第15話

「「「ありがとうございました」」」


「はぁ……。沢山食べてお腹いっぱい」


「だねぇ」


 結局僕は、瑞稀と沙月さんが選んだものばかり食べていた。バイキングって思い切りが必要なんだ。そう思ったひととき。

 瑞稀も沙月さんも満足したようで、上機嫌だっ……た?


「沙月先生。お兄ちゃん。なんか嫌な予感がする」


「「嫌な予感?」」


「ちょっと着いてきて!」


「うん」「わかった」


 瑞稀が警戒している? 僕と沙月さんは早足で前を行く瑞稀を追いかける。しばらくして瑞稀は周辺を見回し始める。


 瑞稀が何を探しているのかはわからない。そもそも、この通りには人が密集していて、誰が誰だか見分けがつかないのだ。


「まだ近くにいるみたい」


「近くにいる?」


「ちょっと寄り道していい?」


「いいけど……」


 そう言って瑞稀は服屋やスーパー。靴屋。八百屋。などを次々と入っていく。だけど、瑞稀の緊迫とした表情は晴れなかった。


 そこでというように走り出す瑞稀。僕達ももちろん追いかけ、路地裏に逃げ込んだ。


「瑞稀さっきから何?」


「誰かがさっきから追いかけて来てる気がして」


「まさかストーカー⁉︎」


「ちょっとしー。しーだよお兄ちゃん」


「しーじゃないよ!」


『よくもまあ、ここまで巻いてくれたねぇ。少年とそのお仲間たち』


 その声の主は黒いドレス着た女性。この声はどこかで聞いたことがある。路地裏は薄暗く、女性の黒さが引き立っていた。


「茨木童子!」


『おや、やっと気づいたのかい』


「このストーカー!」


「ちょっと瑞稀……」


 茨木童子は首を数回鳴らして、睨みつけてくる。この様子どこかで見たような。そんなことを考えていると、沙月さんが刀を持って臨戦態勢になっていた。

 対する茨木童子も金棒を持って、ブンブンと振り回している。


『ストーカーとは聞き捨てならないねぇ!』


「ストーカーなんて許さない! いざ勝負!」


「沙月さん⁉」


 交わる茨木童子の金棒と汐梨さんの斧との刃の音が、僕の脳内にある記憶をフラッシュバックさせる。


 それは僕が必死に瑞稀を守り抜いてきた記憶、傷ついた瑞稀に声もかけられず、何もできない自分を悔いた記憶。


 茨木童子だって同じかもしれない。仲間を守れない自分に対する怒りを、復讐心にしてるだけなんじゃないか。


 だったら、僕ができることはこれしかない!


「陰陽上級! 神楽舞!」


「お兄ちゃん⁉」


 パッと思いついた技。こんな技あるのだろうか? そう思いながら使ったが、世界は自分と共鳴した。


 真っ赤な炎が茨木童子を襲い、周囲を染め上げる。この光景どこかで。僕は力を上手く制御し炎を小さくさせていく。


 そこには、大人しくなった茨木童子と、沙月さんの姿。妹の瑞稀も呆然としている。これが、僕の陰と陽を組み合わせた技なのか?


『そこの少年やるねぇ。あの頃と違うねぇ』


「あの頃?」


『少年の家を燃やした日。アタイの部下が燃やしたのさ』


「茨木童子の部下が⁉︎」


『ま、そこまでしなくてもいいと思った矢先の出来事だったから。この前まで怒ってたんだけどねぇ』


「そうは見えないですけど……」


 感情を隠しているのでわからないが、部下に怒っているらしい。そういえば沙月さんも似たようなことを言ってた気がする。


 だけどそれって、僕達を救ってもらうきっかけにもなった。だから、少し困惑している。ストーカーをしたことはいけないことだ。


 だけど、このマガツキを警察に渡すわけにもいかない。マガツキは陰陽師とだけの間に成立するのだから。


「あの……。茨木童子さん」


『なんだい少年』


「僕達を救ってくれてありがとうございます」


『アタイがアンタ達を救った? それはどの口が言うんだい』


「僕の口からです」


 ちょっと微妙な流れになってしまった。確かに、僕達が救われる機会を作ってくれたのは、この茨木童子だ。


 沙月さんは助けてくれたけど。それ以前に救われていたんだ。だから、言うことは決まっている。


「今度からは、放火などをしないでください。僕達以外にも家を失くした人がいます。もしそれが部下だったら、しっかり叱っておいてください」


『アンタ変わってるねぇ。そう言われたのは初めてだよ』


「え⁉」


『約束しよう。これを大事に持っておけ」


 そんなすんなり?

 茨木童子はまるで契りでも交わすように、豪奢なカバンをゴソゴソさせる。そこから出てきたのは、抜け落ちた牙の入った小さい袋と爪切りだった。

 そして、素早く爪を切り牙の入った袋に入れると、それを渡される。マガツキの爪と牙。これが約束の印になったのだろう。


「これ、本当に貰っていいんですか?」


『いいよいいよ。きっとお互いにいい事が起こるから』


「お兄ちゃん。従っちゃダメ」


 止めに入る瑞稀。しかし、これを受け取った以上返すのももったいない。僕は牙と爪が入った小袋をポケットにしまう。


『それと、さっき止めに入った少女はアンタの妹さんかい?』


「あ、はい。そうですけど」


『なんか嫌いなオーラがプンプンしてたまらない。警戒対象としておこうかね』


 瑞稀が警戒対象?

 思えば僕達の中で真っ先に茨木童子に気づいたのは、瑞稀だった。だからなのだろう。茨木童子が警戒したくなる気持ちはわかる。


 だけど……あの本に触れる前までは瑞稀のことを警戒するなんていう発想は出てこなかったし、その気持もわからなかったはずだ。

 でも、今はマガツキの感覚がわかってきた。


 僕の中で、何かが変わろうとしているのかもしれない。だけどそれが何なのか、今の僕にはまだわからなかった。

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