第10話
休日というだけあって、商店街は賑わいを見せている。ただそんな光景よりも、珍しい沙月さんの私服姿を見つめてしまう。
「もうほとんどのお店閉まってるねぇ~」
「そうですね、もう午後2時過ぎですし」
昼ごはんを抜いているからお腹が空いているけど、昼下がりでラーメン屋は閉まっている。他に空いている店を探して歩くこと5分。見つけたのは、とあるベーカリー。焼きたてなのか、店の外まで香ばしいパンの甘い匂いがする。
「わぁ~、ランチタイム、990円で食べ放題だって! 行こっ!」
「わわっ!」
僕の手を引いて、沙月さんは扉にかけられている[OPEN]と書かれた看板が大きく揺れるほど勢いよく扉を引いて、中に入った。中は外よりも香ばしい。
外よりも中のほうが香ばしいとか、まさしくパンを彷彿とさせる。
「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか? それとも食べていかれます?」
「食べていきます! あの。ランチタイムまだやってますか⁈」
「ランチタイムの方は午後の3時までなので、やっております」
「じゃあ、ランチタイムでお願いします!」
さ、沙月さん元気だなぁ。さっきまでいつもと変わらない雰囲気だったのに。
もしかしてパンが大好きとか、かな?
「席にご案内いたします。こちらへどうぞ」
「はい! パン屋さんがあるなんて知らなかったなぁ~」
「沙月さんってパン好きなんですか?」
「そりゃあもう! 恥ずかしい話、巫女なのに断然パン派なんだよねぇ」
好きだからって、こんなにはしゃぐなんて。いや、これが普通なのかな?
まあ僕はどっちでも良い派だけど……そんなこと言ったら、沙月さんを怒らせそうだから、控えておこう。
「こちらのテーブル席でよろしいでしょうか?」
「あっ、2人掛けなんだ」
「お気に召されないなら、別席にご案内いたしますが……」
「いえ、ここで大丈夫です。すみません、ワガママ言って」
沙月さんが流れに乗るように笑顔で店員さんに謝ると、僕のほうをジトーっと睨んだ。
別に2人掛けが嫌とか、そういうわけじゃないのだけれど、慣れていないせいで緊張してしまいそうで。
だけど決まってしまった以上は、座るほかない。僕は椅子に座り、沙月さんは窓側のソファ席に座った。
それを確認して、店員さんはメニュー表を机に置いて開いてくれた。
「ドリンクバーは税込で150円になりますが、どうされますか?」
「あぁ~……ワンオーダーとかできます?」
「はい、できます」
「じゃあワンオーダーで」
うわぁ、沙月さん、こういうお店慣れてるんだ。僕、こういう店に来たことないから助かる。
「かしこまりました。パンの方、バイキング形式になっております。消毒済みと書かれている方のトング及びバットをお使いください。90分以内のコースですので時間にお気をつけください。それではごゆるりと」
店員さんは食べ放題の説明をし終えると、一礼してパンが並べられているホールへと歩いて行った。
僕と沙月さんは席の目印として羽織っていた上着を席に置いて、ホールに向かった。
「じゃあ僕は……これ」
「クロワッサンかぁ~、じゃあ私は……と、行きたいとこだけど、ごめん」
沙月さんはせっかく手にしたバットとトングをレールの上に置いた。
「え、どうしたんですか?」
「ごめん。昼ごはん食べれないみたい」
「食べれないって…えぇ⁉︎」
せっかく食事にありつけたのに、食べれないってどういうこと⁉︎
何か重大な用事あったっけ? いや、ないはず…。
「すみません、お代は置いておくので失礼します!」
「えっ、沙月さん⁉︎」
沙月さんはレジに2000円札を置いて、店から飛び出していった。置いていかれるわけにも行かず、僕も出て追いかけることにした。
その背中を追いかけていると、高級ブティックから出てきた長い金髪の女の人とぶつかりそうになった。
「ちょっと、そこのあなた! 危ないじゃないですの。このわたくしにぶつかるというなら───」
「すみません、急いでいるので!」
「なっ、まだ話は───」
沙月さんを見失うわけにはいかないと思い、僕はさっさと走り出した。
それと、ああいう人は面倒くさいから関わるのはよしたほうが良いよなぁ。
「なるほど、そういうことですのね。ならば、わたくしもお邪魔させていただきましょう」
後ろの方で何か、声がしたような気がしたが、ここで止まって置いていかれるわけにもいかないので気にしないで沙月さんを追いかけることにした。
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