第7話
翌朝、カーテンから漏れ出る日光と、か細いながらの小鳥の囀さえずりが聞こえる中で僕は目を覚ました。
どうやら、また寝室に運ばれていたらしい。天井の木目を、僕はベッドに横たわりながらボーッと見つめていた。
昨夜の出来事を、ゆっくりと思い出そうとしても、上手く思い出せなかった。
『おっはよ~っ!』
「ワァァァァァ』
そんな考え事を僕がしてるとも知らずに、元気で明るい声と共に寝室の扉が思い切り開けられた。
「さ、沙月さんか…」
「エヘヘ、ビックリした?」
「そりゃあ、もう…」
キラキラと輝かせる沙月さんの大きな瞳に、思わず僕は顔を赤くした。
「良かった、元気そうだね。とりあえず話があるから、中庭に来て」
「へ? あ、はい。分かりました…?」
中庭に行く分には全然構わないけれど、急に真剣な声色になった沙月さんから察するに、何か重大なことでも気付いたとかかな。
例えば『僕たち兄妹について、思い当たる節でも見つかった』とか。
でも、あれこれ考えてても仕方ないか。ついていこう。
■■■■■
「見てよ、あれ」
僕が沙月さんから少し遅れる形でやってきた中庭で彼女が空を指差す。
「えっ…」
沙月さんが指差して僕に見せたのは、一つの変な『雲』だった。
雨雲のようにドス黒いが、遠くの空に、ポツンと小さく浮かんでいる。推定で、半径500メートルくらいじゃないか?
「あれね。大翔くんが起こした雲なんだよ」
「僕が⁉︎ そんなわけない、だって僕には陰を操れないのに!」
「そう、操れなかったの。でも、今の大翔くんになら操れるんだよ、陰」
どういうことなのか、さっぱり分からない。いきなり操れるようになるものなの、陰とか陽とか。
操れないから、今まで迷ってきたはずなのに。
「大翔くんさ、本に封じられていたマガツキに憑依されてるみたいなの」
「……え、今なんて?」
「だから、マガツキに憑依されてるんだって」
「そんな、アニメとか小説じゃあるまいし」
マガツキに憑依されて、陰の力を得たって。現実的じゃないし、非科学的だし。
いやでも、陰陽師の時点で非科学的か。いやでも、マガツキが憑依っていうのは流石に……。
「証拠もある。ほら、大翔くんが拾った本。今の大翔くんなら分かるんじゃない?」
「……? あれ、なんだこれ」
僕がその本を持っても、あの時のような興味心は湧かなかった。
あのとき抱いた不気味さも怪しさもなく、『ただの本』程度の感覚でしかない。
「そういうこと。陽の力しかなかった大翔くんだからこそ見抜けた、この本の恐ろしさ。それが、分からなくなってる」
「それって……ただ単に僕の力が衰えたんじゃ…?」
「そう思うかもだけど…。じゃあ、実際に実験しようか。そうすれば分かるはずだし」
そう言って、沙月さんは僕の両手を握りしめた。その瞬間、僕の右手から光が、左手から闇が、細い柱のように現れた。
「え、え、なんですかこれ⁈」
「私の力で、大翔くんの陰陽師としての力を表現したの。でも、凄いね。こんな力、すぐには使いこなせないよ。流石はマガツキの力、とでも言おうかな?」
清々しいほどスラスラと口軽く言葉を走らせる沙月さんに、僕は正直困惑していた
僕の身体にマガツキが取り憑いているというのに、なんでこの人はあっけらかんとしていられるんだろう。
「あの……沙月さん?」
「ふふっ、大翔くんが何言いたいか当ててあげようか? 『どうしてそんな平然でいられるのか』、でしょ」
「まあ……そんなところです」
たしかに、聞きたい内容はそんな感じだった。普通なら焦りそうなはずなのに、沙月さんはただ動揺も焦りも見せず、まるで当たり前かのように冷静に考えている。
「いやぁ、非常事態すぎて、かえって落ち着いてるだけなんだよね、これが」
「だとしても落ち着きすぎですよ!」
「アハハ、そうかな?」
自覚してないっていうのが、これまた怖い。でも、ここで焦られたりでもしたら、僕まで余計な心配してそうだからな。良かったのかもしれない。
「それより、その力を制御する方法を教えないとね。このままじゃ、マガツキの力に大翔くんが飲み込まれるし」
「ちょ、そういうことは早く言ってください! って、ていうか僕死ぬんですか?」
「だから聞いてほしいの。死にたくなかったら、ね」
大きな瞳を尖らせて、沙月さんは僕の顔をじっと見つめた。目を逸らそうとしたが、その迫力に押されて顔も瞳も動かせなかった。
「これから、大翔くんはマガツキと戦ってもらう。その覚悟はできてる?」
「ぼ、僕がマガツキと⁉︎ 待ってください、いくらなんでも───」
「たしかに普通なら同等には戦えないけど……陰陽師が大っぴらに戦うと思う?」
「そう言われると……戦ってるところ見たことないですけど」
そういえば、マガツキの存在ってテレビとかSNSとかで見たことないな。陰陽師の家系だから知っていただけであって。しかも一般人には口外禁止とか。
「ちょっと案内してあげる。マガツキが現れたときのフィールドをね」
「フィールド……?」
「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
沙月さんは、僕に待つよう言って、蔵の中へと入っていった。
そして数十秒も経たないくらいに戻ってきた。その手には、巫女や神主などがお祓いに使う道具である大幣おおぬさが握られていた。
「これが扉なんだ。ここで良いかな?」
辺りをキョロキョロ見渡して、沙月さんは中庭の中心に大幣を突き刺した。
そして大幣の紙が、あろうことか天に向かって伸びていく。ズンズン伸びていくたび、丸みを帯びていく。
出来上がった形は、まさしく門だった。しかもその門の向こうは、こことは全く違う、歪な世界だった。
「危険だから、これ持ってて」
「これ、お守り?」
「下手したら突然戦闘になるかもしれないから。それがあれば絶対大丈夫」
ただの紫色した、ただのお守りにしか見えないんだけど。本当に大丈夫なのかな。
いや、沙月さんがこう言うんだ。大丈夫じゃないわけがない。
「分かりました、大切に持ってます」
「ありがとう。じゃあ行くよ」
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