第9話
「さて。この世界についての説明は終わったし、かえ───」
『あら、人間? 呪力を得ようかと思ったけれど、これは好都合かもしれないわね』
え、また? って待て待て。今、僕達のことを『人間』って呼んだ? それに『好都合』って、まさか。
「大翔くん、私の後ろに」
「は、はい!」
尖った声で、それでいて落ち着いた声で沙月さんは僕を背中へ寄せた。そのおかげで、声の主の姿を目に映せた。
人間のような見た目の、オレンジ色の髪をした、額から1本の大きな角を生やして、鋭い緑色の瞳をしている。
パイプタバコを手にしながら、服装は紫色のつなぎを着ている。
『それでいてどちらも美味しそうだねぇ』
「ふぅーん……ちょうど良いや、紹介するね」
『なっ、アンタ、このアタイに喧嘩売ってんのかい⁉︎』
「喧嘩っていうか、ちょうど良いから説明させてもらおうかなぁって」
『やっぱり喧嘩売ってんね! こっちだって都合が良い、アンタから食ってやるよ!』
そう張り切って駆け出したマガツキの女。その形相で、僕はあの炎を思い出した。恐怖で足を震わせた。だけど段々と沙月さんとマガツキの距離は縮まっていく。それを目にして、僕の心はあの日の恐怖に覆われた。
『んなっ⁉︎ なんだい、これは⁉︎』
「ひ、大翔くん?」
僕の目に映る景色。それは、ただ真っ暗だった。でも声は聞こえる。沙月さんの声が聞こえる。
それだけで、僕は満足した。1人じゃないということが、強く感じられた。
そして、僕の心臓がドクンと強く脈打つのを感じた刹那。目の前を覆っていた闇が、光と混ざっていく。
「これ……もしかして!」
『チィ、厄介なやつがいたもんだ。ここは逃げさせてもらう!』
マガツキの女は僕の目に映ることないまま、どこかへ走り去ったようだ。
だけど僕が今どうなっているのか分からない。
「大翔くん。やったね!」
「え、何がですか?」
「これでバッチリだよ! お守り、効いたんだよ!」
そういえば、握っていたはずのお守りがない。いや、あるにはあるけど、布が破れて中身は空っぽになっていた。
「実は、あの中にはマガツキの爪を入れておいたんだ」
「マガツキの爪⁉︎ 何でまたそんなものを……」
そう聞いて、僕はすぐにそのお守りを手から離した。軽い布は、ゆっくりと地面に舞い落ちた。
「そういえば、中身はどこに?」
「大翔くんの中」
「へ⁉︎ 早く取り除かないと!」
「落ち着いて。とりあえずここは危険だから、戻ろ」
慌てる僕を横目に、沙月さんはさっさと門に戻って行こうとする。
あんなに自信満々で言うんだから、何の問題もないはず。信じよう、沙月さんのことを。
門をくぐり、僕達はいつもの世界に戻ってきた。あまり時間は経ってないらしく、そこまで陽は傾いていなかった。
「じゃあ、縁側で座って話そっか。疲れたでしょ?」
「疲れたというより、なんかその……」
「でしょ? ほら、座って座って」
僕の肩を掴んで、沙月さんは僕のことを縁側まで押していく。バクバクと鼓動が高鳴る。
と思ってるうちに、僕は縁側に座らされ、それと同時に肩からは手が離れていた。
「ヨイショ。ふぅ~……話すことがいっぱいあるから、ちょっと待ってね」
「あ、あの。僕の中にマガツキの爪があるって……」
「もう、辛抱のない。少しくらい待ってくれても良いじゃん」
本当に疲れているらしく、さっきまでは元気そうに振る舞っていた沙月さんが息を切らしている。
どうやらカラ元気だったらしい。
「簡単に言うと、大翔くんの力を発揮させるため。マガツキの爪を使えば、マガツキの力も出てくるんじゃないかなぁって」
「でも、この力は僕を!」
「そうだけど、使いきれれば良いんだよ。使わずにいたら、ここに溢れる呪力を直に受けて、人間の体じゃ耐えられないくらいの陰を持ってしまうの」
横髪を指でクルクルと巻きながら、沙月さんは続ける。僕の力がそれほど恐ろしく、その反面強いものだということを。
「まあ、つまるとこ力を使えたなら第一試練は突破! おめでと!」
「え、第一……?」
「そう。だって、今の試練はあくまで悪魔の力を引き出すためのもの。これからは扱えるようにならないと。てことで、第二の試練はマガツキを倒して爪やら角を集めて接種すること!」
えっ、接種って、まさか食べろってこと⁈ 冗談じゃない、得体の知れないものを食せって、地獄なんてものじゃ言い表せないよ。
「嫌そうな顔するねぇ。じゃあ死んでも良いのかな?」
「ぐ……分かりました。でも、そのぉ……生で食べたくはないんですけど」
「いや、食べろなんて言わないよ。さっきみたいに吸収させれば良いの」
「あ、そうなんですか。てっきり……」
接種するなんて言うもんだから、食べるって解釈しても仕方ないよね、うん。
「じゃあ、今日はここまでにしようか。とりあえず、今日でここまで進展できて良かったよ」
「でも……さっき出会った人は、やっぱりマガツキですか?」
「うん。ちょっと厄介者でねぇ。マガツキ思いの、王級マガツキ。名前は茨木童子っていうんだけど、大翔くんを襲ったマガツキを倒した恨みを買っちゃったみたい」
『そうなんだ』、で片付けようかと思ったけど、殺されたことに対して恨みを持つっていうのは当たり前だし、そう思うと無差別に殺すわけにはいかない理由も分かる。
「その感じだと、納得できたね。そういうこと。茨木童子みたいなやつがいる以上、バッサバッサと斬るわけにはいかないの。反感買って大群で押し寄せてくるもん」
「そうみたいですね。ハァ~、疲れた」
「ふふっ、だろうね。じゃあ買い物でも行こっか。気分転換になるよ」
気分転換か。たしかにあんな世界にいたせいで気分悪いしちょうど良いかもしれない。
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