第7話 公爵領
馬車の小窓から公爵領の街を眺める。
「死んでいるな。」
街が死んでいる、この街には活気が無い。
人が居ない訳ではないのだが、歩く人々に笑顔は無く、手作りのマスクを着用して人と近づきすぎないように動いている。
「怖いですね…
出店とかは普通に開いてるのに、人が少なくて怖い…」
「公爵の政策だな。」
「政策ですか?」
「あぁ、赤石病が流行り始めた当初は人から人に感染すると思われて、店を経営する商人達が公爵領から離れる動きを見せていた。
商人が離れるということは、領地の力が弱まるということ、そこで公爵が打ち出したのが商人保護支援だ。」
これは大罪シリーズのファンブックに書かれていた情報だ。
急に真面目でかつわかりやすい説明ということで、ネット上でも話題になり、もっと解説!という動画が流行っていたから知識の中でも少しだけ掘り下げられた詳しい知識を持っている。
「その支援というのは、いったい?」
「公爵領で経営をしている者達は公爵が定めた商会の規模によって支援金を受け取れる制度。
その受け取る条件に長期間休まない、という条件が付いているから出店が休まずに経営されているんだ。」
「なるほど…私にはお金がもらえるって事ぐらいしか理解できないです。」
「…その解釈で十分だ。」
私の説明はそんなに難しかっただろうか…
「やっぱり…」
「ん?」
「伯爵様はお優しいです。」
ミナがギリギリ聞き取れる声の大きさで呟いていた。
急にどうしたんだ?
聞かせる気はなかったのだろう、私が視線を向けると慌てたあと少し下を見て話し出した。
「他の貴族様はメイドを同じ馬車に乗せたりしません、仮に乗せても向き合うように椅子に座らせるなんて絶対にありえないです。」
「……」
普通だと思っていた行動がそのように取られて素で驚いた。
私は今まで生きてきた人生の大半を赤石病の治療法を探すために使っていて、貴族同士の関わりなど殆ど無いに等しい状況だった。
普通なら当主の親についてパーティーなどに参加することもあるだろう。
一度も参加しないというのは、この国の貴族として私は異質な存在だと思われているだろう、悪く言えば貴族としての常識が無い。
「他の貴族様と比べたら、伯爵様はとっても優しいんです…」
「そうか。」
ミナが優しいと言った私の行動は別に深く考えていた訳ではなかった。
同じ馬車に乗せたのはただ近くに居てくれた方が色々と都合が良いと考えての事だし、椅子があるのに地面に座ろうとするのは少しバカだな、としか考えてなかった。
そんな平民を見下す貴族が多かったから、英雄の末裔による革命が起こったのかもしれない。
「私もそうなった方が良いか?」
「ダメです!
私は優しい伯爵様の方が、ぁぅ…」
冗談で言ったつもりだったのだが、必死に拒否された。
言った後に冷静になったのか顔を青くして俯いてしまったのを見て罪悪感が湧き出てくる。
「すまない、ほんの冗談のつもりだったんだ。」
「あっ、えっと、伯爵様が謝られる事では…」
「自分で言うのは少しおかしいと思うが私は変わった。
これからも変わることはあるだろうが、少なくとも私に仕えていくれている者達への態度は絶対に変えないと誓おう。」
貴族としての最上級の礼を行うと、ミナが更に焦っていくのがわかった。
ワタワタと慌てているのが可愛らしい。
「え、えっと、えぇぇぇぇ!」
コンコン
「誰だ。」
「治療院に到着しました…」
「すぐに出る。」
嫉妬の紋章を隠す為に黒い手袋を付け、頭を左右に振って混乱しているミナを放置して馬車を降りる。
外に居た何か聞きたそうなライオもスルー。
リュックを持っている護衛達に声をかける。
「魔封石はどこだ、俺が持っていく。」
「いえ、我々が運びますよ?」
「この先には患者が沢山いるが、それでも来るか?」
「当たり前です。
自分たちは伯爵様の護衛ですし、伯爵様がいれば病にも掛からないでしょう。」
家の事を殆どやらない当主だった私を何故ここまで慕ってくれるのだろうか…
考えても私にはわからないが、それがとても嬉しく感じる。
「言った通り魔封石は持っているな?」
「「「もちろんです。」」」
「ではこい。」
重い扉を開けて治療院へと入る。
「申し訳ありませんがこの治療院での受け入れは…なんの御用でしょうか?」
集団で入った我々に気づいた治療にあたる者が話しかけてくる、白く清潔であっただろう服は薄汚れており余裕が無いと主張していた。
「ディカマン伯爵だ、赤石病の治療に来た。」
「「「!!!」」」
名乗ると同時にざわつく院内。
ざわつきの中でも多い声は『いまさら何しに来た』だ、そして私へは殺意にも似た大量の悪感情が集まっている。
背後に立っている護衛から僅かにイラつきを感じる。
「今回はどのような治療をおkーー」
「残念だが此処に居る者を治療する気はない。」
「え?」
一気に静まり返る院内、だが直ぐに私を罵詈雑言の嵐が襲ってきた。
やれ『悪魔だ』『卑劣だ』『人じゃない』色々と聞こえるよ。
あまりの圧に護衛が私を守ろうと剣を抜こうとしたがそれを止める。
ここに居る奴等はわかっていない。
その罵詈雑言を浴びせているディカマン伯爵家がどれだけ赤石病の治療に貢献しているか、どれだけ魔法薬師を派遣し、どれだけ資金を動かしたか。
その支援は父上の代から私の代まで変わらないどころか、どんどん手厚くなっている。
そのおかげで公爵家はさっきミナへと説明した政策へと集中できている。
父上が死んでから伯爵家に対する評判が一気に悪くなったが、それだけの支援のことを知っていた筈の領民がディカマンの名を名乗っただけで悪意をぶつけてくる、これは異常だ。
何か大きな力が働いている。
まぁ、何かなどわかりきっていることだがな。
「患者を探しにいくぞ。」
「「「はっ!」」」
公爵領でこれだけ簡単に評判を操作できる存在、
それは公爵家の当主だけなのだから。
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