第11話

 沙月さんを追いかけると、出かける前に閉じたはずの、マガノに通じる門が開けられていた。


 だが、周りを見渡しても、追いかけていたはずの沙月さんの姿がない。となると、これを開けたのは沙月さんで、そのままこの中に入ったんだろう。

 なら、僕も入るまでだ。


「っと。あれ、瑞稀⁉︎」


 僕がマガノの方に入ると、そこには困惑しながら辺りを見渡す瑞希が立っていた。


「お兄ちゃん! 沙月先生が入ってくのを見て追いかけてみたんだけど……ここどこ?」


 そうか、瑞稀はマガノに入ったの初めてだったな。でも、沙月さんは本当にどこ行ったんだ?


「沙月さんはどこ行ったか分かるか?」


「先生なら、あっち行ったよ」


 瑞稀が指差した方向は、僕が沙月さんと一緒に訪れた、一点に光が差し込む場所だった。


「あそこか。瑞稀は危ないから戻ってろ!」


「……いやだ」


「は? 今、なんて言った?」


「いやだ。私、逃げるだけなんていや!」


 今までの瑞稀とは思えない意地を見せている。あぁ、瑞稀は強くなったんだ。それに比べて僕はどうだ。少しでも変わったのか?


 今の僕じゃ、瑞稀を止める権利はない。でも、やっぱり危険でもある。なら微力ながらにも僕が付き添ったほうが良いだろう。


 そして、朝に沙月さんと訪れた場所へ行くと、やっぱりそこに沙月さんがいた。


「やっと来たね。ちょっとまずいことになったから急いで来ちゃった」


「まずいことって、なんですか?」


「大翔くん、あれあれ」


 沙月さんがピシッと指差したのは、あの光。そこへ向かって、コウモリのような翼を広げたマガツキが群がっていた。


「マガツキに翼⁉︎」


「中鬼になれば翼を持つの。しかもそれ以上になると……って、話してる暇じゃないね」


 沙月さんは手に握っていた鞘から刀を抜き、瞼を閉ざして精神を研ぎ澄ますように深く息を吸い込んだ。


「沙月先生…?」


「大翔くん、いくよ!」


「え、えぇ⁉︎」


 沙月さんは僕を置いて勢いよく駆け出した。中級のマガツキは翼を持っている。地上戦しかできない沙月さんはどう戦うのか?


 僕も戦えるようになったらしいけど、戦い方がよく分からない。沙月さんみたいな刀は持ってない。そもそも僕には武器がなかった。


 沙月さんは足早にマガツキに近づくと、力強く一閃。すると、さすがは翼を持つマガツキ。空中に避難して沙月さんの攻撃から逃れた。


「大翔くんも加勢して、これあたし一人でもやっとなんだから」


「だ、だけど僕。詳しい戦い方知らないし、急に力を使えと言われても……」


「大丈夫だよ。今の大翔くんなら」


 今の僕ならって……。


「大翔くんは殴ったことってある?」


「な、殴る⁉︎ 殴られたことならありますけど……」


「なら大体わかるよね。あたしが刀で叩き落とすから、怯んでるところを狙って殴って!」


「ぼぼ、僕が⁉︎」


「ほら、次来るよ!」


「は、はい!」


 沙月さんの言葉と同時に、上空から舞い降りる中級マガツキ。思い切って返事をしてしまったが、これをどう殴れと……。


 そう思っている間にも、沙月さんはマガツキに接近していく。僕も後を追いかけるが、重力差で上手く走れない。


 こんな空間で――僕なりの感覚的に――よく沙月さんは走れるなと思う。こんな場所で殴ったら、身体が浮いて空振りしてしまいそうだ。


「大翔くん準備はいい?」


「は、はい!」


「陰陽上級 双牙斬!」


 沙月さんが技名らしきものを発声すると、前宙みたく身体を捻り、2本の牙を思わせる大技を繰り出す。それはとてつもなく身軽で華麗な刀捌きだった。


「敵が怯んだ! お兄ちゃん出番だよ!」


「瑞稀わかった。そこで見てて!」


「うん!」


 僕は全力で駆け抜ける。人を殴ったことは一度もない。まずまず、人を殴ることなんてできない。だけど、マガツキは別だ。


 僕は右手を握り拳にして勢いよく振りかぶる。これが当たればいける。しかし、目の前に映ったのは闇だった。右手を握ったはずなのに……。


 吸い寄せられていくマガツキの呪力。それは僕の身体に流れていく。これが接触による接種? いや、僕の拳はギリギリ届いていなかった。


「マガツキが弱っていく……。大翔くんさすが!」


「こ、これでいいんですか?」


「うんうん! あとはあたしがトドメをさしてっと……。どうやら襲ってきたのはこの個体だけみたいね」


「みたいですね」


「大翔くん。マガノで殴った気分はどう?」


「え、えーと。現実世界よりも素早く動けた感じ? 最初はズーンとしてたけど、走るのは気持ちよかったです」

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