第16話

 突然現れて何かを残していった茨木童子。

 僕の手元には爪と牙の入った小さな袋だけ。


「よし! それも吸収しちゃおうか!」

 

 茨木童子の気配が完全になくなると同時に沙月さんが元気よくもらった爪と牙を吸収してしまおうと提案してくる。


「えぇっ!?」

 

「良いじゃない。マガツキの約束が何だか知らないけど私たちが守ることじゃないわ。確かに、私たち陰陽師はマガツキとある程度の関係を維持しているわ」

 

 意思もなくただ喰らうことしか人を考えていないマガツキがいる一方で先程の茨城童子のように本体をマガノへと置き去りにした状態で意思のみをこちらの世界において観光を楽しむようなマガツキも存在する。

 そんなマガツキと陰陽師は完全に敵対するわけでもないが、監視下でのある程度の自由行動は認めているような状況にあった。

 

 既に茨木童子は鳴海家への襲撃を首謀していたとして見つけ次第即殺せという状況へと変わってしまっているが。


「ですが……」


 そんな関係の相手と結んだ約束に、向こうから勝手に押し付けただけのものだ。

 だが、それでも僕はマガツキとの約束をぞんざいに扱ってはいけない気がした。


「ん、そんなに破りたくないならそのまま持っていてもけどね」


「良いんですか?」


「うん。別に構わないよ。別に爪と牙がそんな大事を起こすようなものでもないしね。好きに使ってくれていていいよ」


「そうなんですね。それじゃあこれはそのまま持っておこうかと思います」


「んっ。そうしたいならそうしなよ! それじゃあ私は茨木童子の発見報告を上にしてくるから二人は先に帰ってて!」

 

 僕の言葉を聞いた沙月さんが頷き、報告のために僕たちから離れる。


「じゃあ、僕たちは屋敷の方に戻ろうか」


「うん!お兄ちゃん」

 

 瑞希は僕の言葉に頷く。そして、僕たちは雪音家の方に帰るのであった。


 ■■■■■

 

 今、屋敷の中には僕と瑞希の二人しかいない。

 涼さんと希美さんはお仕事で出かけており、沙月さんは報告のために僕たちと別れたからだ。


「「……あぁぁぁぁ」」


 二人だけの屋敷の中で僕と瑞希はサウナを楽しんでいた。このサウナは涼さんがサウナにドハマリした結果、新しく作られたばかりのサウナである。

 

「それで?瑞希の訓練はどんな感じ?」


「順調ではあるけど順調じゃない」


「というと?」


「刀とか、戦闘技術とかは順調なんだけどやっぱりどうしても陽の力を練ることだけは出来なくて」


「そっか」


「その点お兄ちゃんは順調?」


「怖いくらいには順調だよ。でも、僕の中にある陰の力がマガツキのものであるということを考えると……」


「そうだよねぇ……」

 

 僕たち兄妹の立場は昔と比べてはるかに良くなった。ほんとに、自分がこんな幸せな立場にあっても良いのかな?と思うくらいには改善されているが、それでも陰陽師としての道のりは未だ苦難が多い。


「お互い頑張っていくしかないね」


「そうだね」

 

 瑞希のに言葉に僕は頷いた。


「そろそろ出ようか」


「うん! そうだねっ!」

 

 僕は瑞希と共にサウナから出て隣にある水風呂にかけ湯をしてから入る。


「「……ぁぁぁぁぁあ」」

 

 水風呂に浸かった僕たちの口から自然と声が漏れ出してしまう。

 急な寒暖差を感じるこの瞬間は体に悪いんじゃないか?とも考えるけど、やめられないのだ。

 暫くの間水風呂に入った後、今度は外に出て外気浴を行う。

 

「「ふぅ……」」

 

 整ったぁー、本当にこの感覚が素晴らしいのだ。

 僕も瑞希も共にサウナへとドハマリ中である。


「二回目行きたいところだけど時間的に少し厳しいかな?」


「うん。そうかも。そろそろ涼さんたちも帰ってくる時間だし、やらなきゃいけないことは色々と残っているからね!少しでも早く立派な陰陽師にならないとね!」


「うん、そうだね」


 僕は汐梨さんとマガツキを倒す約束もしている。

 しっかりと戦えるようになっておかないと汐梨さんさんの足を引っ張ることになってしまう。


「僕もまだ完全に自分の中にある陰の力を使いこなせているわけじゃないし……まだ先は遠いかな」


「うん、そうだね。でも、気をつけておいてね?お兄ちゃん」


「え? 何が?」


「いや、何が、と言われると何を気をつけられば良いのかはわからないんだけど、何故かここで言っておかないといけないような気がして……うん、頭の片隅にでも置いておいてほしいな」


「うん。わかったよ」


「それじゃあ、もう出ようか」


 サウナチェアから立ち上がった瑞希に続いて僕も立ち上がる。


「……ところでさ」


 そのタイミングで僕は恐る恐る口を開く。

 

「ん?何?」


 言うか、言いまいか、悩みはしたことを僕は結局言うことにする。


「チラチラとお兄ちゃんのお兄ちゃんを見るの少し止めてくれない?もうそういうのにも興味が出てくる年頃かも知れないけど、それでも……いくら兄妹でもちょっと恥ずかしいから」

 

 僕は隠すように自分の手を前に置きながら口を開いた。


「……っ!?!? はふっ、はふっ」


 僕の言葉を聞いた瑞希は一気に自分の頬を赤く染めて口をパクパクさせる。その姿は鯉みたいでちょっとだけ面白かった。


「わ、わ、わ、私は先に出ているねぇ!? ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


「あっ……」


 僕がそんな感想を抱いている間に何か堰が切れたかのように口から大きな声を出した瑞希はそのまま僕の元から走り去ってしまった。

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