第31話

 肌寒い冬の夜の風が吹きあれ、多くの星が輝く夜空


「山だァァァァァァッァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 別荘の方へと引っ越してきた、その当日。

 僕と瑞稀が引っ越し作業を済ませたその夜、誰も近くにいない夜の山で瑞稀が大きな声で叫ぶ。


「うん、そうだね、山だな」


「山と言えば何か!そんなものは決まっているぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


「うん、そうだね、決まっているね」


「バーベキューだァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


「うん、そうだね、バーベキューだね」


 圧倒的なハイテンションで叫び散らかす瑞稀の言葉に僕は雑な返答で返す。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううう!!!」 


「おわっ!?」


 そんな僕は突如として自分の耳元に響いた沙月さんの大声に驚愕して大きな声を漏らす……あ、あれ?さっき沙月さんはトイレに行ってくると言って一旦離れていたよね?いつ帰って来たんだ。


「な、何をするんですか……?」


 驚きながらいきなり叫んだ沙月さんの方へと視線を向けると彼女はバーベキューセットを手に抱えて満面の笑みを浮かべていた。


「おぉ!めちゃくちゃ準備が良いじゃん!」


 僕に遅れて沙月さんの方へと視線を送った瑞稀は彼女の手の中にあるバーベキューセットを見て歓声の声を上げる。

 

「ふふっ、任せて頂戴?これでも私は大阪のバーベキュー女と呼ばれていたのよ?これくらいの準備は朝飯前よ」


「おぉ!」


「それ、ギリギリ悪口じゃないですか?」


 大阪のバーベキュー女ってなんだよ、初めて聞いたんだけど。


「悪口とは失礼ね……まぁ、あながち間違ってもないんだけど」


「え、えぇ……?」


 僕が沙月さんの言葉に困惑し、どう答えるべきか悩んでいる間にも彼女はテキパキと体を動かしてバーベキューの準備を進めていく。

 その段取りに一切の無駄はなく、すぐにバーベキューが出来る体制となる。


「おぉ!早い!」


「まぁね。でも、ここからが本題よ……火をつけないとね」


「あぁ、火か。私、バーベキューやる上で一番大変なのが火をつけることだって聞いたことあるかも!」


「ふふっ……確かに、普段であれば一番大変なところだけ、今の私たちには特別なものがあるわ」


「え?なになに?」


「貴方のお兄ちゃんに決まっているでしょう?ほら、大翔?」


「えっ!?あっ、はい……何ですか?」


 突然、バーベキューを始めるための準備を始めた二人を無視してぼーっと星を眺めていた僕はいきなり沙月さんから声をかけられて驚きの声を上げる。


「火をつけてもらえるかしら?陰陽術でちゃっと」


「えっ……別に僕はチャッカマンじゃないんだけど」


「でも一番火の陰陽術が得意でしょう?」


「……まぁ、そうだけど」


「だったら火力調整とかも出来るんじゃない……?お願い出来ないかな?」


「うっ……わ、わかったよ……」


 沙月さんの大きな瞳から真っ直ぐに見つめられておねだりされた僕は頬を少しだけ赤くさせて口元をもごもごとさせながら彼女の言葉に頷く。


「……」


 そして、火力を極限にまで押さえつけた状態で僕は火をつけていく。


「……よし、出来た」


 ギリギリの火力調整の果てに何とかつけられたバーベキューセットを見て僕はほっと一息をつく。

 何とか台を燃やすことなく陰陽術で火をつけた。

 これで気を抜いたりしたら、台どころか庭を焼いてそのまま山火事へとつなげてしまうところだった。


「ありがと!お兄ちゃん!」


「それじゃあ、バーベキューしていきましょうか!お肉に海老ちゃんにお野菜に!色々なものが揃っているわよ」


「わぁーい!それじゃあ、楽しい楽しいバーベキューの始めるだよ!」


「おぉー!」


「……そぉーだね」


 割ときつかった火力調整込みの陰陽術で既に満身創痍気味な僕は楽しそうな二人の様子に弱々しく声を返すことしか出来なかった。

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