雰囲気にのまれ誰も動けずにいる。
「亡くなってから連絡が来て、最期にも会えなかった私とは違うだろう!」
好き勝手に喋ったことで自分の不快感の正体に気づいた。
私は親と最期の時を共に過ごせている目の前の少女が羨ましかったのだ…
もっと共に過ごしたいと思って治療法を求めているのに、すぐに治療を受けると言わなかった事にイラついている。
なぜなら少女が本当に治療法について疑問を持っているのなら断れば済む話だからだ。
受ける/受けないの答えを自らあやふやにしてしまえば、どのような結果になったとしても絶対に後悔する。
仮に私が治療を強行して助かったとしても、目の前の少女は心の底から喜べない。
自ら選んだ道でなら後悔しても立ち直れる、だが誰かに無理矢理通らされた道では将来絶対に後悔する。
それは断言できる。
「僅かでも助かる可能性にかけて治療を受けるか、治療を受けずに最期の時を2人で穏やかに過ごすか。
それを選べ!自分で選ぶんだ!」
言いたい事を言った私は荒くなってしまった呼吸を整える。
そのまましばらく経ったが、少女は俯き何も言わない。
これ以上は時間の無駄になる。
少女が自ら動かない以上は私に出来ることなどない。
少女に自分を投影してしまい感情を抑えきれず、少女に向かって好き勝手言ってしまったが、これだけ感情が動かされたのには理由がある。
この少女が善人であったから。
ベッドで横になっている親は素人が見ても限界だ、と答えるほど危険な状態。
この少女ほど親を思う気持ちがあるなら、回復薬を盗んで助けようとしてもおかしくないのだが魔法で思考を読んだ時にお金が理由で諦めていた。
演技では無い本心から善が眩しかった。
なんとなくだが助けたくなった。
だけど、
「…ミナ、戻るぞ。」
「は、はい!」
話す気配のない少女を置いて、ミナと護衛達と共に小屋を出る。
「カリル様よろしいのですか?」
「…仕方ないだろう。
それより次の患者をさがそーー」
バタン!
小屋から10歩ぐらい離れたところで背後から扉が勢いよく開く音が聞こえた。
「お母さんを、助けてくださぃ…」
少女だ。
離れたところから頭を下げて必死に親を助けてくれと懇願している。
上出来だ、あの少女は自らの気持ちにケリをつけた。
親と最期まで一緒に過ごすと答えてしまいそうな私とは違う、少女は強い。
その言葉を聞いた私達は全員で小屋へと戻った。
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