第5話

「ここ、かな?」


「多分・・・・・・」


 整理する事をお願いされた図書室は、少し不気味な薄汚れたところであった。床には乱雑に本が散乱しており、本たちは埃を被っていた。おそらく先程、調べ事をするために沙月先生はここを訪れ、部屋が汚い事に気がついたのだろう。そして、その掃除を僕たちにお願いしたといったところだろう。


 思えば、沙月先生から何かをお願いされたのはこれが初めてであり、雪音家の一員として数えてもらえたという実感がわいた。やる気を出した僕たちは、早速図書室の整理を行った。マスクを付けながら本を棚へと戻し、持って来た掃除機で埃を吸う、という作業を繰り返す。


 幸い図書室はそれほど広く無く、作業は1時間もかからず終わりそうであった。


 本を後一山片付ければ終わりというタイミングで、僕はある不気味な本に気がついた。


「これだけ埃を被っていないな。沙月先生、忘れていたのかな」


「あとで持っていってあげよ」


「そうだな」


 本の山の一番上に、表紙の描かれていない不気味な本が一冊置いてあった。注意深くその本を手に取った直後、突然変な感覚が僕を襲った。


「あっ!」

 

 どういうわけだろうか?

 僕は平衡感覚を失い、視界が揺ぎ、強烈な吐き気が押し寄せてくる。


「お兄ちゃんっ?! お兄ちゃんっ!」


「み、ずき・・・・・・」


 何か自分が自分じゃなくなるような感覚を味わい続け、地面に倒れた僕はそのまま気を失ってしまった。


 ■■■■■


 涼しい風が僕の頬をくすぶって、僕は瞼を開けた。優しい月の光が、窓から差し込んでいる。どうやら、気を失っている間に夜になっているようだった。

 僕の体は布団にくるまれている。誰かが寝室に運んでくれたようだけど、瑞稀じゃ無理なはず。となると、沙月さんだろうか。

 そう考えていると、寝室の襖ふすまが開き、中に沙月先生が入ってきた。


「あ、起きてたんですね。大丈夫ですか?」


「はい。でも、何が…」


「本、触りましたよね?」


 本? あぁ、図書室整理のときに見つけた、表紙のない変な本か。

 

「あれには、私達が生まれるずっと昔に最凶と謳われたマガツキが封じられていたのです。おそらく、その魔力で気を失ったのだと思いますが…」


 大きな瞳を細ませて、沙月先生は僕の手をじっと見つめていた。


「ちょっと良いです?」


「えっ、あ、はい」


 そして、そのまま僕の右手をそっと掴んだ。瑞稀意外の手に握られることに、破裂させそうなほど胸をドキドキさせる。

 だが、そんなことに気付くことなく、沙月先生は僕の右手を見続ける。


「…あの、何を…」


「ちょっと爪切らせてもらいますね。気になる事があるので」


 そう言って、沙月先生はポケットに入れていたハサミで僕の人差し指の爪を切って、ハンカチに包んだ。


「これでよし。あ、晩ごはんできてるから居間に行っておいて、私はこれ置いてきますので。図書室整理は、また今度で大丈夫です」


「はい。すみません、変な本触ってしまって」


「いえ、私の管理不足が原因なので、気にしないでください。それより…同じ屋根の下で暮らすというのに、敬語で話し続けるなんて変ですよね」


 沙月先生は、そう笑ってみせた。たしかに、同じ場所で暮らすというのに敬語で話す必要なんてあるのか?

 でも、一応は赤の他人だし、僕は敬語でいなきゃいけないような気もする。


「ふふっ、大翔くん迷ってる。それじゃあ、私は敬語やめる。そのほうが話しやすいでしょ?」


 あぁ、沙月先生の普通の話し方。なんて良いんだろう。温かくて、まっすぐで。僕の知らないものばかりを教えてくれる。


 こんな人と、これからは一緒にいられるんだ。こんな僕でも、幸せになれるんだ、なって良いんだ。今までは神様から嫌われているかと思えるくらい辛かったけれど、もうおしまいなんだ。


「何ボーッとしてるの? ほら、さっさと行った行った!」


「わわっ!」


 僕は自分の背中を力一杯押す沙月先生に強制される形で食堂の方に向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る